シンデレラ −2−
舞踏会の開かれているお城では、ユーイン王子が退屈そうに椅子に座っていました。
ユーイン王子の前で膝を折って挨拶する娘達は、立派な家柄だったり、金持ちだったり、美しかったりしましたが、どの娘も王子様の好みではありませんでした。 「はぁ・・・。ハロ、どう思う?」 王子の足元には、ペットの子デザがちんまりとお座りをしていて、主人を見上げて尻尾を振ります。 「わんわんっ」 「こら、どこへ行く!?」 ユーイン王子が走り出した子デザを追いかけると、いま到着したばかりと思われる貴婦人のスカートの中へ飛び込んでいくところでした。 「うわぁっ!」 「こら、やめろ!」 千切れそうなほどぶんぶんと尻尾を振って子デザがスカートから出てくると、そのままどこかへ逃げて行ってしまいました。 「申し訳ない。お怪我は・・・」 子デザにまとわりつかれてよろめいた貴婦人は、支えてくれたユーイン王子の手を取ってにこりと微笑みました。 「大丈夫。驚いただけだ」 「・・・・・・」 「どうかしたか?」 「あ、いや・・・。俺と、踊ってくれない?」 あまりの美しさに声を上ずらせるユーイン王子に、貴婦人ははにかみながら答えました。 「あんまり、上手じゃないけど」 それからは、ユーイン王子にとって、まるで夢のような時間でした。 清楚で気品あるたたずまいの彼女は、まるで少女のように無邪気に笑います。舞踏会が楽しくて仕方がないという風に。 シャンデリアの光に輝く、はじけるシャンパンのようなドレスが、しなやかな彼女に良く似合っていました。でもなにより、ルビーのように艶やかな赤い瞳が、ユーイン王子の心を捉えて離しません。 何曲も、何曲も、二人は見詰め合って踊ります。 ゴーン・・・・・・ゴーン・・・・・・ 日付が変わることを告げる12時の鐘が、重々しく響き始めました。 「もうこんな時間か」 「まずい・・・!」 「あ、待って!」 突然身を翻して走り出した貴婦人は、ユーイン王子の制止を振り切って、お城の外へ出て行きます。 ゴーン・・・・・・ゴーン・・・・・・ あまりに急いでいたのか、大階段の途中で転びかけ、ユーイン王子をひやりとさせましたが、彼女は振り返ることなく、迎えの馬車に飛び乗っていってしまいました。 「そんな・・・」 ゴーン・・・・・・ゴーン・・・・・・ どうして彼女は、突然帰ってしまったのでしょう。ユーイン王子は、もっと彼女と一緒にいたかったのです。 「まだ、名前も聞いていないのに・・・」 余韻を残して鐘の音が止むと、ユーイン王子は大階段の途中で何か光ったのを見つけました。 「?」 それは、片方だけの、ガラスの靴です。きっと、彼女が転びかけた時に、脱げてしまったのでしょう。 「・・・決めた」 ユーイン王子は、ガラスの靴を大事に拾い上げました。この靴にぴったり合う人を探せばいいのだと、思いついたのです。 結局帰り道の途中で、カボチャの頭に戻ってしまった馬車から投げ出されたクロムは、片方だけになってしまったガラスの靴を脱ぎ、素足で家まで帰りました。 それでも、王子様の前でみすぼらしい格好にならなかったことに、胸をなでおろします。 「あー、楽しかった!」 たった一晩だけも、素敵なユーイン王子と踊れたのが、とても嬉しかったのです。 なぜかエルデに戻らなかったガラスの靴の片方は、思い出の品として、家族に見つからないよう、丁寧に布に包んでハシバミの木の根元に隠しました。 このハシバミは、クロムの母がクロムに譲ってくれた、大事な木です。青々と葉が生い茂り、簡単には見つからないはずです。 それからクロムは、日常生活に戻るために、表情をあらためました。継母や義姉たちは、王子様と踊れなかったかもしれないのです。 夜明け前には、クロムはいつもの自分になって、早朝の仕事に取り掛かりました。 それから数日後。 王子様が人探しをしている噂が、クロムたちの町にも伝わってきました。 王子様が持っているガラスの靴に、ぴったりと合う足の娘を、お妃様にするというのです。 舞踏会で王子様に気に入られなかった継母や義姉たちも、これはチャンスだと張り切っています。 町中の女たちが集められ、王子様の前で一人ずつガラスの靴を履いてみますが、どうしたことか、誰一人ぴたりと合いません。 (あの靴だ・・・!) 舞踏会には行かなかったことになっているクロムは、義姉たちにのけ者にされ、物陰からその様子を見ています。 「わんわんっ」 「うわぁっ!!」 突然足元で吼えられ、クロムは飛び上がるほどびっくりしました。 足元に擦り寄ってきたのは、どこか見覚えのある子デザです。 「そこの娘!」 「は、はいっ・・・」 兵士に見つかり、仕方なく王子様の前に出たクロムですが、服はいつものボロで、顔を上げられません。 「クロムは舞踏会に行っていないぞ」 「こいつは関係ないよ」 ガラスの靴が履けなかった義姉たちはそう言いますが、この靴はクロムのものです。 意を決したクロムがガラスの靴に足を差し入れると、靴はぴったりと合いました。 「・・・君が?」 ユーイン王子が、水仕事や野良仕事で、がさがさに痛んだクロムの手をとります。でも、クロムは恥かしくて顔を上げられません。 「もう片方の靴も、持っているんだね?」 「そ、それは・・・」 そのとき、あの子デザが何かをくわえて走ってきました。 「うぅ〜っ、わんっ」 からん・・・と地面に落ちたのは、クロムがハシバミの木に隠したガラスの靴です。 「あっ!掘り返しちゃったのか・・・」 「どうして、これが埋まっていたのを知っているんだ?」 「え・・・あ、その・・・」 思わずユーイン王子の顔を見てしまい、クロムは泣きたくなりました。ユーイン王子は、クロムの顔を覚えていたのです。 「君が、俺の妃だ。クロム」 荒れた手を手袋越しではない温もりに包まれて、クロムははにかみながら答えます。 「うん、ユーイン」 お城で盛大な結婚式が行われている時、ユーイン王子の子デザは、生い茂ったハシバミの木の根元にいました。 そのハシバミの枝が、エルデ一本分ほど折れて無くなっているのは、クロムも知らないことです。 「王子さま、ばんざーい!」 「お妃さま、ばんざーい!」 教会の鐘が、リンゴン、リンゴンと、響き渡っていきます。 めでたし、めでたし。 |