ネコの散歩道−1−
珍しく兄貴よりも早起きしたら思い立って・・・。家を飛び出したのは、別に不満があったからじゃない。ただ、ちょと冒険をしたいと思ったからだ・・・。
PTを抜けて、wisも遮断した。それでも「遊びに行ってくる。シノちゃんにも言っておいて。昼飯いらない」という書置きだけは、ちゃんと残してきた。真澄が一人で家を出てきたのは、心配させたいとか、かまってもらうために気を引きたいわけではないからだ。 ふらりと通りがかった、人気の少ない朝の大聖堂の前で、見知った顔と目があった。 「あ・・・」 意外なことに、プラチナブロンドのプリーストは、そばにいた線の細い女プリーストに何事か告げて、すぐに真澄のところに駆けて来た。 「真澄・・・!」 小声で呼んだその表情が、珍しく申し訳なさそうに困っていたのに気付いて、真澄は当然のように近寄っていった。 「待たせたか?」 真澄は脚を交差させて胸を広げ、体の重心はだいぶ外側だ。ぽかんと口を開けている女プリーストをびしっと指差す反対側では、アンニュイさを表す様に折り曲げて魔術師の繊細な指を強調する。だが、肝心の視線は、キラキラと星が出そうなほどにマルコへ向いている。 「いや、大丈夫」 それを軽く流すマルコに、ねじった身体をくるりと元に戻して、真澄は並んで歩き出した。よく「真澄の周りだけ宇宙の法則が乱れている」と言われるが、真澄はちゃんと足の下に重力を感じているし、魔法も理論どおり発動する。 「デートを断る口実か〜?」 「からかわないでよ。でも、ありがと・・・助かった」 きちんと黒い法衣を着たプリーストは、真澄よりも二つ年下で、真澄よりも美人なくせに、背が高くて逞しい体つきをしている。男にも女にもモテそうだが、基本的に無愛想というか、表情に乏しいせいで、近寄りがたい人物と思われていそうだ。本当はとても繊細で、女のように鋭い観察力を持っているのを、真澄は知っている。 真澄はといえば、日に焼けて脱色した黒髪と黒い瞳、そしてアマツ人らしい華奢でやや小柄な体をしている。兄の柾心は見上げるように立派な体躯をしているというのに、自分の身長がコレではちょっと不公平だというのがコンプレックス。あと十センチほど脚の長さが欲しい。 真澄は色々あって、兄と一緒に対人上等な冒険者ギルドに所属している。そこのマスターと懇意にしている情報屋の従兄弟が、いま隣で一緒に歩いているマルコだ。 そして、真澄とマルコは、ちょっとした、秘密ではないが、人目を気にする体質同士の仲間だった。 「マルコでも大聖堂に来るんだ?」 「あぁ・・・サンダルフォンが、僕以上に大聖堂嫌いなんで」 聖職者のくせに大聖堂が嫌いというのもどうかと思うが、真澄も魔術師ギルドが好きかと聞かれれば、別に好きじゃないと答えるだろう。 必然的に登録してあるだけで、そこに忠誠があるかどうかは別問題だ。 「真澄こそ、一人でいるなんて珍しい」 真澄の両側には、たいていピンクの法衣と、フード付きの上着を着た肉鎧が控えていた。だが、今日はそのどちらもいない。 「うーん、たまには一人でぶらついたりしたいじゃん」 気難しい子供がぐずるような調子に、察しのいいマルコは音を立てずに微笑んだ。 「大事にされているんだよ」 「いや、もう、この歳になって・・・なんて言うか・・・」 普段の理解に苦しむアクションすら鳴りを潜める真澄に、マルコも仕方なさそうな苦笑いに変わる。こうして真澄が「普通」っぽい話し方をしたり、内心を吐露したりするのは、「同類」のマルコに対してだけだ。 相方のシノも、兄の柾心も、真澄のことを大事に思ってくれるのは嬉しいのだが・・・かなり、溺愛しており、時々煩わしく思ったとしても仕方がない。甘やかされるのが好きな真澄だからこそ、二人分の「かまいたい」を受け入れられているのだが、今日のような気まぐれは、どうしても起きるものだ。 「もっと、一人であちこち行けるようになれればなぁ・・・」 たしかに、高い殲滅力を持つハイウィザードは、大概どこでも戦力の要であるが、魔法の詠唱中に敵からの攻撃を守ってくれる味方が不可欠だ。もちろん、身の軽さや高速詠唱を生かしてソロを貫く者もいるが。 真澄は高速詠唱型だが、ソロができない理由があった。 「転生しても、治らないんだよね」 「まぁ、しょうがねぇよ。・・・って、たぶんマルコがいなかったら言えてないな。すっげー落ち込んでそう」 「そう?」 「そうだよ。俺だけじゃないし、なんとかなるかなって気になる。・・・だから、余計にかなぁ。もどかしいって言うか・・・俺、欲張りかな?」 「どうかな。でも、目標ややりたいことがないよりは、ずっといいと思うけど」 「ふぅん、そっか」 真澄は機嫌よく頷いた。 「マルコ、これから予定ありげ?」 「特に・・・家に帰るだけ」 家に帰れば、 「狩り行かない?」 「僕と!?真澄が行くような場所、僕には・・・」 「場所はマルコが決めていいよ。普段行けない所、行ってみる?」 マルコはその体質上、ほとんどがソロでの狩りだ。PTでは、他人に守られるどころか、他人が怪我をするせいで発情してしまう危険がある。サンダルフォンのような支援型ではないので、二人以上の他人と自分を守りながら狩場にいるのは、正直きついのだ。 「どうせ俺たち二人なら、どっちかが発情しても、その後の処理だって問題ないじゃん?」 二人いっぺんに発情したっていいのだ。互いに分かり合った体質で、体を重ねることに禁忌はない。 「それじゃあ・・・」 サンダルフォンに報告しているらしい間があった後、おずおずとマルコから提案された場所の中で、真澄はもっとも自分の魔法が活き、もっともスリルがある所を選んだ。 でかいヘビ女、やたらとしぶといミイラ、影のように纏わりつく犬・・・そして、犬頭人身の怪物、アヌビス。 「あーっははははははっ!!!!ストームガストォ!!」 「マグナムブレイクッ!!」 「マルコぉ、オカワリきたぜぇ!!クアグマイア!!アイスウォール!!」 「マグニフィカート!!レックスディビーナ!!キリエエレイソン!!イムポシティオマヌス!!」 「ファイヤーウォール!!ストームガスト!!やっべー!!ナニコレ、楽しすぎるうぅうう!!!」 真澄が陽気に吹雪を撒き散らす中で、アサシンマスクをしたマルコが巨大な黄金色の十字架を振り回す。ここはピラミッドダンジョン四階。 二次職パーテーで賑わう人気狩場だが、そこに現れたテンションの高いハイウィズと、色々必死な殴りプリのコンビは、広く薄暗いダンジョンの中で、かなりの異彩を放ちながら、死角を減らすために壁際沿いをゆっくり進んでいた。 「グロリア!!」 「俺も殴っちゃうぜっ!」 マルコが振るう鈍器の重厚な打撃音に混じって、ぽっこんぱっこんと気の抜けた杖での打撃音が、たまにクリティカルを出したりしている。 自分でセーフティフォールを出せる真澄は、パーティ全体にかかるものを除いて、キリエエレイソンだけくれるようマルコに頼んだ。こんなに忙しい狩場では、接敵しながら他人まで支援するのは難しいし、マルコの精神力がもたない。 今日は、アヌビスと戦ってみたいと言ったマルコが、主戦力だ。転生してさらに光っている真澄は、それを支援する立場であり、マルコの禁忌である血を見せないよう立ち回るのが第一の義務だ。 「どう?犬ビスの血は平気かい?」 「いまのところ、大丈夫そう。マーターも凍ってくれるし」 不死属性のアヌビスの体は、ミイラのように干からびて見えるのだが、これでも一応種族は人間に分類され、その血がマルコの神経に障るかどうかは、実際にやってみないとわからなかった。 息を弾ませながら少しマスクをずらしたマルコの頬が赤いのは、敵の足止めのために撒き続けている吹雪のせいもある。血すら瞬時に凍らせる冷たい空気は、周りで戦っている他のパーティたちの血臭も防いでいるようだ。 せわしなく駆け抜けていくパーティを見やりながら、真澄がミミックにライトニングボルトを撃ち込むと、ひらっと紙切れのようなものが落ちた。 「おほっ」 「でた・・・」 「他のカードが出るよかマシかな!」 ミミックカードを拾い上げ、にんまり緩んだ真澄の顔が、先ほど追い抜いていったパーティが倒れている姿を見てひきつった。 「おし・・・っ!!?」 「ブレッシング!!速度増加!!」 「倒せってか!?」 かけないはずの支援がかかって、真澄は声を上ずらせながら二人分のSWを出す。 「真澄ならできるよ。大丈夫大丈夫」 最近言動が従兄や真澄のギルマスに似てきたマルコが、目を細めるようにしてうっすらと微笑みを浮かべながら、頭の上で二人を応援していたひよこちゃんを下ろして、+7アルタ深淵の兜をかぶった。どばどばと聖水をかけているのは、+10ダブルリべレーションパーフェクトチェインのようだ。情報屋がよほど儲かって給料がいいのか、単にマルコの趣味なのか・・・どちらにしろ、物騒な装備である。もちろん、金銭的な意味で。 まだ躊躇っていた真澄だが、マルコの退く気がない様子を見ていたら、強敵と対決するゾクゾクとした恐怖が、熱い塊になって下半身の一点にズドン落ちてきた。 「アハハッ!!気持ちいいぃっ!やってやらぁッ!!!」 真澄はハイウィザードのマントを、誇らしげに翻した。大量のイシスを引き連れたミイラ男どものボス、オシリスを見据える黒曜石の瞳は、実力に裏づけされた自信と反するかのように、恐れを知る本能によってかき立てられた、明らかな欲情に潤んで輝いている。 危うげな二律背反。それを踏みつけられず、どうしてBladerのハイウィザードと名乗れようか。 「おしりィっ!!てめぇはこの俺様がぁ、ぶぅっとばぁあああす!!!!」 |