PHANTOM CHAIN−3−


 温かい風呂で汗や埃を洗い流したが、動揺が収まるまで浸かっていたせいで、ハロルドは少しのぼせた。
(びっくりしたな、もう・・・)
 今日はクロムに驚かされっぱなしだ。パーティー会場から逃げ出したときといい、意外と大胆というか、無意識ならかなり天然だと思う。
 普段眼鏡をかけているせいか、ぱっと見は秀才っぽい、どこか冷たい印象を受けるのだが、話してみると案外純朴な照れ屋のようだ。ユーインがデレデレになるのも頷ける。
 プリーストの詳しい戒律は知らないが、男と付き合っていても、クロムはハロルドの知り合いの中では、一番聖職者らしい聖職者であるような気がする。・・・比べる対象がだいぶ標準を逸脱していると思うので、一概に正しいかはわからないが。
 ハロルドは借りた迷彩柄のパジャマに袖を通して、水差しからグラスに移した水を一気に飲み干し、サカキがいるはずの寝室に戻った。
「・・・サカキさん?」
 ベッドの上に膨らみがあり、もう寝てしまったのかと覗き込む。
「・・・・・・」
「なんだ」
 飴玉でもなめているのか、からころと歯に当たる音をさせながら、サカキの半眼がハロルドを見上げてきた。
「・・・なんで、それを抱えているんですか?」
「・・・なんとなく。ちょうどいい大きさのが転がってた」
 サカキが抱き枕よろしく抱えていたのは、ハロルドが仮装に使っていた、狼の頭を模したフードだ。サカキはそれを、本物の犬の頭を撫でるように撫でている。
「・・・和む」
「〜〜っ!放してください!!」
 ハロルドがすぽんと狼頭を取り上げると、サカキはむっと表情を渋くしたが、ハロルドは仮装道具一式の上に狼頭を放り出した。サイドランプを残して灯りを落とすと、ハロルドはベッドの中に入った。
「はい、好きなだけ、俺を、撫でてください」
「・・・ん」
 ハロルドがサカキの腕の中に納まると、まだ少し湿った髪の間に指が入ってきた。額から、こめかみから・・・細い指が耳の周りを撫で、首筋や背中にも手のひらを感じる。
 なでなで・・・なでなで・・・
「ハロルド、可愛いな・・・」
「そうでしょう?」
 満足げな吐息と指の動きが気持ちよくて、ハロルドはくすくすと笑った。
「・・・ハロ・・・」
「なんですか?」
「Trick or Treat」
「ほえっ!?」
 抱きしめられたまま見上げると、薄闇の中で、不機嫌そうでどうでもよさそうな、つまりいつもの表情をしたサカキが、眠そうな目で見下ろしてきた。
「パーティー会場に、一人で残されたんだが・・・?」
「え・・・ぅ、その・・・」
 意外と根に持っているのか、それとも普段とは比べ物にならないくらい素直になっているのか・・・。とにかく、サカキのご機嫌はまだ全快していないようで、ハロルドはあせった。
「何にもないのか?悪戯するぞ」
「ええっ・・・」
 お菓子は全部配ってしまったし、いまはベッドの中で・・・。
 ハロルドはサカキの腕の中で、わたわたもぞもぞしていたが、意を決してサカキの唇まで伸び上がった。
 ちゅっ・・・
「・・・こ、これで・・・、どうですか・・・」
 唇を合わせるだけの子供のようなキスに、少し不満げだが、とりあえずサカキは頷いてくれ、ハロルドはほっと胸をなでおろした。
「サカキさんは、俺に何かくれるんですか?」
「ん?」
「Trick or Treat」
 ころ・・・と、こもった音がして、ハロルドはその唇がかすかに歪んだのを見た。
「何が欲しい?」
「え・・・と・・・ぉ!?」
 サカキの絶妙な体捌きで、ハロルドはベッドの上に仰向けになり、その上にサカキが圧し掛かってきた。
「んっ・・・ふ、むぁ!?」
 密着した唇から、何か硬い丸い物が、ハロルドの口の中に入ってきた。甘すぎない、どこか薬草のような風味のある味は・・・。
「んぐ・・・からにゃひゃんりぃーれすふぁ!?ふぁむ・・んんっ!」
 再び唇をふさがれ、閉じようとするハロルドの口の中にサカキの舌が入ってくる。ハロルドは飴玉を喉に詰まらせまいと必死になった。
「ぐっ・・・うぅっ!」
「・・・そうじゃない。貸してみろ」
「ん・・・」
 苦しさにもがくハロルドを見かねたサカキに、ハロルドは再び口移しでガラナキャンディーを渡した。
「はぁっ・・・」
「歯でつかんで、舌で支えるんだよ」
「はい」
 かりっ・・・とキャンディーを噛んで含んだ唇に、今度はハロルドが舌を伸ばした。
 つるりとした表面を撫でると、甘い飴と一緒に、サカキの唾液が伝ってくる。爽やかで、どこか癖のある香りが溢れる。
「んっ・・・はぁ・・・っ」
 ぴちゃぴちゃと濡れた唇を舐めると、くっと唇が押し付けられ、ハロルドの口の中に、ころんと飴玉が転がり落ちてきた。少し小さくなった飴玉を前歯に挟んで、落ちないように舌を添えると、ぴったりと唇をふさがれた。キャンディーを舐めているかと思えば、ハロルドの歯を舐めていき、何度も角度を変えては、動けないハロルドを翻弄していく。飲みきれない唾液が口の端からこぼれるが、それすらサカキの舌が掬い取って行く。
「ふ・・・ぅ、んっ・・・」
「可愛いな、ハロ。俺以外の奴に、そんな顔見せるんじゃないぞ」
「ぅんっ・・・くっ!」
 反応を始めていたところを撫でられて、ハロルドは思わず飴を噛み砕いた。
「元気だな」
「あ、当たり前じゃないですか。サカキさんと抱き合って、こんな・・・口移しで飴舐めるなんて・・・」
「そうか。クロムの声よりは、俺のキスの方が上か?」
「んな・・・」
 あれを聞いたのかとか、そういう比べ方をするのかとか、色々問いただしたいことはあったが、とりあえずハロルドは顔が赤くなるのを自覚しつつ、恋人に言ってやった。
「サカキさんとでなきゃ、起ちません」
「・・・・・・」
 一瞬固まったサカキがハロルドに覆いかぶさり、ぎゅうぅっと抱きしめてきた。・・・ちょっと苦しい。
「さ、サカキさん・・・?」
「うちに帰ったら、何でも言うこと聞いてやる」
「えぇっ!?」
「ただし、一個だけな」
「あぅ。・・・いまじゃ・・・ダメですよね・・・」
 かなりシたいのだが、さすがに友人宅のゲストルームでは・・・。
「うちに帰ったら、な」
「一晩も我慢したら、ユーインさんみたいに激しくしちゃうかもしれませんよ?」
「・・・そうだな、明日は抱き潰してもかまわん。どうせ俺が動けなくても、ハロが世話してくれるだろ?」
(なんだってぇー!!?)
 たしなめられるつもりで言った冗談なのに、OKされるとは思ってもみなかった。しかも、何気なく激甘な爆弾発言をされている気がする。もちろん、激しいのも、お世話も、望むところだ、が・・・。
「サカキさん、その・・・大丈夫ですか?」
「なにがだ。俺の機嫌が変わらないうちに、さっさと寝ろ」
「はい・・・」
 ハロルドの戸惑いなど意に介していないのか、サカキはいつもどおり、ハロルドの腕の中に納まって、ほどなく寝息を立て始めた。
(サカキさん・・・)
 ハロルドの腕枕の上で、穏やかな寝顔を癖の強い緑の髪が包んでいる。転生した身体が実年齢に追いついたのか、間近で見ると、そろそろ子供がいてもおかしくない年齢の顔になってきたように思う。
 最近ハロルドの体格が成長したせいで、相対的に細く見えるようになったサカキの体を、そっと抱きしめた。この人は、ハロルドよりもずっと大人なのに、ハロルドになら抱かれてもいいと言うほど愛してくれているし、信頼してくれている。
(俺、幸せ者だなぁ・・・)
 納まりにくい下半身をなだめつつ、しみじみと幸せを噛み締めるハロルドだった。