飛び火 −1−


 めまぐるしく流れるGvアナウンスと、指示や報告が忠実に復唱されるギルドチャットを聞き流しながら、クラスターのPTは、レーサー達が入っていった砦に侵入した。
 複数のギルドが衝突して、中は混戦状態のはずだ。そんなところにわざわざ入っていくのも、また楽しみの一つだ。
『応援はいりますか?』
『いや、ちょっとレーサーに混じるだけだ。そっちはヴェルサスに任せる』
『了解です』
 別の砦を防衛中のサブマスターの声を聞いたのは、すでにペコペコを疾走させ、二、三人をなぎ倒しながらだった。
「いくぞ」
「はい」
 クラスターの後ろには、アサシンクロス、パラディン、クリエイター、チェイサー、ハイプリーストが続く。斬り込み隊と呼べるクラスター直属の小隊は、大魔法や支援魔法が飛び交う、その間をすり抜けるように駆ける。
「阿修羅覇凰拳・・・!?」
 そのチャンピオンがクラスターを確認して、必殺のスキルを発動させているにもかかわらず、表情がこわばった。クラスターとチャンピオンの間に、パラディンが立ちふさがっていた。
 巨大な盾が大気と大地を震わせる拳を受け止め、その絶大な衝撃すら跳ね返した。チャンピオンが膝を付く。
「くっ・・・!」
「スパイラルピアース!!」
 パラディンの反射では致命傷にならなかったが、クラスターの追撃で落ちる。助けようと近寄った者たちは、瓶と刃の舞う中へ突っ込むことになった。
 それも一瞬のこと。風のように疾駆するクラスターたちには、わずかの停滞もない。
 吹き荒れるストームガストが見えているのに突撃してくる集団に、ハイウィザードの顔がひきつる。しかし、姿を消して一足先に回りこんだチェイサーの一撃で、大魔法が途切れた。ソウルブレイカーでのけぞったハイウィザードを、再びスパイラルピアースで沈める。やたらと堅いハイプリーストが厄介だったが、守っていたロードナイトやスナイパーもろとも落とす。
「スリムポーションピッチャー!!」
「マグニフィカート!!」
 回復を任せながら、マップを頭の中で思い浮かべて、この先の敵の配置を予想する。そろそろ、突入前にかけてもらったアスムプティオが切れる頃だ。ハイプリーストも次々とキリエエレイソンをかけていく。
 ところが、別方向からやってきた一団が視界に入る。
(またハイウィズか)
 仲間を先に行かせようとしているらしい、詠唱に入った赤髪の男めがけて、槍を振るう。
「ボウリングバッシュ!!」
 ハイウィザードと、逃げ遅れたプリーストとナイトがまとめて吹き飛ぶ。
「マスター!」
「先に行け・・・っ!」
 思ったほど深手にならなかったらしいハイウィザードたちに止めを刺そうとしたが、その前に彼らのギルドエンブレムが目に留まった。
『赤毛のハイウィズだけ残せ』
 目配せだけで「了解」の返事を示し、クラスターのメンバーは相手ギルドに追いすがり、次々と落としていく。
「っ・・・!」
 魔法の詠唱を穂先の一閃で黙らせると、アクアマリンのように澄んだ水色の瞳が、左目だけでクラスターを睨む。目の前でギルドメンバーを落とされては、さぞ悔しかろう。
「エルドラドのマスター、ユーインだな?その身柄、しばらく俺が預かる」
「そうだ・・・は?え・・・?」
 呆然としたハイウィザードを、クラスターは騎鳥から身を乗り出して腕を伸ばし、縁飾りの付いたマントごと胸倉をつかんで胴を抱え、無理やりペコペコの上に引き摺りあげた。
「ちょっと、なにす・・・!?苦し・・・ぐええぇ!?」
「狂犬の巣に招待しよう」
「はぁっ!?降ろせって・・・!」
「口を閉じていないと、舌かむぞ」
 文句を言いたくても、走り出したペコペコの上では、悲鳴にしかならないだろう。荷物のようにペコペコに乗せられたユーインを支え、鐙を蹴ったクラスターは、心から愉快な気分で、Gvタイム終了のアナウンスを聞いた。

 最後の最後で、大量の負傷者を出したエルドラドのベースでは、サブマスターを筆頭に慌しく治療と片付けが行われていた。
「ったく、ツイてねぇなぁ」
「まさか、あんなところでBladerに出くわすなんて・・・」
 苦笑いを漏らすメンバーたちを眺め回し、サブマスターであるハイプリーストのクロムは、その形のよい眉をひそめた。
「ユーインは?」
「え?」
「あれ、帰って来てないですか?」
 混雑して騒がしい周囲をいくら見回しても、見慣れたくせのある赤髪を見つけられない。
 クロムはため息をついて、ずれた眼鏡の位置を直しながら、自分達のギルドマスターにwisを飛ばした。
『ユーイン?』
『あぁ、悪いっ、クロム・・・!』
 いきなり謝罪から入ったということは、やはりベース周辺にいないということなのだろう。再びため息をつき、こめかみに指先を当てて説教を始めようとした時、不意に、磨き上げられた刀身を思わせる低く美しい声が割り込んできた。
『こちら、Bladerのクラスターだ。エルドラドのクロムか?』
『・・・そうだ』
 何事かと一瞬絶句したが、なんだか嫌な予感がして、クロムの眉間にしわが寄る。
『ユーインの身柄を預かっている。返して欲しければ、プロンテラの我が屋敷までご足労いただこう』
 くすくすと、本当に楽しそうな響きのwisに、クロムは開いた口がふさがらなかった。
『これからミーティングだし、そちらも事後処理で忙しいだろう。ゆっくりでいいぞ。ではな』
 ぷっつりと一方的に切れたwisは、クロムにしか聞こえていない。
 よって、エルドラドのメンバーたちは、ふるふると白い法衣の肩を震わせるサブマスターを、何事かと見守るのだが・・・。
「ユーイン・・・ッ!あいつは本当に、ギルドマスターとしての自覚があるのかっ!?」
 手に持った杖をぼっきりと折りそうな勢いで叫ぶ姿に、なんだいつものことかと、そっとしておくことにした。


 クラスターがハイウィザードのユーインを連れて戻ってきたのを、Bladerの面々は意外そうな表情で迎えた。
「防衛でも制圧でもないのに、捕虜ですか?」
 微笑むサブマスター・・・プロフェッサーのヴェルサスに、クラスターは上機嫌で答える。
「お客人だ。丁重にもてなせ」
 はーい、と斉唱するメンバーの中にユーインを降ろし、「丁重に」レックスディビーナで沈黙させられているのを、にやにやと眺める。
「ここで暴れるほど馬鹿ではないぞ。エルドラドのマスターのユーインだ。世話になっていただろう?」
「あら、あなたが!ごめんなさいね」
 慌てて沈黙を解除するシノやソラスティアに腕を引かれ、ユーインは戸惑ったようにクラスターを見上げてきたが、そのまま屋敷の中に見送った。
「あとでエルドラドのサブマスが迎えに来るはずだ。そっちも失礼のないようにしろよ」
 門番と執事にそう伝えると、クラスターはオーディンマスクをいつもの悪魔の羽耳に付け替えて、長い黒髪をはねあげた。