寂しくない人 −3−
「レゾナンス」に在籍するメンバーは多いが、全員がそろうことはあまりない。
オーランからしてそうだが、みな自分のしたいことをしており、月に一度のギルド狩りの時にだけ、十名ほど集まるのがせいぜいだ。 魔法使いが比較的多いのは、創設メンバーが魔法使いばかりだったせいもある。他職のメンバーは、彼ら魔法使いの知り合いというつながりで入ってきたのがほとんどだが、シュアのようにオーランがいかがわしい街で拾った人間もいる。 人が集まればたいてい宴会で、その酒が目当てで、普段は顔を見せないメンバーが、ふらっとやってくることもある。だが、それを咎めることもなく、率先して酒を振舞うオーランに懐かない者はいない。 あそこに行けばオーランがいる、そんな安心感を与えられることが、マスターとしての役割だと自負していたし、ほかの人間に任せようなどとは思わない。 『・・・ああ。明日の昼頃だって話だ』 相方というわけではないが、比較的一緒に狩りへ行くことが多いアークビショップからの連絡に、オーランは予定を確認しながら頷いた。 『わかった。十一時にはモロクにいる』 『よろ〜』 wisを切り、オーランは読みかけの本に戻ろうとしたが、しおりを挟んで閉じた。 大勢のメンバーに囲まれるギルドは楽しい。マスターとして、相談に乗ってあげられたり、頼られたりするのも嬉しい。一緒に狩りに行くのも、酔って騒ぐのも、気心の知れた仲間だからこその、和やかな雰囲気が心地よい。 「・・・・・・」 しかし、オーランの心は、いつまでたっても薄曇りで、少しも晴れることがない。 新しい土地へ冒険に出かけることも、強敵と戦って自分を高めることも、より強い装備を揃えることも、ギルドメンバーと楽しく過ごすことも、男相手の遊びに耽ることも・・・どれも、オーランの心を躍らせはしなかった。 ただひとつ、次元の狭間に現れる魔王モロクと戦うことだけが、オーランに狂おしいほどの感情をもたらした。 (今度こそ、死ぬかもしれない) それは毎回思うが、毎回同じ討伐メンバーの助力によって違えられ、そのたびにオーランは強くなっていった。 死ぬことは怖いし、できれば生きていたい。それに、マスターのオーランが死んだら、「レゾナンス」は解散するだろう。「レゾナンス」のメンバーは悲しんで、オーランを悼んでくれるだろうが、みな一人でもやっていける程度には大人だ。 「・・・・・・」 キャビネットの上のポートレートを眺めたが、照明を反射してしまい、オーランに微笑む姿がよく見えない。 「・・・・・・」 自分の過去を知る人を失い、守るべきものを失った。それでも、オーランはきちんと生活しているし、有意義な時間を過ごすこともできている。 ただ、自分の中にぽっかりと出来た喪失感を、オーランはいまだに埋めることができずにいた。 どうしようもないことだし、オーランのほかにも、同じ境遇のたくさんの人が、同じような気持ちを抱えていることだろう。冒険者の高位魔法使いとして、戦う力を持ち、やりきれない感情を行動へと移せるオーランは、まだましな部類に違いない。 いつかはこの鬱屈にも折り合いがつくのだろうが、いまはまだ、目の前にある仇を討破る以外に、平穏をもたらしてくれそうなものはなかった。 オーランは家中の戸締りを確認して、寝室の灯りを消した。 「おやすみ」 そう言える相手がこの先、二つのポートレート以外に現れるだろうか・・・。 オーランは明日の討伐に備え、ベッドに潜り込んだ。 (明日こそ・・・) 憎き魔王をこの手で屠ることができることを期待して・・・。 −数日後。 またしても魔王モロクに逃げられ、次に大きく次元が歪む時期を待っていたオーランは、珍しく繋げてきたラダファムからのwisに、首をかしげた。 ラダファムはオーランが話した事情や何やらを色々知っているが、実際は夜の酒場で話すぐらいしかないし、もちろん「レゾナンス」のメンバーでもない。 『すぐ行くから、傷を洗ったり手当てしたりする物、用意しといてくれ』 『ファムさん、怪我したんですか?』 『俺じゃねぇよ。とにかく、しばらく匿ってやってくんねーかな』 『はぁ・・・』 なにやら要領を得ないことだったが、脳筋でもラダファムは自分から危険に突っ込むような未熟者ではないから、本当にオーランが役に立てるレベルの事情なのだろう。もちろんオーランの家は無駄に広いので、一人二人匿うくらい容易だ。 湯を沸かしたり、桶に水を張ったり、タオルやベッドの用意をして、救急箱を用意する。 (あー・・・) 外出用のバックをあさり、ヒールクリップを出しておく。必要にならなければそれでいいが、ラダファムがオーランを頼ってきたということは、ラダファムの治癒能力では追いつかない状態ということだろう。 (あの人、たしかヒールはレベル3しかなかったよな・・・) いまのところ転職する気がなくても、チャンピオンになった時のためのスキル取りだ。しかも、プリーストのように精神を鍛えていないから、治癒に関する恩恵はぐっと低い。そのせいで、ウォーロックとしてずば抜けて高い精神力を誇るオーランの方が、本来スキルがないにもかかわらず治癒力が高いという、逆転現象が起こっている。 『おーい、ここでいいのか?両手ふさがっててチャイムが鳴らせねーんだけど』 『いま出ますよ』 オーランが玄関を開けると、両腕で何かを抱えたラダファムが、軽く息を弾ませて立っていた。 「それ・・・」 「わりぃな」 人目を避けるように玄関に滑り込んできたラダファムを、オーランは素早くドアの内側へ隠し、しっかりと玄関の錠を下ろした。 「こっちへ」 用意しておいた客室のベッドに、そっと横たえられたのは、ラダファムの見た目と同じくらいの年齢と思われる少年だったが、明らかに酷い暴行を受けていて意識がない。 白い肌に華奢な体、深い色合いの長い髪。いまは腫れているが、顔立ちも整っているようで、ラダファムとは違った方向の美少年だろう。 ということは、暴行された理由もなんとなく予想が付くが、それにしてもここまで痛めつけられるのは尋常ではない。 「さぁ、ノエル。ここなら安心だぞ」 「ノエル?・・・知り合いですか?」 「いんや」 あっけらかんと首を振るラダファムが、何処でこの子を拾ってきたのかは後で聞くとして、まずは治療をしなくてはならない。 体を清め、傷口を洗い、ひとつずつ治療を施していく。ラダファムは真剣な眼差しで腫れた脚を触診し、添え木になるものはないかというので、オーランは使っていないロッドを渡した。それを、少し力を込めただけで、適当な長さに折ってしまうあたり、ラダファムの馬鹿力加減がうかがえる。 オーランはノエルの左手をとり、ようやく出血が少なくなってきた傷を診た。おそらく、両刃の短剣か何かで刺されたのだろう。手の甲から平に貫通しており、きちんと動かせるようになるかは、オーランには判断しがたかった。 「かわいそうに・・・痛かっただろう」 自ら進んでモンスターと戦って、怪我をするのとはわけが違う。人間の欲望によって痛めつけられたのなら、体の怪我より、いっそう深い傷を心に残すだろう。 それにしても、こうまで酷い怪我を負い、匿わねばならないというからには、並々ならぬ背景があるということだ。ノエルの事情が、「レゾナンス」にどんな影響を与えるのか、それはまだわからないが、オーランはマスターとして慎重に物事を進めなくてはならない。 ・・・だが、治療が終わった後、意識を取り戻したノエルの、取り乱した幼子のような涙に、オーランは知らず手を差し伸べていた。 オーランのそばが一番安全なのなら、それは誇ってよいことだろう。 胸の奥から湧き上がってきた、名も知らぬ温かいものに戸惑いつつも、オーランは雛鳥を翼の下に収める親鳥のように、記憶を失ったノエルを自分のそばに置くことに決めた。 『え、パス?』 『ああ。・・・しばらく、討伐には出られないと思う』 『そっかー、残念。またなんかあったらwisくれー』 『わかった。悪いな』 『いいってことよ〜』 寂しいと素直にしがみつくノエルを抱きしめ、オーランは自分に足りなかったものを、やっと理解し、向き合うことができたような気がした。 |