寂しくない人 −2−


 朝っぱらから、エビピラフやケバブのピタやカツカレー、フィッシュアンドチップス、トマトと豆のスープ、さらにタマゴサラダと生野菜とハムのサラダをボウルに一杯ずつ。それとは別に、パンが山盛りになったバスケットがひとつ。
「よく食うな・・・」
「んん?マスターもどうぞ?」
 テーブルいっぱいの「朝ご飯」を食べているのは、ロイヤルガードのリオレーサ。女みたいな名前だが、聖騎士らしい立派な体つきの既婚男性だ。ただし、嫁は出奔中。
 奥さんとは喧嘩別れではなく、「冒険者飽きたわ。あと勝手にして」ということらしい。
 リオレーサがこうして料理を市で買って、わざわざオーランの家で食べるのは珍しくない。ここならオーランがコーヒーを淹れてくれるし、話をする相手が誰かしらいる。
「じゃ、お言葉に甘えて」
 オーランはスライスバケットにレタスとタマゴサラダを乗せ、朝食とする。
「それだけでいいの?」
「リオが食べすぎだと思うぞ・・・」
「全部消費されちゃうから大丈夫だよ」
 小鹿のようにクリッとした、つぶらな目は愛嬌満点なのだが、図体がでかいせいで多少威圧感がある。だが、意外と小心者で寂しがりなことを、「レゾナンス」のメンバーはみんな知っていた。
「おはよー」
 玄関からの物音に続き、ダイニングにひょっこり顔を出したのは、オーランが少年の頃から見慣れた平凡な顔立ち。コラーゼだ。
「おー」
「おはっす」
「ども。これ、おすそわけなんで・・・」
 コラーゼがテーブルに置いたバスケットに入っていたのは、クッキー、マドレーヌ、ワッフル。ココアやオレンジが入っているのか、色違いがいくつか混ざっている。
「美味そうだな」
「これコラさんが作ったの?」
「まさか。その・・・」
 もじもじと視線を下げたコラーゼが少し赤くなっているので、オーランはすぐにわかった。
「あぁ、嫁さんか」
「よ・・・」
「なにっ!?いつの間に結婚したの!?」
「ちちちちがっ!!!オーラン、変なこと言うなよ!!」
 コラーゼは結婚を否定するが、真っ赤になった顔は恋人の手作りだと肯定している。
「ちがうの?」
「あははっ、彼氏だよ。青い髪のスナイパー」
 コラーゼの髪は元々紅梅色なのだが、去年の冬から青く染めている。コラーゼとよくつるんでいるスナイパーとおそろいなのだと知ったのは、オーランも最近だ。
「へー。料理上手なんだ」
 ノーマルなリオレーサは、同性の恋人というのが理解できないようだが、それを言うと「出戻り」と言い返されるので、そういう会話には慎ましい。コラーゼなら苦笑ですますが、蓮やシュアあたりは、その辺の反撃に容赦ないのだ。
「どれどれ・・・んん、美味いぞ」
 ピッキ型に型抜きされたクッキーは、甘すぎず、ほんのりバターの風味がきいている。
「よかった」
 コラーゼは恋人の料理の腕を褒められて、ほんわかと嬉しそうに顔を緩ませた。
「じゃあ、俺もひとつ・・・」
 リオレーサもマフィンにかじりついたが、ひとくちから先に進まない。
「・・・どした?」
 オーランが覗き込むと、口がへの字になって、頬が赤い。濃い橙色のつぶらな目が、ぎっとコラーゼを睨む。
「何でこんなに美味いんだ!彼氏だと!?女じゃないのか!!ちくしょぉっ!!ずるいぞ!ふこーへーだぁああああああああ!!!!!」
「ぎゃああああああああ!!!」
「落ち着けぇッ!!」
 RGの馬鹿力に持ち上げられかけて、コラーゼはリオレーサの腕や肩を大百科事典でガンガン殴っているが、あまり効いていないようだ。オーランも止めようとリオレーサに組み付くが、まったくびくともしない。
「女なら女で、またヤキモチ焼くだろーがっ!男なだけいいだろ!」
「コラさんには男でも料理の上手い人がそばにいてくれるなんて・・・うらやましいいいいいいい!!!!」
「ひぃいいっ!だ、ダブルキャスティング!オートスペルッ!!」
「ちょ、待てぇ!!」
 完全につま先が床から離れて恐慌を起こしたコラーゼが、ついにライトニングボルトの雨霰をお見舞いして、ようやくリオレーサが静かになった。
「はぁーっ・・・はぁー・・・」
「・・・リオに手作りのお菓子は禁物だな」
 ぷすぷすと薄い煙を上げているリオレーサを床に転がしておき、オーランは息を切らせているコラーゼにコーヒーを淹れてやった。
「ありがと」
「おう。・・・お菓子作ってくれるなんて、家庭的な彼氏だな」
「ぅ・・・ん。でも、口は悪いし、生意気だし、喧嘩だってよくするし・・・」
「ふぅん?」
 わりと派手な外見のオーランと違って、コラーゼは見た目も中身も、至って普通で、やや地味だ。賑やかなメンバーの中では控えめで、率先して騒ぐよりも、一緒にいるだけで楽しいと、まわりの世話を焼くほうが多い。
 そんなコラーゼは、一緒にくつろげる穏やかで優しい人が好みのはずだったから、戯れのように喧嘩をする恋人とは珍しいと、オーランは首をかしげる。
 コラーゼはオーランの疑問も尤もと思ったか、苦笑いを浮かべた。
「ほとんど野生児だよ。可愛いとは思うけど」
「さりげなく惚気やがって。それじゃ、うちの野生児どもの世話までは、手が回らなさそうだな」
「そうかもね。みんなの方が、まだ楽だよ。手段選ばなくていいもん」
 えへへと照れ笑いをするコラーゼは、意外と幸せそうで、オーランも安心した。彼の彼氏は、少なくともLBくらって焦げて、そこの床に転がされているような扱いにはあっていないだろう。
 コラーゼの彼氏が作った焼き菓子に舌鼓を打っていると、玄関のドアがガンガンガンと叩かれる音が聞こえてきた。チャイムがあるのにわざわざ叩くのは、「レゾナンス」には一人しかいない。
「いるぞー。入ってこーい」
「おじゃまー」
 がらがらとカートを牽く音と共に、無精ひげを生やしたアルケミストが、もっさりとダイニングに顔を出した。長いオレンジ色の髪を無造作に束ね、その上にスィートジェントルを乗せている。
 彼を見て、コラーゼが目を丸くした。
「ウェインさんが自力でラボから出てくるなんて、珍しい」
「シュアが薬でアヘっていると聞いた。・・・そこで転がっているRGは診なくていいのか?」
「ああ、これは感電して気絶しているだけだ」
「そうか」
 声だけなら、バードもびっくりの甘く深い低音なのだが、次第に漂ってくる臭いに、オーランは顔をしかめた。
「先に風呂に入ってこいよ」
「んー、そうか。借りる」
 現れたときと同様、もっさりとした動作で、ウェインはダイニングから出て行った。
 ウェインは自分の家でも気が向いた時にしか風呂に入らないらしく、オーランの家に来るたびにまず風呂に入れさせられるため、カートの中には着替えと銭湯道具一式が完備されているとの噂だ。
「シュアがどうかしたのか?」
「あぁ、遊び相手に薬盛られたらしい。今朝、盛っているのを蓮が連れて来た」
「ふぅん・・・。危ないのじゃないといいな」
 シュアほどではないが、そこそこに夜遊び男遊びを嗜んだはずのコラーゼだが、こういう少しとぼけたところが、深みにはまらない要因ではないかと、オーランは口元をほころばせる。
「きゃああーっ!」
 突然の悲鳴に、オーランとコラーゼは顔を見合わせた。しかし、その声が蓮のものであったことと、続いてウェインの声と一緒になにやら言い合いになっているのを聞いて、浮かしかけた腰を椅子に落ち着けた。
「蓮も風呂に行っていたのか」
「あー・・・シュアの介抱をしていてな。・・・タイミング悪かったな」
「ああ」
 風呂場でかち合った蓮とウェインの様子を想像して、二人はくすくすと笑った。