シンデレラ −1−


 むかしむかしあるところに、大変器量が良くて信心深い、クロムという名の働き者な娘がおりました。

 クロムは幼い頃、母に死に別れましたが、そのあと父が再婚し、継母と二人の義姉に、まるで召使いのようにこき使われていました。

「おい、水瓶の水が少ないぞ」
「すぐに汲んで来ます、エクターお義母様」

「羊皮紙の予備が無いぞ、気が効かないな」
「すみません、エリアスお義姉さま」

「ちょっと!今日は薬草取りに行くから、僕のマント出しておいてって言っただろう!?」
「あ・・・ごめんなさい。ルカお義姉さま」

 朝から晩までこのような調子で、クロムは家中を掃除して、水を汲み、薪を割り、家族全員分の洗濯をし、畑を耕し、家畜の世話をして過ごします。なぜか食事の支度だけは継母や義姉達がしますが、クロムは少ししかもらえないし、片付けはもちろんクロムの仕事です。
 クロムは毎日くたくたになるまで働きますが、もちろん、くつろげる自分の部屋なんてありません。一番暖かい台所の暖炉のそばで、一枚の薄い毛布に包まって、固い床の上で眠るのです。

「おかあさん・・・」

 とてもとても辛くて、クロムは時々涙を浮かべますが、死んでしまった母の言いつけどおり、神様へのお祈りを欠かさず、毎日働き続けました。


 ある日のこと、お城で舞踏会が開かれるお触れが出ました。
 年頃になった王子様の、お妃探しです。

「ユーインは俺のものだからな!」
「はぁ?僕が玉の輿に決まってる!」
「お前等ガキにユーインの相手がつとまるか」
「あんたまで行くのか!?」
「当たり前だ!」
「年増はお呼びじゃないんだよ!」
「「なんだと!?」」

 クロムの家でも、継母や義姉達が、舞踏会へ行く準備に余念がありません。
 クロムは義姉達が綺麗なドレスを着る手伝いをし、高価なアクセサリーや靴を揃えますが、自分は相変わらず、着古したボロに木靴のままです。

「いってらっしゃいませ」

 意気揚々と出かける三人を見送ると、クロムは台所の片隅に膝を抱えて座り込みます。

「はぁ・・・」

 これで今夜は怒鳴られることはありませんが、明日は彼女たちに、舞踏会がどんなに素晴らしかったかを自慢されるかと思うと、少し憂鬱です。

「いいなぁ・・・」

 クロムだって、綺麗な服を着て、華やかな舞踏会に行ってみたいと思います。素敵な人とダンスをしてみたいと思います。

 悔しくて悲しくて、くすんと目を擦っていると、膝を抱えたクロムそばに、誰かが立っていました。

「おい」
「はい!?」

 そこには目つきの悪い、錬金術師のサカキがいました。

 びっくりしたまま見上げているクロムに、サカキはエルデ(杖に見えるが鈍器)をひょいひょいと振って見せます。

「あの・・・どうして、ここに?」
「舞踏会に行きたいんだろう?」
「はい!でも、俺なんか・・・」

 クロムは自分の薄汚れた姿を嘆きました。

「カボチャの頭を一個と、タロウを二匹、それから・・・トカゲはいないから、適当にマンティス一匹でいいだろう。それを集めてこい」

 サカキが言ったものなら、クロムにもすぐに集められます。

「どうするんですか・・・?」
「さっさと集めてこいっ!俺もこの後デートだ!!」
「はいぃっ!」

 サカキに睨まれて、クロムは慌てて台所を飛び出しました。
 食料庫からカボチャの頭を一つと、チーズの欠片を少々持ち出します。台所の片隅で、時々自分が食べる分のパンくずを分けていたタロウを、チーズの欠片で二匹呼び出すと、裏庭で扇子を仰いでいたマンティスを捕まえ、家の前で待っているサカキの元へ走ります。

「こ、これでいいですか・・・?」
「うむ」

 サカキがひょいとエルデの先を振ると・・・なんということでしょう、カボチャの頭は豪華な馬車に、二匹のタロウは立派な白馬に、マンティスは燕尾服を着て胸を張った御者に変身したではありませんか。

「すごい・・・」
「次はあんただ。呪文を唱えろ」
「へ・・・?」

 クロムは呪文なんて知りません。

「マハリクマハリタでも、テクマクマヤコンでも、ピピルマピピルマプリリンパでも、なんでもいい」
「えっ?えぇっ!?」

 なにやら年代を感じる呪文ですが、クロムは母が教えてくれた元気の出るおまじないを、思い切って唱えてみました。

「モロクカジツマステラアカキノコ、トリスタンリュウノトイキウォーグブラッド!!」

 ぼふんと白煙が立ち上り、クロムがけほけほとむせながら、手で煙を追いやると・・・。

「あ・・・」

 ふんわりとした純白のドレスには、まるで世界中の美酒に浸したかのように、きらきらと色合いを変える美しいリボンがあしらわれ、クロムの白い髪を飾るのも、同じリボンを使った髪飾りです。

「ふむ、少し足りないな」

 クロムがスカートを少し持ち上げると、木靴のままです。

「フベルゲルミル!!」

 サカキが持っていたエルデが、一揃いのガラスの靴に変わりました。

「これに履き替えろ。タイムリミットは12時だ。日付が変わると、服も馬車も元に戻ってしまうぞ。急げ!」
「はいっ」

 クロムがカボチャの馬車に飛び乗ると、馬車はお城に向かって勢い良く走り出しました。