狂騒スイーツに愛を込めて−1−
プロンテラの中央大通りの一角で、朝から引き換えチケットを握り締めた男女が列を作り、通行人から何事かと奇異の視線が集まっている。・・・サカキの露店だ。
「まいど」 「ありがとぉ〜!あ、これアタシからね。ハロくんにもよろしく」 「・・・さんきゅ」 引き換えチケットをサカキに渡し、茶にゴールドのリボンがかけられた箱を買い取ったシャドーチェイサーのゆうづきから、サカキは二人分のチョコを受け取る。 サカキのキッチンではなく、製薬作業台で作られるチョコは、毎年完全予約生産だ。それも、サカキと懇意にしている者だけが購入できる、レアな一品だ。・・・つまり、普通じゃない物が混じっている。 そのため、他のチョコにまぎれつつも見分けが付くように、箱の裏には飾り文字の「S」を印刷したシールが貼り付けられていた。ジョークのわかる恋人やセックスフレンドと楽しむための、バレンタインスイーツ。 ゆうづきからのチョコだとわかるようメモを付け、サカキは二箱のチョコをカートにしまいこんだ。サカキのために有名菓子店の甘い生チョコを選ぶあたり、さすがゆうづきだ。ホワイトデーのお返しは弾まなくては。 「待たせた」 期待と少しの恥かしさに頬を染めた男のソウルリンカーに向き直り、サカキは引き換えチケットと代金を受け取った。 サカキ特製チョコの引き換えは前日からやっていたが、サカキへの義理チョコを一緒に渡すために、当日を選ぶ客も多い。しかし、それも昼過ぎまでだ。引き換えチケットにも、あらかじめ引き換え期間が厳密に記入されており、それを過ぎたらサカキは露店をたたむため、交換はほぼ不可能になる。 幸い、今年はすべて引き換えが終わり、予定より早く家に帰れそうだ。 「サカキさん!」 カートの中を整理していたサカキが帰りかけだと思ったのか、小走りで近付いてきたのは、知り合いのアークビショップだった。その手には、白い箱が乗っている。 「・・・クロム?ユーインと一緒じゃないのか」 人込みを苦労してすり抜けてきたアルビノの青年には、ハイウィザードの恋人がいる。バレンタインデーなのだから、いちゃついていても良さそうなのだが・・・。 「はぁ・・・よかった。これ、どうぞ」 渡されたのは両手に乗るサイズの紙箱。 「チョコレートケーキ作ったんです。いつもお世話になっているし・・・よかったら、ハロさんと食べてください」 「この重さはホールか。ありがとう」 にこにこと微笑むクロムに、サカキは用意しておいた小箱を渡した。茶色の包装紙にゴールドのリボン、裏には「S」のシール。 「これ・・・」 「俺特製のチョコレートだ。二人で仲良く食べろ」 「えっ・・・まさか、昨日から行列ができてたのって・・・」 「これを買うためだ。予約限定品だが・・・あんたたちに会ったら、渡そうと思っていた」 「ありがとうございます」 無邪気で素直な高位聖職者には少し悪いと思いつつも、ユーインならば上手く使うだろうというサカキの計算だ。 先月から今年のチョコを悩んでいたハロルドとの会話を盗み聞きしたサカキとしては、恥かしがり屋なクロムが、少しでも楽な気分でバレンタインを楽しめればと願う。薬のせいにすれば、多少大胆なこともできるだろう。 チョコレート一粒では、普段からサカキの薬に慣れている・・・というか、慣れさせられたというか・・・そんなクロムには、少し物足りないかもしれない程度の量だが、二人で食べればまた違うだろう。 足取り軽く去っていくクロムを見送り、サカキも腰を上げた。 早朝から、新鮮な素材にこだわって出かけていたハロルドも帰ってきて、アパートの自分の部屋でチョコレートを作っているはずだ。 イチゴ、バナナ、リンゴ、キウイ、オレンジピール、マシュマロ、スポンジケーキ・・・どれも一口大に切って、華やかに盛りつける。 「・・・ちょっと多かったかな?」 一人ないし二人分だけでよいのだが・・・まぁ、二人とも、あれば全部食べてしまう胃袋の持ち主だ。そもそも、小食な冒険者というのは、あまり聞かない。 バレンタインデーに、ハロルドは結局チョコレートフォンデュを用意した。綺麗な小箱に入れたチョコレートもいいが、たまにはパーティーのようにしてもいいだろう。 チョコレートを溶かし、温めたミルクと生クリームに混ぜれば完成だ。温度管理がめんどうなテンパリング作業がないので、意外と簡単だ。 「うぅ・・・どうしよう・・・」 問題はチョコレートソースの量だ。 (チョコ掛けサカキさんなんて、本当に食べたいけれど・・・そんなの言い出せないよ・・・) 言えば二つ返事でやってくれそうな恋人なのだが、自分が変態みたいで、ちょっと躊躇する。 うーんうーんと唸っていると、サカキからwisが届いた。溶かしたチョコレートやホイップクリームが余っていたら分けて欲しいとの事。 『いいですよ。生クリーム泡立てておきますね』 『頼む』 ここ数日、自分の部屋にこもってチョコレートを作っていたサカキだが、それらは売り物だ。いわゆる「えっちな気分になる」ものが混ざったチョコレートで、その準備をキッチンではなく製薬作業台の上で始めたサカキを見て、ハロルドは製作中の様子を見ないことに決めていた。 (食べられるもの・・・なんだろうけどなぁ・・・) 使い慣れた道具で作った方が失敗しないというサカキの言はもっともだが、巨大なビーカーで溶かされるチョコや、メスシリンダーで量られる生クリームやフルーツブランデーなどは、できれば見たくない。 とりあえず、どのくらいいるのかはわからないが、ハロルドはチョコレートを追加で溶かし、生クリームに砂糖を入れて泡立てた。 ハロルドは自分の部屋に帰ってきたサカキに、チョコレートソースと生クリームを届けに行こうとして、逆にカートを牽いたサカキの訪問を受けた。 「チョコと生クリームできていますよ」 「ああ、助かった。あとで貰う」 サカキのパンダカートには、チョコを売ったはずなのに、中身がチョコと思われる箱の山ができていた。当然、商売上の義理や友情なのだが、女の人はもとより男からも渡されるので、ハロルドはちょっと心が痛い。 「さすがサカキさん。毎年すごいですね」 「半分ぐらいはハロルド宛だ。なんで今日に限っていないんだと、女の子に半泣きされる俺の身にもなれ」 「ぅ・・・すみません」 ハロルドはサカキにだけもらえればいいので、まったく気にせずに露店を休んだのだ。 サカキはハロルドの部屋に入ると、カートを置いてテーブルに駆け寄った。ハロルドの部屋は甘いチョコレートの香りでいっぱいになっており、さっきから気になっていたのだろう。 「すごい・・・綺麗だな」 彩りよく盛られたフルーツやお菓子の中央で、フォンデュ鍋に艶やかなチョコレートが湛えられている。 「俺からサカキさんへの、バレンタインチョコです。どうぞ、食べてください」 「いいのか?ありがとう」 真っ先にサカキが手を出したのは、砂糖がまぶされたオレンジピールだ。市販品ではなくハロルドが作ったもので、まずそれに手をつけるサカキをハロルドは嬉しく思う。 それだけでも美味いオレンジピールに、チョコレートを絡め、サカキは幸せそうに咀嚼する。 「んまい」 サカキは見かけによらず、本当に甘い物が好きなのだ。恋人の好きなものを、好きなだけ提供できることは、ハロルドにとっても喜ばしいことだ。長いフォークにマシュマロやイチゴを突き刺しては、チョコに浸して嬉しそうに食べているサカキを見ているだけで、幸せに顔が緩む。 「んむ、そうだ。俺からのチョコを渡してなかった」 もぐもぐごっくんとチョコ掛けスポンジケーキを飲み込んで、サカキはカートからトレイを出してテーブルに乗せた。トレイの上には紙箱風の埃よけが乗っており、中が見えない。 開けてみろとサカキが促すので、ハロルドはそっと埃よけを持ち上げてみた。 「うわ・・・かっこいい」 白い皿の左手前に、品良くキューブチョコが積まれ、そこから色々な形をした粒チョコが、ネックレスの一連チェーンのように並んでいる。皿の右上には、ハート型に焼いたココア色のパンケーキにホワイトチョコでハロルドの名前が入り、添えられたアイスクリームには薄い飴細工が掛けられている。 「・・・ちょっと、やりすぎたかな」 「そんなことないです!」 ハート型など乙女チックなデザインはサカキには恥ずかしいだろうが、サカキの表に出る愛情表現だけでは物足りなくて、ラブラブさに飢えているハロルドにはどんとこいだ。 「嬉しいです!ありがとうございます!いっただきまーす!」 ハロルドがハート型の粒チョコをつまみかけて、その手元にフォークが突き刺さった。 「え・・・?」 キューブチョコのひとつが刺さったフォークを持ち上げ、ハロルドの目の前でサカキが薄く微笑んだ。 「あーん」 頬が熱くなるのを感じながら、ハロルドは鼻先に漂う甘い香りに口を開けた。 |