ささやかな復讐劇−2−


 ハロルドが異変に気付いたのは、すでに足腰が立たず、床に座り込んでからだった。
「うそ・・・」
 妙に体が疼くのは、経験上サカキが作った催淫剤のせいだとわかる。あのミックスジュースに入っていたに違いない。サカキがくれる食べ物に、何か余分なものが入っているという可能性を毎度見逃すのは、それがごく稀であるせいか、ハロルドの学習能力がないからか、はたまた危機回避本能がサカキを対象外としているせいなのか・・・。
 だがそれにしても、サカキの薬で体の自由がきかなくなるなどということは、今までに一度もなかった。
 サカキが調合を間違えたのか、それとも、わかっていてそんな薬を飲ませたのか・・・。どちらにしろ、サカキのハロルドに対する信頼やら愛情やらに問題が起こったと疑わざるをえず、ハロルドはパニックになった。
「やだ・・・なんで・・・」
 こうなった原因は、あの野球拳に他ならないだろう。だが、ハロルドもサカキがこんなに怒るとは思わなかった。
 這いずるようにバスルームへもぐりこみ、服を着たままシャワーのコックに手を伸ばす。手の重みだけでスイッチが切り替わり、勢い良く水滴がハロルドに叩きつけられた。
 冷たい水が肌に痛かったが、馬鹿みたいに欲望を訴える体を冷ますにはいい。
「っ・・・ふえぇぇ・・・」
 一人で膝を抱えていたときとは比べ物にならないほど、苦しい悲しさに目が霞み、シャワーの水滴と混ざって落ちていった。
 さっきは機嫌良さそうに見えたのに、サカキはやっぱり怒っていたのだ。もう見限られてしまったに違いない。だから、サカキがいないのにえっちな気分にさせたまま体が動かないような薬を飲ませるなんて、ひどいことをするのだ・・・。
「ご、っめ・・・なさ・・・ひっく・・・ごめんなさ・・・っふぁあ・・・はぁっ」
 まだジーンズにおさまったままの熱が、ハロルドの気持ちなどお構い無しに自己主張をする。水が流れる床に突っ伏したまま、ハロルドは鈍い動きしかしてくれない腕を動かして、なんとかベルトを探った。
 もしかしたら、ハロルドに愛想を尽かしたサカキは、もう帰ってこないかもしてない・・・そう思うと、胸が潰れそうな気がしたが、とにかく処理をしないことには、立って行動するのもままならない。
「っ・・・と、れない・・・っ・・・!」
 元々、そんなに器用ではないが、いまは指が動かず、ベルトもファスナーもつまめない。
「ぅ・・・サカキさぁん・・・ひっく・・・ごめ・・・なさ・・・許して・・・」
 わずかに服地と擦れるだけの半端な刺激しか与えられず、ハロルドは気が狂いそうだ。だから、誰かが部屋に入ってきたのも気がつかなかった。
「ハロ?・・・っ、どうした!?」
「ふぇっ・・・?サカキさん・・・サカキさぁん!!」
 シャワーの水が止まり、蹲っていた床から抱き起こしてもらう。言いたいことも言わなきゃいけないこともあったはずなのに、サカキが帰ってきてくれただけで全部忘れてしまった。
「ふえええぇぇぇん」
「馬鹿だな、間違って溺れたらどうする!こんなに冷たくなって・・・とりあえず、服脱げ。これ以上冷やすな」
 シャツが脱がされ、バスタオルを頭からかぶせられる。あんなに苦労したベルトが外されたが、ジーンズに当たった刺激にハロルドの体が跳ねた。
「ふああぁっ!!」
「・・・気持ちいいか?」
「ぃ・・・もう、だめ。いきた・・・っあぁぅ!」
 布越しに強張った形をなぞられ、ハロルドはサカキの肩にもたれたまま、早い呼吸を繰り返した。サカキの匂いがして、ますます気持ちのいいざわめきが湧いてくる。
 タイトなジーンズの下で、冷たい水を吸った下着が、敏感になった昂りにくちゅくちゅとこすれ、気持ち悪いような気持ちいような、おかしな気分になった。
「や、だぁ・・・っ、もっとぉ・・・」
「そのままベッドに行けばよかったのに・・・。留守番のはずがなぜ水浸しになる」
 呆れたようにサカキは言うが、ジーンズのファスナーを緩めることなく、そのまま布越しにハロルドを扱いた。
「ひぃっ・・・!はぁっ・・・あぁっ!!」
 耳元でサカキが小さく笑う気配がして、耳たぶが温かく濡れた感触に包まれると同時に、先端を強く擦られ、ジーンズの固い縫い目が食い込む。
「ッ・・・!!」
 息を詰めたハロルドの背がしなり、着衣の中に生ぬるい感触を吐き出した。
「はぁー・・・っ、はぁ・・・」
 ぐったりともたれかかるハロルドの、濡れた髪やバスタオル越しの背を撫でるサカキの手は、なでなでと優しく、もう帰ってこないのではないかと怖れた心をほっとさせた。
 だが、ようやくイけた気だるさはあるのだが、快楽を求めるべく刺激されたハロルドの雄は、まだじんじんと熱を訴えている。
「ふあぁ・・・っ、サカキさぁん・・・もっとぉ・・・」
 ハロルドがサカキを見上げると、頬や唇にちゅっちゅっと温かく柔らかい感触が吸い付き、欲情に浮かされた舌が絡み取られた。
「んっ・・・は、ぁ・・・っ!」
 濡れて重くなったジーンズと、恥ずかしい迸りでべとべとになった下着が脱がされ、ハロルドの肌を刺激しない程度に温かな湯が掛けられた。
 冷水で冷えた肌に、内と外から体温が戻り、局地的な熱が和らいで感じられた。
「少しはマシになったか?」
 相変わらず体は言うことを聞かないし、緩やかな疼きも収まらないが、激しすぎる熱は一時引いた。ハロルドはサカキに抱きしめられたまま、タオルをかきあわせた。
「サカキさん、帰ってこないかと・・・」
「なんでだ」
「だって・・・」
 サカキが帰ってきてくれて一応安心したが、しょぼくれた気分はいっこうに上向かない。
 無言でうつむいたまま震えるハロルドを、サカキはバスタオル越しに撫でた。
「・・・ちょっとやりすぎたか。襲われたらオシオキするって言っただろう?」
「・・・おしおき・・・?」
 そういえば、悪夢に悩まされた事件の後に、そう言われたような気がする。
「俺・・・ユーインに連れて行かれて・・・脱がされたから?」
「そうだ。ハロルドだって、俺が誰かに脱がされるのは嫌だろう?」
「うん」
「俺は俺を好きでいてくれるハロルドのためにも、自分を守らなきゃいけない。わかるな?」
「はい」
 つまり、ハロルドはサカキが好きな自分を守るという責務をおろそかにした。だから、オシオキされないといけないのだ。
「ごめんなさい、サカキさん」
「わかればいい。ユーインにも仕返ししたからな」
 後半なにやら物騒な響きを感じたが、ハロルドにとってはサカキが許してくれた方が大事で重要だ。
「さあ、ユーインたちに裸を見せられるんだから、俺にはもっといいところまで見せてくれるんだろ?」
「・・・え?は?」
 ハロルドが理解する前に、サカキがボトルを傾けて、どばどばとぶちまけた中身から、むくむくと成長してくるのは・・・。
「ぎゃーっ!!!」
 一人えっち用のヒドラなんて可愛いものではない、どう見ても色々使えるオシオキ用ペノメナだ。いぼいぼのついた紫の体から、何本も生えた赤く筋肉質な触手が、うねうねと踊って気色悪い。
「え、まって!ちょ・・・まさか・・・って、うそー!!」
 太い触手に体をひょいと持ち上げられ、ハロルドは背中に冷や汗を感じた。なんとか振り払おうともがくが、最初に飲まされた薬の影響で力が入らない。
「サカキさん、下ろしてぇ〜!」
「ふむ、これくらいなら、ペノを引きちぎらないな」
 サカキはハロルドの膂力を考慮して、麻痺系の薬を混ぜたらしい。
「ひっ・・・さ、最初から、触手プレイするつもりで・・・!?」
「おう」
 サカキは涼しい顔で頷き、風呂場を出て行った。
「ペノ、ハロを連れて来い」
 ハロルドを触手でしっかりと抱きかかえたまま、ペノメナはうぞうぞと移動していく。
(サカキさんが怖いよぉぅ・・・)
 普段とあまり態度が変わらないまま、行動だけがおかしな方向へ突き進んで行くサカキが、ハロルドには予想がつかなくて怖かった。
 ただ、なにをされても捨てられるよりはマシと思えてしまう辺り、犬根性がますます発達している証拠かもしれない。