リュン04
夏の子守唄


 かなりの現金を手にしたものの、リュンはまだ目標金額に達することが出来ないでいた。
 しかし、冒険者の間では街の商人よりも高く取引される品物は手元に残しており、これを売りさばけば半分ぐらいにはなりそうだと、マルコはリュンに、一度首都に戻ることを提案した。
 リュンは収集品を抱え、何日か前に枝テロに遭遇した、プロンテラ中央大通りを、マルコの後について歩いていた。大通りは相変わらずの賑わいで、はぐれないように歩いていくのさえ大変だった。
 どこか近くから、もの哀しげな音楽が聞こえてきた。その曲に聞き覚えがあって、リュンは歩きながら人ごみをすかして見た。
 落ち着いた紅色の髪をしたバードが、露店を出している商人たちに混じって、リュートを奏でている。その周囲だけ、時がゆっくり過ぎているかのように、客も商人もくつろいだ表情をしている。
 以前聞いた時は気にも留めなかったが、今聞いてみると、その音色に妙に心惹かれた。なにか、せつなくなるような・・・。
 きっと、今は寄る辺ない身になってしまったからだろう。信じられるものは、ごく限られている。
 ふと、長い前髪をたらしたバードと目が合った。どこかで、見た覚えのある顔だ。
「リュンさんっ!?」
「えっ!?」
 ふっと音楽が消えたかと思うと、楽器を放り出しそうな勢いで、バードがリュンに抱きついてきた。
「え?ええっ!?」
「やっと見つけた!すっげー探したし、もう、ちょー心配したんだからな!」
 間近で見る、眼鏡をかけた端正な顔は、やっぱりどこかで見た覚えがあるのだが、公衆の面前で抱きつかれてあせったリュンには上手く思い出せない。
「あぁあ。やっぱり痕残っちゃってるし。イケメンなのに、もったいねー」
 眉間の傷痕を、楽士のしなやかな指先で撫でられて、やっと思い出した。自分を見つめる目を縁取る長い睫が、髪とは違って銀色をしている。そうだ、あの時は長い銀髪を結っていた。
「流貴・・・さん?」
 バードの顔が、まるで花開くように、ぱぁっと笑顔になる。
「まじ?名前知ってんの?」
 マルコに教えてもらったし、たしか、あの夜もその名で呼ばれていた。
「髪、切ったのか」
「ああ、うん。ほら、俺、ちっとおたずね者だし?」
 声を潜めて言われ、愕然となる。
「どうして・・・」
 アサシンギルドの依頼や、Gv、Pvと呼ばれる公認の戦闘以外での人死には、大概罪に問われる。冒険者の持つ刃は、人ではなく、モンスターに向けられるべきものだからだ。
 流貴はアサシンでもなく、私怨で殺した。流貴を助けたのであっても、微妙なところだ。
 差し迫った状況だったものの、そこまでは考えがまわらなかったリュンは、自己嫌悪に陥った。
「すまない」
「何言ってんの。リュンさんのおかげで、俺生きてるし。感謝してる」
 明るく言い切った流貴が、またむぎゅうと抱きついてくる。
 流貴がすっかり元気になった様子に、瀕死の状態を見ていたリュンはほっとしたが、まだ傷薬の匂いをまとっていることにも気づいた。
「・・・まだ、怪我が治らないのか?」
「え?・・・あー、いや。これは、ちょっと」
 あははと乾いた笑いを浮かべる流貴を見ていて、リュンは、べしっと頭をはたかれるまで、背後に立った人に気づかなかった。
「いてっ・・・先輩!」
 青味がかった長い髪を三つ編みに束ねた、旧知のアサシンクロスの呆れ顔があった。
「まったく、世話のやける子ね」
「あの・・・」
「事情はサンダルフォンから聞いているわ。それとも、私まで疑うの?」
「・・・」
 返答に窮したリュンに、傍で見ていたマルコが助け舟を出した。
「慎重に慎重を重ねるのが、暗殺者のやり方でしょう、アイラさん?」
「そうだけど・・・」
「今回に関しては、アイラさんは完全に無関係で、悪い影響もないと、サンダルフォンから聞いているよ、リュンさん」
「そうですか」
 ほっと表情を緩めたリュンの頭に、今度は女の細腕とは思えない力が巻きついてきた。
「いでででっ!」
「んもう、失礼な子ねぇ!こんなに心配してたのに!」
 動きやすさの為か、妙に露出の高いアサシンクロスの柔らかい胸元でがっちりと締め上げられつつ、リュンの視線はマルコと向き合った流貴に流れていた。
「お久しぶりです、マルコさん」
「元気そうだな」
 マルコの鉄面皮が優しく微笑んだのに、リュンは不意に動悸が激しくなるのを感じた。
「ずいぶん明るくなったな。こう言っていいかはわからないが・・・よかったな。昔より、ずっといい顔になっている」
「そうですか?・・・だとしたら、リュンさんのおかげです」
 こちらに振り向いた流貴と目が合って、さらに鼓動が弾む。顔が赤くなっているとしたら、アイラに締め上げられているせいだと思いたい。
『なぁに、リュン、照れてるの?』
 耳元でアイラにささやかれて、リュンはじたばたともがいた。
『や、ちょ・・・なんでそうなるんですか』
『流貴くん可愛いわよねぇ。男の子にしとくのもったいないわぁ』
 たしかに、流貴はぱっちりとした深い紅玉色の目をしており、男臭すぎない、女の子うけしそうな優しげな風貌をしている。
『アンタを探して、アサシンギルドまで来ていたのよ?大怪我しているのに』
 それで流貴の傷の治りが遅いのかと、リュンは納得した。
『なんで、そこまでして俺を・・・?』
『さあ?そこまでは知らないわねぇ。自分で聞いてみたら?』
 拘束が解かれて放り出されると、リュンは収集品を買い取ってくれる露天商を、マルコに紹介された。
「サカキさん!」
「ハーブは全部買い取る。鉱石類は、そっちのハロルドの担当。その他は、応相談・・・って、起きろ、ハロ!」
 不機嫌そうな顔に青筋を立てたサカキに、げしっと踏みつけられたのは、さっきまで流貴がリュートを奏でていた場所の隣に座って、口を開けたまま居眠りしていた茶髪のブラックスミスだ。
「ぎゃうん!痛いっすよ、サカキさん。もっと蹴って」
「死にたいか?」
「ウソデス。スミマセン。ゴメンナサイ」
 勢いをつけて立ち上がったハロルドは、人懐っこい笑みを浮かべた。
「いやぁ、流貴のリュート聞いてたら、なんか気持ちよくなっちゃって、つい。あはは」
 商人系の二人は、リュンの収集品を手早く仕分けると同時に計算して、二百万ゼニーを超える現金を、品物と交換にぽんとよこした。
「まいどあり〜!」
「少しは足しになるといいな。サンダルフォン相手なら、値切ることも覚えろ。奴は馬鹿みたいに金持ちなんだから」
 ずっしりとした硬貨の重みに、リュンも自然と口元が緩む。
「ありがとうございます」
 これで残りの稼ぎへの弾みがつくというものだ。