飛び火 −3−


「ちょ・・・待て!俺には・・・!」
「まぁ、いくらGvやっているからって、ハイウィズのVitなんてたかが知れているだろう。大丈夫、大丈夫」
「全然大丈夫じゃないっ!放せぇー!」
 軽く言ってのけるクラスターに、ユーインは仰向けにひっくり返されたまま必死で暴れるが、完全に両腕ごとチャンピオンの柾心に押さえ込まれ、その上、腹の上にユーインと同じハイウィザードの真澄が馬乗りになっているのでは、身動きが取れない。
「はいはい、怖くない、怖くない」
「つまり、大人しく飲めッ!」
 保父さんのような調子の柾心と、奇妙なポーズでビシィッとユーインを指差す真澄は、よく似た顔をしている兄弟だ。
「じゃ、こっちは先にいくぞ」
「はい、せーのっ」
 ヴァルダートの音頭に合わせて、クラスターたちは、一気に『アルフォレア酒造のびったーごろし』をあおった。六人とも、いい飲みっぷりである。
「っ・・・きっく〜」
「ふにゃ・・・ん」
「あぁ・・・何回飲んでも、抵抗できない」
 さっそく、シャズとアリスとユエレイが、空のポーション瓶を床に落とし、両腕を広げて待ち受けるメンバー達の中に、ふらふらと埋もれていく。
「かもーん!」
「って、シャズさん早いっ!」
「は、やいって・・・言うな!まだ・・・っ!」
「はふぅ・・・ん!やあぁっあっ!」
「最初の相手はお前かー!」
「待て、ユエレイ!俺だ!押し倒す相手が違う!!」
 薬の効きは、即効性らしい。
「あ・・・も、駄目ぇ・・・」
「無理無理無理無理無理ぃ」
「・・・相変わらず・・・きっついな」
 頬を染めたカグラはがくんと床に座り込み、嬉々としたメンバーに引き摺られていく。ヴァルダートもクラスターも、辛そうに壁やチェストにすがり付いている。
 ユーインの腹の上に乗った真澄が、ユーインの手から落ちたポーション瓶の栓を開けた。
「ハイウィズなら潔く飲んじまえよ。どうせVit低いだろ?」
「さぁ、男らしく、ぐいっといってみようか」
 ハイウィズだからとか、男らしくとか関係ないと、ユーインはぶんぶんと首を横に振る。
「やめさせろって、クラスター!」
「残念ながら、Gvの捕虜には、あんまり人権がない。あきらめろ」
「鬼ぃっ!」
 がしっと顎をつかまれたユーインに、逃げ場はない。傾けられたポーション瓶から、なぜかフルーティな甘い香りが漂ってくる。
 ノックに続いてドアが開き、ヴェルサスの柔らかな声がした。
「どうぞ」
「ありがとうございます。失礼しま・・・」
 乱交パーティー中の室内に足を踏み入れ、そのハイプリーストは固まった。
 色素のない真っ白な髪は、シャンデリアの光を受けて銀糸のように輝き、異様な光景に見開かれる眼鏡の奥の瞳は、深紅。
 その白い頬が、肌もあらわな人たちを見て、みるみる赤く染まっていく。
「なっ・・・!」
「クロ・・・むっ!?ぐ(ごっくん)・・・ぐほっ!げほっ・・・げほっ!」
「あ、飲んじゃった」
 クロムの登場に驚いて薬を飲んでしまい、身をよじってむせ返るユーインの上から真澄が飛退く。
「飲んでいいんだ」
「ユーイン!・・・貴様、何を飲ませたっ!?」
 クラスターがふるふると震えているのは、薬の効果を必死で堪えているせいか、それとも笑いたいのを堪えているせいなのか。
 それを知らないクロムは、まだむせているユーインを抱き起こしに走る。
「ユーイン!」
「ごほっ・・・ご、ごめん、クロム・・・。ほんっと、ごめん!いろいろヤバイ!」
「は?」
「ぶっ・・・」
 とうとう堪えきれなくなったクラスターが噴いた。
「いや、悪かった・・・。クロム、連れて帰ってくれ。またな、ユーイン」
「ふざけんな、クラスター!解毒剤どこだ!?」
「あるわけないだろう。二、三時間で切れるから看病してもらえ」
「・・・・・・できるかっ!」
 妄想したらしい間があったが、さすがに自分ばかりがへろへろになって喘ぐのは、恥ずかしいようだ。
「いいから帰れ。それとも、ここでヤっていくか?」
「それはもっと嫌だっ!帰る!」
 若干涙目になって叫んだユーインに、Bladerの面々が親しげに手を振る。
「またね、ユーインさん」
「お疲れ様でしたー」
「来週はそっちのハイプリさんもどーぞー」
「クロムはダメっ!!」
 威嚇しながらも、クロムの肩を抱くように去っていくユーインの顔が赤いのは、感情的なものか、それとも慣れない薬のまわりが早かったからか。
「あんな悪戯をして・・・恨まれますよ?」
「そうかな」
 完全に理性が溶けたらしいヴァルダートを、女も男も引き摺っていく。
 それを見送りながら、クラスターは中身が半分ほど残った『アルフォレア酒造のびったーごろし』を、ヴェルサスが拾い上げるのを、ぼんやりと眺めた。
 瓶に残っていた液体が、ヴェルサスの薄い唇に吸い込まれ、狐の毛皮に包まれた喉が上下する。
「よく飲む気になるな」
「こうでもしないと、素直になれない性質でして」
「お前はよく嘘をつく」
「仕方がありません。僕は、Bladerのサブマスですから」
 柔らかく微笑んで片眼鏡と襟巻を外すと、ヴェルサスはクラスターに背を向けて、長い袖を翻した。
 入れ替わりに、数人の女と思われる、肌色の影がクラスターの前に立った。容赦ない官能の疼きに、クラスターには、もう誰なのかも判断が付かない。
「・・・まとめてかかってこい!」
 夜はまだ、始まったばかりだ。



−後日。

『クラスター』
『なんだ、サカキか?』
『・・・懲りない男が「びったーごろし」を買いにきたんだが?Gvで会ったのか』
 ペコペコの上で笑い出したクラスターが攻撃を耐え損ねて転び、エンドレスタワーの高層階を進軍中のPTが、しばし時間を取られたのを、薬屋は知らない。