戦乙女の招き −2−
首都の石畳の上でカートを牽きながら、そういえば、とみつきは思った。
「初めてですね、クラスターさんと並んで歩くの」 「そうか・・・?」 隣を見上げると、杖を突き、麻痺の残る半身をみつきにもたれ掛けながら、私服で歩くクラスターが、きょとんと見下ろしてきた。 「うん。たいてい、クラスターさんはペコペコに乗って、すたたたーって行っちゃうから」 「ふむ・・・?そうだったか」 わりと自分勝手なこの男には、周りのこと・・・特に、危険の無い物に関しては、あまり目に入っていないことが多い。 こうして同じ速度で歩けるのは、今までは同じギルドにいる人たちばかりだっただろう。・・・もっとも、いまは冒険者すら辞めたクラスターの隣にいるのは、みつきだけなのだが。 「そういえば、BSになりたいって言っていたのは本気か?」 「うん。・・・駄目かなぁ?」 「なんで急に・・・製造でも始めるのか」 「ううん。そうじゃなくて・・・」 「なら、別に商人のままでもいいだろう」 「だけど、ブラックスミスになると、強くなれるみたいだから・・・」 「一概にそうとも言えんがな・・・」 クラスターは首を傾げると、少しうつむいたみつきに、体重をかけた。 「わあっ!・・・大丈夫ですかっ!?」 クラスターがバランスを崩したかと思ったみつきが、慌てて重いクラスターをしっかりと支える。 「・・・それでいいと思うんだが?」 「はい?」 クラスターは杖を突いて、無事な方の脚に体重を掛けなおした。そもそも鍛え方が違うので、体の一部が麻痺したぐらいでは、支えと無事な筋力があれば、体勢を立て直すことができるのだ。自分で動くのが大変だからといって車椅子に座るのは、この男の性に合わなかった。 「無理に背伸びしようと思わなくていい。向上心はいいことだが、みつきはみつきのままが良い」 「でも・・・」 武器を持つことができなくなったクラスターを守りたい、そんなみつきの気持ちは、クラスターもありがたいし、とても嬉しい。いじらしいと思う。だが・・・。 「だいたい、いまから狩りとか鍛錬なんかに行ったら、俺と一緒にいる時間が無くなるだろうが」 「う・・・」 至極当然のことを言われ、みつきは言い返せない。 「不治の病だとか言われていたあれだって、結局治療方法があった。この麻痺だって、そのうち治る薬ができるだろう」 異世界からもたらされた脅威の病は、同じ異世界に生えている薬草で治ることがわかった。ただし、その薬草は、同時に毒草でもあり、そのまま噛めば、クラスターのように体の自由を奪われる。下手をすれば、心肺機能など、生命に直結した部分が麻痺してしまう可能性もあった。 現在、アルケミストギルドを筆頭に多くの薬師が、「危険の無い新薬」を精製しようと躍起になっている。 それでも、薬草が間に合わずに命を落とす者は後を絶たない。薬草の生息地が異世界であり、その入手が困難であるせいだ。 「・・・でもね、クラスターさん・・・・・・」 見上げてみつきは言いかけたが、急にざわつき始めた喧騒に気を逸らされた。 「なんだろう・・・?」 「また枝テロか?暇な奴ら・・・」 呆れたように言うクラスターの声が、聞いたことも無いような轟音と地響きにかき消された。 「なんだ!?」 見晴るかすと、家々の屋根の向こうに、盛大な土埃が上がっている。 「何か見えましたか?」 背の高いクラスターには見えたが、みつきには見えないようだ。 嫌な予感に、クラスターはみつきを急かして歩き出した。 「クラスターさん?」 「やばいかもな。このまま、向こうの城門から出るか・・・」 どうせ、みつきだけカプラサービスで他の街へ逃げろと言っても聞くまい。 「テロなら、どこか建物に・・・」 「大司教の護法術がかかった城門を吹っ飛ばすような化物だぞ?普通の枝程度で召喚される奴じゃねぇ」 物理的な圧力すら感じさせる魔力の膨張に、クラスターはとっさにみつきを路地へ引きずり込んだ。 「きゃ・・・ぅっ!?」 ビリビリと空気を焼く雷とすさまじい轟音に、みつきはクラスターの体の下で体を固くした。 「・・・っ・・・」 「ぅ・・・クラスターさん!?」 みつきは、自分に覆いかぶさっているクラスターを、押し上げるように抱き起こした。 「だいじょ・・・っ!?ひどい!」 「っ・・・ぁあ〜、髪の毛が焦げた・・・」 クラスターはのん気なことを言うが、みつきをかばって当てられた熱風に、焼け焦げた服の下から、ただれた皮膚が覗いている。 「くっそ・・・、LoVだな」 規模が大きすぎて初めはなんだかわからなかったが、みつきも見たことのある大魔法・・・ロードオブヴァーミリオンだったようだ。それにしても、人間のウィザードたちが操るものとは、桁違いだ。 「・・・まさか、聖カピトーリナ修道院の封印が破られたとか、そんな笑えない冗談じゃねぇだろうな、おい?」 人知を超える強力な魔物はいくらでもいる。だが、首都のそばでこれだけ暴れられるのは、奴しかいない。 体さえ自由に動かせれば、騎士としての装備を身に纏っていれば、まわりに力を合わせる仲間がいれば・・・そんな、何の足しにもならないことは頭から振り払い、クラスターはみつきに逃げるように言った。 「一人じゃ行きません!」 「俺がいると足手まといだ。さっさと行け!」 言い返そうと息を吸ったみつきが、恐怖に目を見開いて固まった。 クラスターは振り返り、山羊の角が生えた、その黄金色の巨体が、大きな鎌を振り上げるのを見た。 「みつきッ!!」 柔らかな体を、力いっぱい突き飛ばした。そのぐらいしか、いまのクラスターにはできなかった。 |