戦乙女の招き −3−


 姉達に抱きしめられたまま、声を殺して泣くみつきを、クラスターは少し離れたところから見ていた。
 建物が崩れたせいで魔物の視界から外れたみつきは助かり、その瓦礫の下敷きになったクラスターは、こうして自分の葬式を眺めている。
 みつきはクラスターが死んだときから泣きっぱなしで、あの子猫のような青い目が、そろそろ溶けてなくなってしまうのではないかと、クラスターは心配になる。
―・・・気の毒なことだ―
 そう隣で呟いた親友に、クラスターはぐるりと首を回して皮肉った。
―死んだ人間に言われちゃ、世話ねぇな―
―私が言ったのは、クラスターなんかに惚れた不運についてだ―
―・・・殺すぞ―
―残念ながら、最初にお前が言ったように、もう死んでいるな―
 ルーンナイトのクラスターはサンダルフォンを睨んだが、相手はどこ吹く風だ。
 多くの犠牲を出しながらも、プロンテラを襲ったバフォメットは退けられた。ただ退けられただけで、討伐には至らなかったようだ。
―どうも、悪い時代になっていくようだ―
―ふん。その中心にいられないのは、いささかつまらんな―
―中心ではないが、より真実に近いところに行くのだ―
 そのよく響く高い声に、クラスターはうんざりとした表情をした。
―俺にとっての真実は、あそこでみつきが泣いていることだ―
―ならば勝手に言い換えればいい―
 顎を上げ、メグは冷ややかにクラスターを眺めやった。それを、クラスターは心底嫌そうに撥ね退ける。
―俺は一般人になったんだ。みつきと老後の計画を立ててだな・・・―
―印を持った人間がグダグダぬかすな―
―ちっ・・・―
 クラスターはもう一度、名残惜しそうにみつきを見やった。相変わらず、可愛い顔をべしょべしょにして泣いている。クラスターはみつきを助けたかったのであって、そんなに泣かせるつもりは無かった。そういえば、最初に会ったときも、泣かれて困ったものだった。
 墓地の芝生をふわりと踏み、クラスターはうなだれたまましゃくりあげるみつきのそばに立った。短い黒髪に包まれた丸い頭には、今日は黒い猫耳のカチューシャが無い。それでも、首にはしっかりと、クラスターがあげた首輪をしている。
―元気でな。ネコミミ似合ってたぞ―
 突き抜けてしまわないように、そっと頭を撫でると、クラスターは踵を返した。泣くなと言っても無理だ。いまの彼女を泣かせているのは、クラスターに他ならない。どうか、これからも無事に過ごしてくれればいいのだが・・・。
―もういいのか?―
―あれが他の男に取られると思うと、死に切れん気分だが―
 クラスターの独占欲に、サンダルフォンはニヤニヤと笑う。
―貴様のところはどうなんだ―
―マルコのことか?あの子には、もう一緒にいる人がいる―
―そうだったのか―
―うむ・・・上手く生き延びてくれればいいのだが・・・―
 しかし、いくら心配しても、もう自分達にはどうにもできない。この世のことは、生きている人間達で解決しなければならない。
 クラスターとサンダルフォンが歩む前には、紫のマントがたなびいている。それが嫌でも目について、クラスターは盛大にため息をついた。
―やれやれ、また貴様らと組まねばならんのか・・・―
―そこそこ悪くないPTだと思うが?―
―あんな極悪女とほいほい組んで喜ぶドMは貴様ぐらいだ―
―変態呼ばわりされるのは慣れているが、ドMはなかろう?―
―他に呼び方があったら教えてもらいたいものだが?―
 際限の無い漫才を続けそうな男達に、柔らかな声がかけられた。
―すみません。ご一緒してもよろしいですか?―
 そこには、黒羽の豪華な襟巻をした、ソーサラーの男が立っていた。
―ヴェルサス・・・―
―待っていましたよ。マスターが来ないと、締まらないんですよね―
 微笑む彼の後ろには、すでにこの世を去ったはずのメンバーに加え、クラスターも顔を知らない人間までいた。
―よく集めたもんだ―
―誰も彼も、凡将の下は嫌だという、わがままな人たちです―
 クラスターはばりばりと長い髪をかき回して、天を仰いだ。その口元は、楽しくて仕方がないとばかりに笑みゆがんでいる。
―・・・ついて来い!―
 その一言で大勢の人間がクラスターに従うのを、メグは少し先から振り返って見ていた。そして、クラスターの隣で、メグに向かって微笑むサンダルフォンを。
 メグは再び、歩き出した。彼らを、戦場へといざなう為に。