道 −2−


「ピアース!!」
 シリウスの槍が、真澄の掲げた分厚い本を直撃した。しかし、衝撃に顔をゆがめながらも、真澄の詠唱は早い。
「ユピテルサンダー!!」
 ばりばりと電撃が走り、シリウスはペコペコごと吹っ飛ばされが、懸命に騎鳥を操り踏みとどまる。凍結防止処理はしてある鎧だが、電撃は普通に痛い。
「ひ、一人だけ、アンフロなんてっ・・・はぁっ・・・ん、やばッ・・・気持ちいいっ!!!」
「まだまだぁっ!」
「んはぁっ・・・クァグマイア!!ユピテルサンダー!!」
 信じられないスピードで魔法を連発する真澄だが、シリウスの足を止めきれない。シリウスの槍が真澄に肉薄する。
 ガンッ、という硬い音と共に、シリウスの槍がはじかれた。
「まったく・・・乱交パーティの次の日ぐらい、ゆっくり寝かせろ」
「クラスター・・・!」
 鍛え上げられた刀身のように、美しく低い声を発した男を、シリウスは愕然と見やった。シリウスの槍を、自分の槍を絡めて止めたロードナイトは、シリウスに向かって不敵に微笑んだまま、へたりこんで天を仰ぎ、ヒクヒクと痙攣している仲間に声をかけた。
「真澄、逝ったか?」
「はぁっ・・・はっ・・・イったぁ・・・。も、あと一ヶ月、シリウスオナペットで、一日三食毎回ご飯三杯、イけるッ・・・!」
「そいつはよかった」
「気色の悪いことを言うなっ」
 全身に鳥肌が立って叫ぶシリウスを、長い黒髪を背に遊ばせたクラスターは、長く鋭利な先端を持った両手槍を器用に操って突き飛ばした。
「くっ・・・」
「捜査対象がウィズでなくてもアンフロ装備とは、さすがとしか言いようがない」
 本当に感心している様子で言うと、クラスターはニタリと笑った。そこには、王国騎士団から『狂犬』と呼ばれ、蔑まれると同時に恐れられている、極めしオーラをまとった戦闘愛好家がいた。
 ・・・本当は急な出動で慌てていたために、一番着慣れている鎧を引っつかんで出てきただけだとは言えない。
「真澄、ご一行にもう一回SGかまして、ユウと一緒に行け。俺はもうちょっと遊んでいく。せっかくきたことだしな」
「あぁい」
 ふにゃふにゃと蕩けた表情で「すとぉおむがすとぉ〜」と唱えると、真澄はおぼつかない足取りで歩き去った。
「さて、久しぶりに手合わせ願おうか、『天狼星』殿」
「先週やりあったばかりだと思うが」
 電撃の名残を振り払い、シリウスは槍を握りなおした。
 シリウスにとって、クラスターを筆頭とするギルド「Blader」の人間ほど、やりにくい相手はいない。そもそも、人と刃を交えて戦うことが三度の食事より大好きな、頭のねじが一本か二本飛んでいるような連中なのだ。
「ぐっ・・・!」
 盾に受けた衝撃に、腕が折れるかのような痛みが走る。それを無視して、シリウスは強靭な手首を翻す。
「ピアース!!」
 瞬きはしていない。それなのに、クラスターが持っている物が、一瞬で両手槍から盾に変わった。耳障りな音を立てて、シリウスの槍もはじかれる。
 続けて攻撃を打ち込もうとしたシリウスの目の前で、クラスターの盾が後退し、巨大な刃が競り上がる。
(しまっ・・・!)
 最大級の重量を誇るポールアクスが、音を立ててシリウスに襲い掛かった。
「スパイラルピアース!!」
「ぐあっ!」
 衝撃波に弾き飛ばされ、きりもみするようにシリウスは落鳥した。息が詰まり、負傷した痛みに意識が遠くなりかけた。
「どうした、回復が切れたか」
「・・・あんたたちとやりあう予定はなかったし。というか、これは意味があるのか?」
 シリウスは、ストームガストを連発する真澄を止められれば、それでよかったのだ。乱入したクラスターと騎士として戦うことにやぶさかではないが、万全な態勢をとっていたとて、一対一で『狂犬』に勝てる可能性はかなり低い。その程度の実力だと、よくわかっている。
「戦いに意味を求めるのか?アホか」
「・・・」
 戦闘狂に対して愚問だったと、シリウスは空を見上げながら反省した。
「おーい、クラスター」
「なんだサンダルフォン。いたのか」
「人んちの前で大暴れしておいて、それはなかろう」
 敷地を囲む柵越しに、ハイプリーストが苦笑する。
「門の前が凍りついていて、サカキが帰れないんだが」
「そうか、片付けてやろう」
「やっ、ちょっと待て、クラスター!」
 慌ててシリウスは止めた。クラスターが片付けるということは、つまり全員自分のように戦闘不能にするということだ。
「頼みます、サンダルフォンさん。彼らを助けてください」
「・・・ふむ、シリウス殿の頼みなら仕方がない。しかし、彼らが君に感謝するとは思えないぞ?」
「別にかまわない。そんなこと、期待していない」
 くすくすと笑う気配がする。金銭を一つの尺として持つ、生臭なハイプリーストには、シリウスが愚かな人間に思えるのかもしれない。
「『天狼星』殿は、相変わらずのようだ。・・・リザレクション!!ヒール!!」
 ひやりとした、心地のよい冷気に撫でられたかと思うと、すぐに温かな力が体の内に満ちてくる。起き上がってみると、あちこちの痛みが嘘のようにひいていた。すり寄ってきた愛鳥に飛び乗る。
「ありがたい」
「なに、治療代はそこのクラスターに請求するから、気にしないでいい」
「おい」
 シリウスとは正反対の無頼なロードナイトが、忌々しげにハイプリーストを睨みつける。
「大体、何の騒ぎだ。またヤバイ人間を抱え込んだか」
「さも自分が危険ではない人間のように言うな。・・・家業はそこそこだな。実に世知辛い世の中ということだ」
「ふん、人心が乱れると情報屋が儲かるか」
 クラスターは妙に複雑な表情を浮かべ、ペコペコの手綱を引いた。
「シリウス、また面白そうな出動があったら、俺にリークしろよ」
「できるか、そんなこと!」
「勇気ある騎士子はもらっていくぞ〜」
「え・・・ちょっと!こら、待て!!」
 さっさと走り去っていくクラスターの背は、あっという間に見えなくなった。
 サンダルフォンがリカバリーをかけていく氷柱群の中を慌てて探すが、やはり、あのおだんご頭が見当たらない。
「なぜ、シャノアを・・・」
 シャノアは、手違いで連れてきてしまった他部署の人間だ。それは、あの場にいたチェイサー・・・クラスターのギルドメンバーである、ゆうづきも知っているはず。
 シャノアからはシリウスたち特別戦術部隊の情報は得られず、また騎士団相手に身代金の要求などということもしないはずだ。・・・彼らは、そんなことをしなくても、十分な金を持っている。
(なぜ・・・)
 考え込んだシリウスは、ガラガラという音に首をめぐらせた。
 クリエイターのサカキがカートを牽いて、氷のなくなった門を通り抜けていく。製薬の腕前は確かだが、かなり気難しいという噂だ・・・。
「すみません」
 シリウスを見上げてきた不機嫌そうな顔の中で、特に琥珀色の目が剣呑な光を宿している。
「なんだ」
「あの・・・流貴という名前のバードをご存知だろうか?」
「知っている」
 まさか素直に言うとは思っていなかったので、シリウスは面食らった。
「だからどうした」
「いや、その・・・どのような人間か、人となりを教えてもらえたらと」
「・・・そうだな、一途というか・・・まだ若いし、あまり視野は広くないな。あと、もっと自分を労わっていいと思う。バードとしての腕なら、歌よりもジョークのほうが寒くてキクぞ」
 少し首をかしげて、思い出すように話すと、サカキは口元だけで微笑んだ。
「あいつがいま、どこを歩いているのかは、俺も知らん。ただ、他人の恋路を邪魔してペコペコに蹴り殺されたくなければ、あいつらにはかまうな。俺が言えるのは、その程度だ」
 やはり、シリウスたちの捜査対象には逃げ切られてしまったようだ。それならそれで、これ以上厄介な案件に触れずにすむ。
 元々、十分な立件材料も乏しく、アサシンギルドからの不自然なタレコミも、シリウスには気に入らなかった。
「参考になりました。ご協力、感謝します」
 頭を下げてその場を離れようとしたシリウスに、今度はサカキの方が声をかけた。
「ああ、そうだ。聞いてみたいことがあった」
「は・・・なにか?」
 サカキは手入れ不足の髪をかき回すと、言いにくそうに声を低めた。
「・・・気に障ったら謝る。騎士団の息がかかった建物のどこかに、上官の勘気に触った部下を閉じ込めてあると聞いたことがある。本当か?」
「・・・」
「ローグギルドなんかには普通にあるような代物が、そっちに流れているという話を、アルケミ仲間からずいぶん前に聞いた。・・・都市伝説みたいなものだが、あまり普通の人間が使わないような薬品が、貴族や一部の高級聖職者と裏取引されているのは事実だ」
「それは・・・どうして、そんなことを俺に?」
「半分は、俺の好奇心。もう半分は、あんたも気になったんだろう?どうして「Blader」があの子をさらったのか」
「まさか・・・」
「クラスターが何を知っているか、何をしようとしているのかは、俺も知らん。ただ、そういう噂を聞いたことがあるなと、思い出しただけだ。もしかしたら、サンダルフォンなら噂の真偽を知っているかもな」
 回復したハイマン隊長になにやら喚き散らされ、辟易した表情のハイプリーストが見える。
「一介の冒険者から出世したあんたを、すごいと思っている」
 突然そんなことを言われ、シリウスはまたサカキを見つめた。
「できるだけ、判断材料になりそうなことは提供したいと思うが・・・たしか、結婚していたな?あまり深入りはするなよ」
 じゃあな、とカートを牽いて去っていく後姿を見送ると、シリウスはざわつく胸を押さえながら、仲間の元に戻った。
 サカキの言っていた噂は、たしかに都市伝説のようなものだが、火のないところに煙は立たないということも、騎士団生活の長いシリウスにはわかっている。
(もしも真実なら、シャノアは無事だ。だが・・・)
 自分がおぞましい集団の一部のような気がして、シリウスはいたたまれない気分になった。