飛び火 −2−


 クラスターの屋敷の大広間には、経費の支給や次週の予定を報告し終えたメンバーたちが、銘々くつろいでいた。
 その中には、ジプシーやスナイパーやハイプリーストやらの女性達に囲まれて・・・というより迫られて、困ったように微笑んでいるユーインの姿もあった。本人は帰りたがろうが、ここまで連れてこられて無様に逃げ出すのは、沽券に関わるだろう。
 ざっと見渡してみても、大広間にいる人間の八割がたが転生職、その半分ほどがオーラだ。転生していない者のほとんどは、ベース支援や事務処理などの裏方で、主にBladerの下部組織ギルドや同盟ギルドのメンバーだ。他人と殴りあうのが好きな人間が、よくもこれだけ集まったものだが、実は下部組織を含めて、クラスターの人望に集まったといってもよかった。
「マスター」
 額が出るほど短く金髪を刈り込んだ、片眼鏡のヴェルサスが、書類を差し出した。クラスターはそれにざっと目を通して、今日の戦果の確認と、明日からの予定を、頭の中で簡単にまとめた。
「よし、はじめよう」
 手を叩いて静粛にさせ、柔らかいがよく響く声で、ヴェルサスがミーティングの開始を告げた。続けて、進行役でもある彼が、今日の攻城戦の推移と結果を発表し、収支の報告までまとめて報告した。
「各パーティでの発見、反省等、いま出ている他にありましたら、明日中に提出してください。いつもどおり、火曜に副長以上のミーティングがありますので、参加できない人は代理を立ててください。・・・マスター、なにかありますか?」
「今回取った砦のうち、ニダヴェリールの方が、敵対ギルドとかぶっている。ギルドダンジョンに降りる時は用心しておけ。鉢合わせして、ひき潰されても泣くんじゃねぇ」
 はーい、という元気のいい返事は楽しそうで、むしろ会ったらモンスターそっちのけで、殺し合いが始まるとみていい。
「俺からはそんなもんだ。他になければ・・・一人紹介する」
 指先で呼ぶと、相変わらず困惑した面持ちで、赤毛のハイウィザードが進み出てきた。
 魔術師にしては、恵まれた体格ではないだろうか。均整の取れた長身に、冒険者らしい無駄の無い筋肉を纏っている。薄い水色の目は人当たりのよい表情を作るが、右半面は長い前髪に覆われたままだ。
「ギルド「エルドラド」のマスターの、ユーインだ」
 おおっというどよめきが意外だったのか、ユーインは不審気にクラスターを見やった。
「うちのギルドは、あんたのところと、なんかやったっけ?」
「ごく個人的にだが。エルドラドには、アコやらプリやらがいっぱいいるだろう?人手が足りない時に、ポタ係を雇ったことがある」
「ああ」
 納得はしたらしいが、表情は幾分複雑そうだ。
「エルドラドは仕事もきちんとやるし、口も堅い。しつけが行き届いていて、けっこうなことだ。まぁ、うちがこんなギルドだし、エルドラドもGvに出るようになって、常用できないのが残念だ」
 あまり贔屓にしては、エルドラドが他の大手から目を付けられる可能性がある。それはクラスターの望むところではない。
「これからも砦で会うことがあるだろうが・・・その時は、恨みっこなしだ」
「もちろんだ、クラスター」
 やっと笑顔らしい微笑を見せて、ユーインはクラスターが差し出した手を握り返した。
「ここで同盟でもできれば絵になるんだろうが、組んでもエルドラドの不利にしからならんからな」
 エルドラドにとっては、単純に戦力が増えるというより、Bladerのネームバリューに引き摺られ、現在の同盟を破棄されたり、余計なところで潰されたりしかねない。それでは、Gvを楽しむ意味がない。
「そこでだ」
 クラスターはユーインの肩をがしっとつかみ、ニヤァリと微笑んだ。まるで、獲物を捕らえた捕食動物そのもので、ユーインの秀麗な顔もひきつる。
「ヴェルサス、今週のMVPの他に、ユーインも入れるぞ」
「え、もう入っていますよ?今週のMVPは、ユーインさんを拉致ってきた、マスターのチームですから」
「なにぃっ!?」
 それまでユーインから目を離さないでしゃべっていたクラスターだったが、信じられないとばかりに、にこにこ微笑むサブマスターを凝視している。
「・・・・・・」
「あの・・・なんだ、そのMVPって・・・?」
 モンスターのことでもあるまいし。おそるおそる聞いたユーインに、ヴェルサスは丁寧に答えた。
「Most Valuable Party のことです。その週のGvで、一番活躍したパーティに贈られる称号で、付随して気持ちのいい罰ゲームを受ける権利が発生します。この場合、活躍の意味は多岐にわたりまして、要は『自分より目立った奴、逝ってよしw』って話です」
「活躍したのに、罰ゲームなのか」
「ええ、まぁ。うちはなんでもネタにしたがりますからね。罰といっても、翌日動けなくなる程度ですよ。それに、一応名誉でもあるわけですから」
 ヴェルサスの穏やかな微笑みに、ユーインの警戒も微妙なラインで止まっている。
「では、今週のMVPを発表します。マスター、アリスさん、シャズさん、カグラさん、ヴァルダートさん、ユエレイさん。それから、ゲストのユーインさんです」
 苦笑い調の悲鳴と、やんやの喝采が上がり、大広間は大変な盛り上がりだ。
「では、参加する人は、この後いつもの別室へ移動してください。マスター、〆お願いします」
「よし、今週もお疲れ!解散!!」
 クラスターの一言で、あちこちからお疲れの挨拶が上がり、わらわらと人が動き出す。その中から、五人の男女が前に出てきた。
 攻城戦でユーインのパーティを襲った、長い銀髪をなびかせた女アサシンクロス−カグラ、緑髪の男パラディン−シャズ、茶髪を束ねた男チェイサー−ヴァルダート、同じく茶色の髪が目元を覆った女クリエイター−アリス、青銀色の髪の男ハイプリースト−ユエレイだ。
「防衛した真澄んところか、新しく落としたユウのところだといいなぁ思ったんだけど・・・やっぱ駄目か」
「ユーインさんも災難だな」
「早めに助けが来るといいんだけどね」
 苦笑うヴァルダートやユエレイ、カグラに、ぽんぽんと肩を叩かれ、ユーインはいまさら不穏な空気を感じだした。

 大広間からさほど離れていないその部屋は、屋敷内のどこと比べても遜色のない内装だったが、家具が少なく、その代わりに広い床をたくさんの敷物が覆っていた。
「なん・・・だ、この部屋は・・・?」
「パーティールームってやつですねぇ」
 あっけに取られて固まるユーインに答えたのは、ほよよ〜んとした、妙に気の抜ける話し方をするシャズだ。
「けっこう広いですけど、人数多いと、これでも他の人にぶつかっちゃったりとかして・・・」
「ぶつか・・・って、なんで脱ぐの!?」
「はいぃ?」
 さっさと鎧どころか服まで脱ぎ出したシャズが、きょとんとユーインを見る。
 ユーインが見回せば、クラスターも他のメンバーも、すでに半裸状態だ。男ならまだしも、カグラとアリスは目のやり場に困る。
「先に脱いでおいた方がいいですよぉ?すぅぐ、わけわかんなくなっちゃって、次の日ぐちゃったの見て後悔するんで」
「はあ?」
 話についていけないユーインに、くすくすと笑うクラスターが口を出した。
「クロムはまだ来ないかな、ユーイン?」
「なに、が・・・」
 小柄なアリスから、ずいっと目の前に突き出されたポーション瓶を、ユーインは思わず受け取った。
「『アルフォレア酒造のびったーごろし』・・・?」
 見たこともないラベルの貼られた中身は、無色透明の液体だ。
「アルフォレア・・・製薬、上手・・・。サカキししょーのレシピ・・・とっても、むずかしい」
「サカ・・・!?」
 ぎょっとしてアリスを見下ろせば、細い首をこてっと傾ける。長い前髪からガラス玉のような青い目が覗いたが、同時に豊かな胸が視界に入って、ユーインは慌ててクラスターに質問先を変えた。
「なんだ、これは?」
「サカキの名前ぐらい知っているようだな。めったにないことだが、あいつが最近新作を作った。それにうちが協力していて、その礼に、レシピのコピーを貰ったわけだ」
 ニヤニヤと笑うクラスターに、ユーインはいよいよ冷や汗が出た。
 サカキといえば、ユーインも客になったことのある製薬クリエイターだ。ポーションなどを作る腕前はたしかだが、たまに依頼されて作る変な薬の効果も折り紙つきだったりする。
「つまり、これは・・・」
「ありていに言えば、催淫剤だな。ただし、飲んだ人間のVitに合わせて効果が決まるという、謎な変態仕様だ」
 その事実をユーインが一生懸命飲み込もうとしている時に、パーティールームのドアが開き、黒髪を上げて額を出した女チェイサーが顔を出した。
「準備OK?」
「入ってこい」
 ずらっと室内に入ってきたのは、二十人近いだろうか。全員が、すでに軽装になっている。
 ユーイン、絶体絶命のピンチである。