とおりゃんせ −3−
「・・・・・・!」
力みすぎた体の中で、空気の塊が胸と喉に詰まっている。激しい動悸が頭に響いて痛い。いや、頭が痛くて苦しいのか・・・? 夢の中で何か叫んだような気がするのだが、呼吸の仕方を思い出すのに忙しくて、どんな夢だったのかも砂に描いた絵を払うように消えていく。 「クロム・・・?」 雲ひとつない青い空へとひらけた視界では、見慣れた顔が必死の面持ちで覗き込んできていた。 「・・・ユーイン・・・?」 「よかった!本当に、どうなることかと・・・!」 ぎゅっと抱きしめられたが、クロムは状況がいまいち把握できず、少し癖のある、ふんわりとした赤毛を撫でた。いつものユーインの匂いに、ほっと力が抜ける。 「大丈夫か?」 聞き覚えのあるハスキーな声に、まだ少し痛む頭を動かすと、なにかと世話になっているクリエイターと、いつも一緒にいるブラックスミスがいた。二人の頭には、真っ赤なエビの形をした物が載っている。 「サカキさん・・・どうして?俺、何したんでしたっけ・・・?」 と、ついさっきまでの自分を思い出そうとする前に、他人がいるところでユーインと抱き合っている状況に気がついて飛び起きる。 「わあぁっ!お、俺・・・なんで、どうし・・・」 「落ち着け」 急にクロムが動いたせいで、顔面強打したユーインが蹲っているが、とりあえず後回しだ。 「なにがあったんですか?」 「ユーインから聞いたが、あんたは清められたアマツフィールドに出るつもりで、精霊に話しかけるのを忘れて鳥居をくぐったそうだな?」 そういえば、そうだった気がする。クロムは慌しく記憶を手繰り、餅神様の依頼を思い出した。海老神様に会うために、清められたアマツフィールドに行かなくてはならないのだが、謎の精霊に話しかけないで、そのまま鳥居をくぐってしまい・・・そこから記憶がない。 「あとは、当事者から説明させる」 サカキが場所を譲ると、黒い髪を短くそろえ、悪魔の羽耳を装備した華奢なローグがいた。人形のように綺麗な顔立ちをしていて、丸みの少ない体つきをしていたので一瞬少年かと思ったが、ファーで縁取られた裾の長いコートや網目のあるストッキングは、どう見ても女の制服だ。そして、キューペットのモチリンを連れている。 クロムはなぜかぞっとしたが、彼女はすまなそうにクロムに手を合わせた。 「ごめんね。えぇっと・・・たまたまサプライズアタックしたところにキミが鳥居をくぐってきて、その・・・僕が持っていた酒瓶が頭に当たっちゃって・・・。ホント、ごめん。僕も酔っぱらっていたから・・・」 そういえば、酒臭い。法衣もなんだか湿っぽい。 「意外と石頭だったモチ。酒瓶の方が割れたモチよ」 ぽよりんぺったんと飛び跳ねながら、餅神様の分身であるモチリンが無邪気に言う。 「・・・あー・・・なんとなく、思い出した」 通常のアマツフィールドには、河童やカラ傘などのモンスターがいる。ローグはほろ酔い加減で、そのモンスター達と戦っていたのだろう。たまたま出入り口のそばで戦っていて、「サプライズアターック!!」とローグが短剣と一緒に振り回した酒瓶が、これもたまたま現れたクロムの頭にぶち当たってしまった、と・・・。 首に麻縄を巻いた薄焼きの酒壷が、半壊状態で捨てられていて、ラベルに大吟醸とかそんな字が見えなくもない。高い酒だったらもったいないなぁと思いつつも、クロムが痛みのある側頭部に手を当ててみると、小さなこぶがあった。 「大丈夫だよ。痛かったけど・・・」 「ほんとにゴメンネ。鳥居の真ん中で気を失っちゃったときは、やばいかなぁって思ったんだ。鳥居は現世と神世の境目だし、それにキミ、シロコだし」 どこかで聞いた事のある単語に、クロムはふと首をかしげた。だが、ローグの女はニコニコとユーインを指差す。 「素敵な恋人でよかったね。じゃ」 すちゃっと手を上げ、ローグは軽やかに身を翻して走り出した。モチリンも、ぽよりんぺったんと、それに付いて行く。 「あ、サカキくん、ありがとねー!」 一度振り向いた華奢な影は、ぶんぶんと手を振って、すぐに人込みにまぎれていった。彼女はサカキと知り合いなのだろう。気を失ったクロムの看護に、わざわざ呼びつけたのかもしれない。 「サカキさん、シロコってなんだかわかりますか?」 「アマツ言葉でアルビノのことだ。アマツでは、アルビノの生き物は神の使いだと言われ、特別に敬われている。・・・たしか、アルナベルツでも、似たような考えじゃなかったか」 たしかに、教国の教皇は、容姿に厳密な決まりがあるそうだ。 「神の使い・・・」 クロムは自分の色が抜けた容姿を気味悪がられた記憶は多いが、そんな神聖なもののように言われたことはない。 「まぁ、大事にならなくてよかった。もし後で気分が悪くなったら、ちゃんと病院に行けよ?」 「はい・・・ありがとうございました」 ひらりと手をあげたサカキは、「今年もよろしくお願いします」と頭を下げたハロルドを連れて、立ち去った。 「・・・ユーイン」 「なに?」 「さっさと用事を済ませて、うちに帰ろう」 クロムはどういうわけだか疼く体を、ユーインに摺り寄せた。酒臭いこの服も早く着替えたい。 普段はあまり外でくっついてくれないクロムの珍しい態度に、嬉しそうに頬を緩めるユーインを急かして立ち上がってみると、そこは町の外へ出る鳥居の近くで、人通りの邪魔にならない茂みの中だった。 とぉりゃんせ とぉりゃんせ その歌声に視線をめぐらせると、子供たちが広場で輪になって遊んでいた。 こぉこは どぉこの ほそみちじゃ 誰かに担がれて辿った、竹林の小道・・・。 てんじんさまの ほそみちじゃ ユーインと同じ赤い髪の、誰か・・・。 ちょぉっと とおしてくだしゃんせ 「ユーイン」 「なに?」 ごようのないもの とおしゃせぬ 「・・・俺は、ユーインがいい」 このこのななつのおいわいに おふだをおさめにまいります なにかひどい誘惑を振り切るように、クロムはユーインの手を強く握った。 いきはよいよい かえりはこわい 「大丈夫、離さないよ」 「ん・・・」 こわいながらも とぉりゃんせ とぉりゃんせ 遠い喚声をさえぎるように、クロムは抱き寄せられるまま、恋人の唇をむさぼった。自分が囚われるのは、この魔法使いにだけだから・・・。 |