道 −1−


 早朝にたまたま居合わせたせいか、人数合わせのように引っ張ってこられたが、自分が甚だ場違いなグループの中にいることに、シャノアは居心地が悪くてたまらなかった。
 つい先日、ソードマンから念願のナイトに転職し、やっとペコペコに乗れるようになったばかりの新米なのだが・・・。
(どうして、警邏隊の自分が、特別戦術部隊の人たちと一緒にいるの?)
 まだモンスターを相手にするのも一苦労なのに、騎士団の中でも特に凶悪な犯罪者を取り締まる、凄腕の騎士たちのなかに、黄色いおだんご頭のシャノアがぽつんと混じっていた。
 ペコペコに揺られながら、小さくため息をつくと、一人の騎士が騎鳥を寄せてきた。
「君は?見かけない顔だが」
 きれいな青い髪を逆立てた、端正な顔立ちの若いロードナイト。シャノアは、彼を知っていた。
 シリウス。貴族や身分ある金持ちの家柄ではなく、一介の冒険者出身だが、公明正大な判断と、実直な性格に、騎士団の内外から人気は高い。もちろん、騎士としての実力は若手の中でもぬきんでて高く、『天狼星』の名にふさわしい、輝かしい戦績の持ち主だ。
「はっ、自分はプロンテラ警邏隊第二分隊所属の、シャノアと申します。・・・その、なんだかよくわからないうちに、引っ張ってこられてしまって」
 目を丸くした逆毛の騎士は、次に、申し訳なさそうにシャノアに詫びた。
「すまない。急なことで、ばたついていたからな。君にも、君の部署にも迷惑をかけた。あとで君の上長にも、俺から事情を説明しておく」
「あっ・・・あの、そんな、お気遣いなく・・・」
 シリウスに声をかけられただけでもドキドキしているのに、そんなふうに気遣われると、シャノアの顔は火が出そうなほどに熱くなった。これでも一応、オンナノコなのだ。
 今回の緊急出動は、先月アルベルタで起こった暗殺事件に関係しているらしいのだが、シャノアはその事件をよく知らなかった。ちょうど、転職やら何やらで、忙しかったのだ。
「暗殺自体は、アサシンギルドが手を下した、公的には何の問題もないものだよ。・・・ただ、そこに部外の冒険者が絡んでいたみたいでね」
 少しデリケートな案件かな、とシリウスは説明してくれた。
 しかし、彼らを率いている特別戦術部隊の隊長は、鼻息も荒く、先頭で騎鳥を走らせている。
 なんでも、札付きのハイプリーストをついでにしょっぴける、絶好の機会なのだとかいう会話が聞こえてきたが・・・。
(札付きの聖職者って・・・)
 なんというパラドックス。
「あの・・・戦闘になるんでしょうか。私・・・」
 強大なモンスターを倒すのとはまた別に、人間を相手にするには、それ相応の技術や装備が必要だ。なにしろ、普段は味方として共に戦ってくれている技術を相手にするのだから。
「大きな声じゃ言えないけど、今回はそんなことないと思うよ。そもそも、相手が悪すぎる。こんな急ごしらえの捜査隊じゃ、権威を嵩に脅すのが、せいぜいだよ」
 いたずらっぽく耳打ちしてきたシリウスが、くすくすと笑っている。
「そうなんですか?」
「その脅しですら、まったく効果はないだろうけどね。今から行くのは、そういう人間のところだ」
 シャノアたちは中央大通りを南下して、路地が入り組む住宅街に入った。
 年季の入った大きな屋敷を取り囲むと、騎士たちが突入する前に、正面玄関からプリーストの男が出てきた。門扉の内側ぎりぎりに立った男は、恐れることなく騎士たちを眺め回した。
(綺麗な人・・・)
 短めの金髪だが、少し長く残したサイドが、人形のように色白な頬にかかっている。
「どちら様でしょうか」
 平板な、感情のこもらない声音は、シャノアの背をすうっと寒くさせた。
「プロンテラ騎士団特別戦術部隊のハイマンと申す。サンダルフォン殿にお目にかかりたい」
 言葉遣いは丁寧だが、声音は明らかに恫喝の色を帯びており、シャノアは一発でこの部隊長を嫌いになった。
「当家の主は、ただいま来客中でございます。大事な商談ですので、突然のお客様をお通しすることは出来ません。お引取りください」
 プリーストの態度には、少しの揺らぎもない。シャノアの頭に、「鉄壁」という言葉が浮かんだ。
「この屋敷にバードがいるな?引き渡してもらおう」
「当屋敷には、現在そのようなお客様はお見えになっておりません。主との面談でしたら、そのように伝えますので、日を改めてお越しください」
 こっそりシリウスを盗み見ると、仕事中らしく真面目な表情を装っているが、すぐにシャノアの視線に気付いて、小さく微笑んできた。「言ったとおりだろ?」そう言いたげな表情に、シャノアも小さく頷く。
 しかし、どうしても屋敷に踏み込みたいのか、ハイマン隊長は槍に手を伸ばした。
「怪我をしたくなかったら退いてもらおう」
「・・・その槍で、僕を貫けますか?」
 その一瞬、プリーストが妖艶に微笑んだのを、シャノアは目撃した。まるで、誘っているかのような・・・。
「まずい。機嫌が悪いな」
 そう呟くと同時に、シリウスが騎鳥をハイマンに寄せていった。シャノアもつられて、その後を追う。
 それまで人やペコペコの影になって見えていなかったが、シャノアは黒衣のプリーストが武装しているのに驚いた。よく磨かれ、使い込まれたように見えるチェインや盾は、明らかに過剰精錬をした輝きをしている。そして、頭には羽付きの青いベレー帽が載っている・・・。
「おはよう、マルコさん。朝から騒がしくて悪いな」
「シリウスさん・・・」
 プリーストの凍えるような青い目が、ふと元の無表情に戻った。
「そんなに本気装備出して挑発しないでください。隊長も、お気持ちはわかりますが、プリさん相手に大きなお声を出さなくても・・・」
「卑しい冒険者上がりが、何様のつもりだ!」
 シリウスはやんわりと衝突を避けさせようとしたが、逆にハイマンの気には障ったようだ。
(この人、貴族か・・・)
 シャノアは、げんなりとうつむいた。
 シャノアの実家も下級貴族に分類されるそうだが、べつに冒険者の身分が低いとは思わない。いまどき家名がどれほどのものというのか。時代遅れもいいところだ。
「ふん、冒険者同士で庇いあいか」
「そうではありません。聖職者相手に、王国騎士がいきなり刃を向けるのはいかがかと・・・」
「貴様のような青二才が語れるとは、王国騎士の威厳も地に落ちたものだな」
 敵地に赴いていきなり仲間割れを始めた様相に、マルコと呼ばれた綺麗なプリーストが、同情の視線をシリウスに向けている。シャノアも、まったく同じ気分だ。
「あの忌々しい情報屋を引っ張れるのなら・・・」
 ぶんと振りあがった長い槍柄を避けて、シャノアはペコペコの首にすがった。さっと身構えたマルコの姿が見える。
「フルストリップ!!」
「!?」
 やかましい音を立てて、マルコの装備が石畳に落ちる。その隙に、ハイマンの手首が翻った。
「スピアブー・・・」
「だめぇっ!」
 とっさに体を投げ出し、ハイマンの鎧に組み付く。槍柄がごつっと額をかすった。
「おおっ!?」
 上半身はハイマンとその騎鳥にしがみついていたが、バランスを保てず、シャノアは自分のペコペコからずり落ち、さらに手が離れて尻餅をつく。
「いったぁ・・・」
 尻と額をさすりながら目を開けると、ペコペコのヘアバンドをした黒髪の女チェイサーと目が合った。彼女はマルコを庇うように構えていた盾を下ろし、ニヤリと笑った。
「グッジョブ、お嬢ちゃん。こんなヤニ臭そうなオヤジに抱きつくなんて、勇気あるわ」
 きりっと額を出したチェイサーは、獰猛な猫科の動物のような仕草で、マルコにしなだれかかった。
「そこのお嬢ちゃんは、よぉくわかってるわぁ。非武装の聖職者に対して、王国騎士が槍を投げつけるなんて、非常識よねぇ」
 うふん、と微笑んだチェイサーが、目鼻立ちのくっきりした美人だったのもあるが、マルコの戸惑ったような視線を受けて、シャノアは頬を染めながら立ち上がった。
「はいっ。それに、門扉越しに武器を投擲するのは、騎士としてあるまじき非礼な行為であると考えます。また同時に、プロンテラ市民生活条例に抵触する可能性が・・・」
 敬礼したままそこまで言って、ただならぬ殺気に冷や汗をかきながら、傍らを見上げる。ハイマンの槍の穂先が、しっかりとシャノアに向いている。
「あ・・・あの、えっとぉ・・・」
「なんだ、お前は。どこの所属だ」
「じ、自分は、首都警邏第二分隊に所属しています・・・」
「彼女は今朝の騒ぎで、間違って我々の部隊に引っ張り込まれてしまったんです。彼女の責任ではありません」
 すぐにシリウスがフォローしたが、ハイマンの額に浮いた青筋は消えない。
 その時、屋敷の正面玄関が、ゆったりと開いた。
「どうしたマルコ」
 マルコに容姿がよく似たハイプリーストが、緑色の髪をしたクリエイターの男と一緒に玄関から出てきた。
(うわぁ・・・この人オーラだ)
 清冽な青味を帯びた光をまとった、背の高いハイプリースト。おそらくこの人が、ハイマンが言っていたサンダルフォンという人なのだろう。
「お客様がお帰りだ。そこを片付けろ」
「はい」
 地面に散らばった装備を拾い上げ、マルコが道を空けた。
「あら、サカキさんもいたのね。お二方、おはようございまぁす」
 伸びやかな肢体をくねらせてチェイサーが手を振ると、サンダルフォンは呆れたように苦笑いを浮かべた。
「まったく、耳が早いな。ギルマスには余計なことを言うなよ。あいつが出てくると、収まるものが余計にややこしくなる」
「あぁん、ごめんなさい。もうマスターと真澄くんにチクッちゃった」
 サンダルフォンは、がっくりと額に手をあてた。
「よりによって、火に油を注いで、その上から水をぶっ掛けるような奴らに・・・」
「俺を呼んだか?ストームガストォッ!!」
 足元の魔方陣を、シャノアは空中に浮いたまま見た。次の衝撃は、自分を抱きかかえた人の着地によるものだった。
「きゃんっ」
「あはっ。ゴメンネ」
 いつの間に敷地内を飛び出したのか、シャノアを抱きかかえていたのは、女チェイサーだった。
 目の前で吹き荒れる氷の嵐の中で、屈強な騎士たちが凍りついていく。
「うそ・・・」
 直前に引っ張り出してもらわなかったら、シャノアも氷漬けになっていたに違いない。
 氷柱群の向こうに、魔法を発動させるたびに変なポーズをとる、ハイウィザードの男が見えた。
「ストームガストッ!!さらにッ!ストームガストォッ!!」
「真澄ぃ!!」
 チェイサーの叫び声と、真澄と呼ばれたハイウィザードに槍が突き出されるのが同時だった。