リュン03
夏の子守唄


「わあっ!!」
「キリエエレイソン!悲鳴あげる前に殴れ!速度増加!エンジェラス!ブレッシング!」
 押し寄せるナイトメアとグールと、横湧きしたジャックを相手に、支援を受けながらとはいえ、ほとんど死に物狂いでリュンは戦っていた。
 その二歩ほど後ろでは、効果を途切れさせることなく魔法を詠唱しつつ、うるさそうにナイトメアをネメシスで叩きのめしている金髪のプリーストがいる。
 敵のほとんどを相手にしているのはリュンで、同時に、目の前の敵を相手にするだけで精一杯でもあった。まわりを見ている余裕もない。
「・・・ドラキュラが出たな。リュンさん、それ片付けたら、ちょっと座ってなよ」
「は、はいっ!?」
 最後のゾンビを倒して振り向いたリュンが見たのは、なにやら荷物をかき回して、弁当をかじりつつ、装備を換装している黒衣のプリースト。
 無造作に取り出される装備のどれもが、一級品、精錬を重ねた業物だと、リュンにも判る。一点でも目の飛び出るような金額の代物だ。
「マ、マルコさん?」
「危ないから、離れていてね」
 ドラキュラといえば強大なモンスターで、このゲフェン地下ダンジョン二階の主とも言えるボスで、並の人間ならば一瞬であの世行き。その影が崩れかけた塀の向こう側に見えて、すぐに避難しなくては、とリュンは思うのだが・・・。
「速度増加!ブレッシング!キリエエレイソン!アスペルシオ!イムポシティオマヌス!グロリア!エイメェェエン!!」
 祝福の光をまとったプリーストが、周囲よりも10℃は低い空気を漂わせているであろう、赤と黒の霧のような影に突進すると、一瞬で取り巻きのドレインリアーが吹き飛び、わずか二、三分後には、そこに悪魔は立っていなかった。
「よし。邪魔はいなくなったから、狩りの続き」
 何事もなかったかのように、リュンの支援に戻る殴りプリを除けば・・・。

 色鮮やかな花が咲く花壇にもたれて、リュンは息も絶え絶えに座り込んだ。
 魔法都市ゲフェンに、すこし蒸し暑い夏の風が吹き渡っていく。
「・・・」
 鈍器を肩に担いで、金髪のプリースト・・・マルコが、リュンを見下ろしている。
 情報屋サンダルフォンが示した情報料は、ほとんど法外といっていい値段だった。しかし、それを稼ぐために出かけようとしたリュンに、礼拝堂で案内してくれたマルコを、支援役として同行させたのだ。
 かなりのハイペースで正直きつかったが、ここで弱音を吐く気はなかった。その代わり、大きく深呼吸して、汗の出た額をぬぐう。
「・・・・・・」
 突然眉間を指差されて戸惑ったが、マルコはリュンの傷痕を診ているらしかった。
「すぐに治せばよかったものを」
「・・・そんなに酷いですか?」
「気にならなければ、どうということは無い」
 それは答えになっていないだろうと思うが、嫁入り前女の子でもあるまいし、顔に傷がいくつ付こうが、リュンには気にならず、確かにどうということは無い。
 リュンの隣に腰掛けたマルコは、表情の変化に乏しいうえに言葉使いもつっけんどんで、狩りの指導にいたってはかなりのスパルタだったが、面倒見のいいことは確かで、第一印象よりは友好的な人物だとリュンは感じていた。
「・・・流貴を助けたんだって?」
「るき?」
「アルベルタで会っただろう。銀髪の」
「ああ・・・いや、はじめに助けられたのは俺の方で・・・」
 そういえば、すっかり忘れていた。フェイヨンの宿屋で面倒を見てもらっているはずだから、あの傷でもちゃんと回復するだろうが・・・。
「知り合いですか?」
「僕があれの童貞を奪った」
 飲みかけのリンゴジュースに、リュンはむせた。
「か・・・げほっ・・・彼氏、さんでしたか」
「違う」
 即座に否定したマルコの表情は変わらず、本当に初体験の相手を務めただけのようだ。
「昔、流貴が兄の仇・・・リュンさんが仕留めたあいつの情報を求めて、うちにきたことがある。まだアーチャーだったな。その時の情報料が・・・たしか、2Mと48時間の奉仕活動」
「まさか、その奉仕活動って・・・」
「その想像で、大体あっている。顔も名前も知らない男女と、だいたい何人ぐらいを相手にするのかも、最初に言ってあった。それで復讐なんて諦めてくれればよかったんだが・・・やりきりやがった」
 それだけ肉親を奪われた憎しみが大きかったのだろう。
 腕の中で満足気に目を閉じようとした姿を思い出し、リュンはぞっとした。リュンは暗殺者であるが、そこに私怨や憎悪といったものは無く、淡々と仕事をこなすだけだ。
 そんな風に、誰かを強く恨むことも、逆に、深く愛することも、まだ経験が無い。
「流貴は自分のすべてを差し出して、自分を罪人へ導くであろう情報を買った。・・・リュンさんは、自分を狙った人間の情報を得て、どうするつもり?」
 それは、サンダルフォンにも聞かれた問いだ。
「相手によります。あの商人は、俺に恨まれて殺される気分はどうだと言いました。でも、俺には私的な心当たりが無い。ということは、仕事のターゲットの関係者である可能性が高い。・・・ならば、アサシンギルドが絡んでいる。ギルドが俺の情報を売ったのでなければ、俺が襲われる事は、ほぼありえない」
「だが、アサシンギルドが身内を売るなど・・・」
 リュンは頷く。そう、そんなことも、ほぼありえない。だから、リュンではどうにも考えが及ばない、裏の事情があると思うのだ。
「俺が襲われた理由が、俺が納得できるものならばそれでかまわない。でも、そうでなければ・・・その時考えます。とにかく、理由がわからなければ、俺もどこへ行けばいいのかわからない」
 今度はマルコが頷く。
「それなら・・・まぁ、適正価格だな」
 情報料のことらしい。
「6.5Mなんて、自分でももったことありませんよ」
「大丈夫。流貴の時より、だいぶ易しい」
 現金の額だけならリュンのほうが三倍以上で厳しいが、そこは二次職であることを鑑みれば、妥当だ。
 それよりも、奉仕活動の方が恐ろしい。リュンには、訓練と称して色々やらされた経験があり、流貴がどれほど過酷な時間を乗り越えたか、少なからず理解できるつもりだ。諜報・暗殺を含む活動は、時にそういったことも必要になる。先に経験しておけば、心構えも出来ようものだ。・・・しかし、流貴はアサシンではない。
 リュンの考えていることがわかったのか、マルコは少し表情を和らげた。
「根性だけはある奴だったからな。それに・・・すでに心が死んでいるような状態だった。たぶん、何を言っても、何をさせても、あの時の流貴を変えさせることは出来なかったかもしれない。・・・まぁ、今でも生きているなら、それでいい。これからどう生きるかも、あいつの勝手だ」
 もしかしたら、マルコは流貴のことを、ずっと心配をしていたのではないかとリュンは察した。
(あのまま死なせなくてよかった・・・)
 あるいは、運悪く死なせなくてよかった。
 退魔の鈍器が、スイカ割りのようにリュンの頭を粉砕する光景が、かなり簡単に想像できて、冷や汗が出る。
「はい、休憩終わり。さっさと稼ぐぞ」
「了解です」
 実は騎士並みの膂力があるのではないかと思わせる、プリーストの黒い法衣の背を追いかけて、リュンは石畳を蹴った。