PHANTOM CHAIN−4−
翌朝、ユーインに見送られて、サカキとハロルドはフィゲルを後にした。朝の祈祷があるだろうクロムがまだ寝ていたということは、やはり抱き潰されたと見て間違いなさそうだ。
「ユーインさんも普通にしてれば、クロムさんだってユーインさんの事が好きなんだし、あんなに激しくしなくたって、逃げたりしないと思うんですけどねぇ?」 「あれがユーインの普通なんだろう。俺たちの尺で計るな」 「はぁい」 朝市で買った熱々のピタをほおばりながら、二人は一晩ぶりに自分の部屋に戻った。 仮装は・・・来年も使うのだろうか?とりあえクローゼットの奥にでも仕舞っておこうと、サカキは緋色が目立つ衣装をひとまとめにした。 じゃら・・・ −だって、俺サカキさんの犬でいいんだもん− マントの留め金に付いたチェーンが目に留まり、昨夜ハロルドが口走った台詞をサカキに思い出させた。寝る前にいちゃついたおかげですっかり忘れていたが、問題がありすぎる発言な上に、冗談ではない本心ときている。 「・・・なんで、そんなことを言う・・・?」 ハロルドはサカキに、生殺与奪を掌握した主人としての甲斐性と責任を求めているのだろうか。個人の自由を放棄してでも、サカキになにを求めるのか・・・。 (・・・たぶん、ちがう。そういう意味じゃない) そうあって欲しいという願望を基底に、サカキは別の可能性を考え始めた。 サカキは自分が他人の感情の機微に鈍いことは、幾度となく言われた経験があるので自覚はある。ハロルドに会うまで、ほとんど他人に興味が無かったし、そんな余裕も無かった。こんなに一生懸命になるのは、ハロルドに対してだけだ。 (なにか、きっかけは無かったか・・・?) 指先でチェーンをいじりながら、サカキは昨夜の記憶を辿った。たしか、サカキがハロルドに抱きついていた時だ。披露宴、指輪、誘拐・・・ 「サカキさん」 (あ・・・) なにか、それらしいものに触れた気がしたが、すぐに靄の向こうに消えてしまった。 「なんだ?」 「なんだじゃないです。ひとつだけ、なんでもお願いきいてくれるっていう、昨日の約束です」 「ああ・・・」 普段着に着替えてサカキの部屋にやってきたハロルドは、いつもどおり嬉しそうにサカキのそばまでやってきた。だが、シャツの襟元から見える物に、サカキは眉をひそめた。 「それ・・・」 「意外とごつくて、かっこいいでしょ?ちゃんとチョーカーになるんですよ」 ファッションだといわれても、昨日の仮装で付けていた首輪であり、どこからどう見ても全会一致で首輪だ。棘の装飾がついた、幅のある厚い革の首輪に、太くて短い鎖が垂れ下がっている。 「・・・それがお願いか」 「この際、俺が欲しいもの全部言ってしまおうかと」 サカキのしかめ面とは対照的に、ハロルドは期待に満ちた眼差しで微笑んでいる。出会った頃より背が伸びて、今ではサカキが少し見上げるほどだ。 「昨日の夜、サカキさんが俺のこと抱きしめてくれて、嬉しかったです。俺だけ連れて行かれて、パーティー会場に残されたって拗ねてもらって、その・・・俺、愛されてるんだなぁって・・・」 「・・・・・・」 そんな当たり前のことをあらためて言われても、サカキには何も言えない。だからなんだというのだろう。 「俺、もっとサカキさんだけのモノになりたいんです。自分のことは自分でするし、必要があれば一人でもレベル上げに行きます。でも、サカキさんの御飯作ったり、実験のお手伝いとかしたり・・・そういうの、いつでもしていたいんです」 「・・・いままでもそうだろうが」 「え・・・」 一生懸命言ったつもりが、図らずとも日常をなぞっただけになってしまい、ハロルドはあたふたと言い換える言葉を探している。 「えぇっと・・・ですねっ、その・・・昨日みたいに、俺が誰かと一緒になっちゃ嫌じゃないですか!?」 微妙なイントネーションになったせいで、それがサカキに向けられたものなのか、ハロルド自身に向けられたものなのか、よくわからなくなった。だが、サカキにはハロルドが言いたい事が、なんとなく伝わった。 「あー・・・つまり、俺がもっとヤキモチを焼いて、他人にハロルドを触らせるなということか」 「ぇ・・・う?そ、そう・・・かな?」 ハロルドは首を傾げるが、サカキはいままで散々悩んでいたのがアホらしくなって、思わず口元を緩めた。 (だめだ・・・こいつ、可愛い過ぎる・・・っ!!) ハロルドはサカキに、もっと自分を独占しているのを、誇示してもらいたかったのだろう。 たしかに、サカキは口数も少ないし、人通りのあるところでハロルドと必要以上にくっつかないし、ハロルドが声をかけられたなら、明らかに危険とわかっているか、意見を求められない限り、ハロルドの態度や判断に口を出さない。それはハロルドを尊重しているのであり、でしゃばらない大人のマナーだ。だいたい、自分の知らない友達と話している姿にまで嫉妬していたら、サカキの身がもたないだろうに。 それがわかってしまうと、サカキのニヤニヤ笑いが止まらなくなった。 「・・・サカキさん、大丈夫ですか?」 「正直に笑い方が気持ち悪いって言え。自覚はある」 「いや、そんな・・・」 困ったようにサカキを見下ろすハロルドの肩に、サカキはクスクス笑いながら額をくっつけた。 「あぁ、そうか。だから犬か。ふふっ・・・お前、可笑しい・・・くっくっく」 堪えるように笑うサカキの震える肩を、ハロルドの武器を握り慣れて皮が厚くなった手が包んだ。笑われたのが気に入らないのか、少し拗ねた声が降ってきた。 「サカキさん・・・」 「くくっ・・・悪い。はぁ・・・そうか、わかった。つまり、ハロルドが言っていた「犬でいい」っていうのは、あくまで恋人として、飼い犬のように俺に独占されたい、独占しろ、他の奴がハロに絡んできたらもっと怒れ、ということか」 「そ、そうですっ!」 やっと思っていた事が通じたと、ハロルドの顔がぱぁっと明るくなった。 「はぁ・・・ややこしいことを言うな。まったく・・・」 ハロルドと違ってダークサイドな道にも片足を突っ込んだことのあるサカキは、発想がだいぶ危ない方向に行きがちのようだ。明朗快活、天衣無縫なハロルドが、そんなことを考え付くはずも無く、自分達のギャップもまた笑いを誘う。 「くっくっく・・・」 「サカキさんが壊れた・・・」 「ハロが、変なこと言い出すのが悪いんだ」 やっと笑いの発作を納められたサカキが、照れくさげに髪をかきあげながら、ハロルドを見上げた。 「ふん、お願いはわかった。聞き入れよう」 嬉しそうに笑顔になるハロルドだが、くいと首元を引っ張られ、サカキの顔とぶつかりそうになった。サカキの手が、ハロルドの首輪につながっている鎖を握り締めていた。 「それで、昨夜の続きは?」 情熱的な口付けでの答えに、サカキの体の奥が一気に疼いた。 舌を絡めたまま、あっという間にシャツをはだけられ、柔らかな唇が糸をひいて離れると、今度は首筋を伝って行く。興奮した息遣いが胸に当たり、期待に尖った先端に吸い付かれて、思わず呻き声を上げた。 しっかりと抱き寄せられた腰に熱が集まり、弾んだ息に声がかすれる。 「っ・・・はろ・・・」 「我慢、できません」 「そんなの、しなくていい」 かき抱いた茶髪の頭が、くすりと笑った。 「サカキさん、俺に甘すぎ」 「うるさい。俺がそうしたいんだ」 顔を上げたハロルドが近付いてきて軽くキスをすると、サカキは早く寝室へ行きたいと体を摺り寄せた。 |