流貴05
夏の子守唄


 やっと、リュンとゆっくり話を出来た、と思っていたら、勢いやら口が滑ったやらで、なんとペアまで一気に進んでしまった。
 興奮してあまり眠れなかったが、翌朝の流貴の気分は上々だった。
 まずは二人の強みと弱みをつきあわせて、良い狩場を探すところからはじめよう。いっぱしの冒険者として修練を重ね、ゆくゆくはヴァルキリーに祝福されるほどになれば・・・いや、そこまではいかなくても、リュンと一緒に楽しく過ごせれば、十分満足だ。
 失ったものを埋め合わせようとしていると言われても、流貴には否定できなかった。兄は戻らない、それはわかっているし、リュンは兄ではない。それでも、身寄りのない者同士、なんとなくくっついているのは、別に悪いことじゃないと思う。
 なにより、恋心を抱いてしまったからには、なんとしてでもそばにいたかった。
(カミングアウトには、まだ早いしなぁ・・・)
 慎重に物事を運ばなくては、昨夜のようにうっかり口が滑ってしまう。今回はそれで上手くいったが、これからも大丈夫という保証はない。
(でも、リュンさんを前にして、落ち着いていられるかなぁ・・・自信ないなぁ)
 まったく頼りにならない自分をもてあましつつ、流貴は話し声のする部屋の前を通りかかった。
(?)
 サンダルフォンの屋敷は防音性に優れており、よっぽどの大声を出さない限り、部屋の外にまで聞こえることはない。
 流貴はそっとドアノブに手をかけ、音を立てずに隙間を作った。
「でも・・・っ!」
「駄目だ!あんたまで厄介なことに巻き込まれるのは、リュンだって望まないはずだ。まず、本人達に現状を説明して、それから打開策を考えるべきだ」
「でも、こんな脅しは卑怯すぎるわ!絶対に撤回させてみせるから・・・」
「それで、反逆罪であんたまでむこうに捕まったらどうする?」
「・・・っ」
 ただならぬ雰囲気で言い争っていたのは、アイラとサンダルフォンだった。
 リュンの名前や本人達、と言っているところから、たぶん流貴にも関係のあることなのだろう。立ち聞きもなんなので、流貴はいまさらながらにノックして、ドアを大きく開けた。
「おはようございます。外まで聞こえていますけど?」
 はっとこちらを向いた二人は、やはり同時に視線を逸らせた。
「やっぱり、俺の問題ですか」
「それは・・・。違うの。ただ、アサシンギルドが無理なことを言ってきたから、それを撤回させる方法を考えていたのよ」
 ぱたぱたと手を振ってアイラは苦笑いを浮かべるが、視線をそらせたままのサンダルフォンの苦渋に満ちた厳しい表情が、問題の深刻さを物語っている。
「アイラ、時間がない。奴らがここを嗅ぎつければ、すぐに逃げ道はなくなる。もう二度と、誰かがここから連れていかれるのは見たくないっ!」
「サンダルフォン・・・」
「流貴には私が話す。アイラは、リュンに説明してきてくれ」
「・・・わかったわ」
 何か言いたそうだったが、アイラは肩を落として、それでもきびきびとした足取りで、流貴と入れ替わりに部屋を出て行った。
「ごめんなさい」
 そのかすれた声が本当に悔しそうで、流貴はひどく心が乱れた。
 大きくため息をついてソファに体を投げ出したサンダルフォンに、流貴は首筋がざわつくのを抑えながら聞いた。
「何があったんですか?」
「・・・流貴、お前自分がおたずね者だって自覚はあるか?」
 そのイラついた声音に、流貴の心臓は跳ね上がった。
「はい。その覚悟で、ここで情報を買って、復讐を果たしましたから。・・・すぐに、出て行きます」
「そうじゃない。すまん、そうじゃないんだ」
 ぎゅっと眉間にしわを寄せたまま、サンダルフォンはもう一度ため息をついて、額にかかった金色の前髪をかきあげた。
「アサシンギルドが、お前の恩赦をエサに、リュンの復職を要請してきた」
「!」
 それほど、リュンは将来性のある逸材だったということか。それとも、醜聞をなかったことにするためか・・・。
「俺が自首すれば、それは無効ですね」
「流貴!」
「俺が捕まるのは当然ですが、リュンさんに非はありません」
「阿呆。それでリュンが納得すると思うか」
 流貴が言い返しかけたとき、廊下からガラガラとカートを牽く音が聞こえてきて、ドアが蹴り開けられた。
「流貴、大通りまで騎士団が来ているぞ。さっさと逃げろ」
 まず用件を先に言ったサカキが、サンダルフォンに「よう」とだけ言った。
「駄目なんです、サカキさん。すみません、ありがとうございました」
 サカキとサンダルフォンに頭を下げると、流貴は踵を返した。
「待て、流貴!」
 その声を振り切るように部屋を飛び出した流貴は、どすっとタックルをくらって、思わず壁にすがりついた。
「ぐあ・・・ぁ、あばらが・・・」
 まだ痛いのにと泣きそうになったが、飛びついてきた方が泣きそうな顔をしていたので、そこはぐっとこらえた。
「リュンさ・・・」
「相方置いて、どこに行く気だった?」
 ずきっと、怪我のせいではなく胸が痛む。青ざめた顔に、まだ赤紫色にくっきりと残る傷跡。涼やかな切れ長の目が、ぎっと流貴を睨んでいる。
「俺はまだ、お前の歌を聴いてないぞ」
 流貴だって、リュンのために歌いたかった。でも、リュンの自由には代えられない。
 さらさらの髪に包まれた形の良い頭をかき抱くと、リュンの匂いがした。
「すみません・・・リュンさんが好きです」
 びくっと跳ねたリュンの腕から力が抜ける。もうこれっきりだと思うと、流貴は遠慮していられなかった。きつく抱きしめて頬に唇を寄せると、次の瞬間には身を引き剥がして駆け出した。
「あっ・・・」
「これでもくらえっ!」
 ひゅんと頭上を越えて飛んできたものが、流貴の足元に落下して、巨大な口を持ったフローラになった。
「ぎゃーっ!」
 あーんと開けた口に突っ込みそうになり、流貴は急停止して方向転換しようとしたが、そこには黒衣のプリーストが立っていた。
「大人しくしろ」
「げふっ・・・」
 強烈な当て身に、成す術もない。なんでこの人は僧侶のクセにこんなに強いんだろうと思うが、それよりもなんでこんな痛い目にあわねばならないのかが疑問だ。ここには味方しかいないはずなのだが。
 マルコに軽々と担ぎ上げられた情けない状態で、流貴は部屋まで連れ戻されてしまった。
 青く光る小さな石を玩びながら、サンダルフォンはニヤニヤと笑っている。
「アルナベルツ教国のベインスに送る。ほとぼりが冷めるまで、外国に高飛びって奴だな」
「なん・・・!?」
 ぱきっと石が砕けると、ワープポータルの白い光が現れた。
 リュンがアイラから受け取っているのは、流貴の荷物ではないか。
「シュバルツバルドのリヒタルゼンに行くことがあったら、レッケンベル社に気をつけろ。奴らは、ルーンミッドガッツ王国から出てきた人間を狙っている」
 サカキの忠告に頷くと、リュンは光の渦に飛び込んだ。
「行ってきます」
 そして、流貴の体がふわりと宙に浮く・・・というか、投げ飛ばされた。
「後は任せとけ」
 流貴が何か言う前に、ハイプリーストの姿は光の向こうに消えてしまった。