クリスマスキャロルの頃には−2−


 今年のクリスマスは、パーティーが終わるのもそこそこに、マルコがご馳走やケーキを持って、盲目の彼氏のもとへ出かけて行った。
 いままでマルコがこんなに入れ込む人間はなく、ずっと見守ってきたジョッシュも微笑ましく思う。マルコの成長を見て、自分も歳を取るはずだと思うのは、年寄り臭いだろうか。
 ジョッシュがパーティーの片付けをあらかた済ませ、サンダルフォンと共にプロンテラに戻り、自分のベッドに入ったのは、もう明け方近くだった。このまま起きていてもいいのだが、サンダルフォンの屋敷には、朝早くからプレゼントの包みを開けまくる子供もおらず、ミサにも出ない生臭聖職者がいるだけなので、毎年昼ぐらいまで寝ているのが常だ。
 しかし、今年は違った。
「・・・寝れねぇ」
 体は疲れているはずなのだが、妙に目が冴えて眠れない。
 ジョッシュは何度か寝返りを打った後、諦めて寒い室内に起き出した。いつもの習慣で姿を消してから、そっとキッチンへ行き、ミルクを温めてココアを入れた。
 眠りたいなら酒でもいいのだが、いまはあまり刺激のあるものを取りたくなかった。
(やっぱ気にしてんのかな・・・)
 マルコの独り立ちの気配、サカキに言われたこと・・・それが、なんとなくジョッシュの胃の辺りにわだかまっているような気がした。
(俺も考え時かねぇ・・・)
 サンダルフォンのことは好きだし、家政夫として屋敷を切り盛りするのも好きだ。一人の冒険者として動くのも好きだ。だから、いまの状態に満足している。
 そのどれかをわざわざ捨ててまで、何を得られるというのか。ジョッシュにはわからない。ただ、サンダルフォンに嫌われたくない。ずっとそばで見ていたい。それだけはたしかだ。
 温かい甘味に体の芯が緩み、ジョッシュは小さくあくびを漏らした。ようやく眠れそうだ。
(眠い頭で考えても、しょーがない)
 年末年始は、家政夫としてまた忙しいのだ。クリスマスぐらいゆっくり休もうと、ジョッシュは腰を上げて、自分の部屋に戻った。
「遅い」
「っ!?」
 夜中だというのに、がたがたんっと大きな音をたて、アサシンの上位職ともあろう者がと思う前に、近所迷惑がと考えるのは、家政夫の性か。
「な・・・なにやってんの?」
「ジョッシュが遅いから、サンタの服が消えた」
 ジョッシュのベッドに腰掛け、ぶぅといじけているのは、サンダルフォン以外の何者でもない。
「わるい・・・てか、なんでここに?」
「プレゼント・・・いらないのか?」
 サンダルフォンの手には、綺麗にラッピングされた、名前入りのプレゼントボックスがあり、ジョッシュは闇の中に姿を現した。
「いります」
「素直でよろしい。メリークリスマス」
 ぽんと手渡されたのは、プレボではなく真っ赤な袋。
「え・・・俺が着るの?」
「プレゼントはサンタがくれるものだ。せっかく着てきたのに、私のは消えちゃったんだぞ」
 サンタの衣装で侵入したのに空振りだったのが、よほど悔しかったらしい。これは機嫌を取らないとプレボをもらえないようだ。
「はいはい」
 そんな子供っぽい我侭も可愛いなと思いながら、ジョッシュは真っ赤な袋を開け、白いファーの縁取りのある、赤いサンタの衣装になった。
「はい、メリークリスマ・・・すっ!?」
 自分の名前が入ったプレゼントボックスが、ジョッシュの腕ごとサンダルフォンに引き取られた。サンダルフォンを、なかばベッドに押し倒すような格好になり、下敷きにしないかと一瞬ひやりとする。
「私からサンタさんに、プレゼントのリクエストがあるのだが」
「な、なんでしょうか?」
 もっと早くに言え、プレボ以外に準備していないと、心の中で焦るジョッシュを余所に、至近にあるサンダルフォンの綺麗な顔が、にっこりと微笑んだ。
「優秀なおしかけ家政夫が、ずぅっと、一生私の面倒を見てくれる約束」
「え・・・」
 それは喜ぶべきなのか、それ以上の望みはないと悲しむべきなのか、戸惑いのまま固まるジョッシュの薄い唇に、柔らかなサンダルフォンの唇が吸い付いた。
「私の恋人になる条件は、ただ一つ。私より先に死なないことだ。ちなみに私は、百二十まで生きて老衰死する予定だから覚悟したまえ」
「っ・・・相変わらず卑怯だな」
「臆病なジョッシュほど卑怯じゃないぞ」
 全部お見通しなのか、それともサカキあたりにせっつかれたのか、どちらにせよサンダルフォンに有利なこの状況は、ジョッシュを追い詰める以外にない。
「順当に行けば、アンタのほうが先にくたばるはずだけどな。あいにくと、そこまで保証は出来んよ」
「それは残念だ」
「俺だって、好きな人に先立たれたくないからな。アンタはほいほい無茶な戦場を乗り切ろうとするし・・・とにかく、からかっているなら、自分の部屋に帰ってくれ」
 ジョッシュはサンダルフォンの上から退こうとしたが、腕がつかまれたままで動けない。
「サン・・・」
「私はジョッシュをからかったりしない」
 心外というより、まるきり驚いたかのように、サンダルフォンが呆然と見つめてきていた。
「もしかして、ジョッシュは、私がジョッシュのことを、都合がいいだけの家政夫で、たいして重要ではないどうでもいい人間だと思っている、とでも思っているんじゃないだろうな?」
「いやいや、そこまで言われるのは、さすがに悲しいです、センセイ」
 好きで尽くしてきたとはいえ、いくらなんでもそんな風に思われていると思いながらは続けられない。
「そりゃあ、俺だってシタゴコロありありですけど。だけど、俺なんかアンタと釣り合うわけないでしょー?俺はサンダルフォンの、このきれーな顔見ながら、家政夫さんをしていれば、それで満足なんです。そんで、たまに抱いてもらったら、それはちょー幸せなんです」
 サンダルフォンは男にしておくのがもったいないような美人だが、そんな男に抱かれるのがジョッシュの好みなので、その辺ではなかなか希望にかなう相手がいない。自分もそこそこの容姿ならば選り好みもできようが、そもそもジョッシュは姿からして滅多に現さないので、赤の他人との出会いは少ない。
 サンダルフォンの白い頬をそっと撫でると、人を虜にする美貌が不貞腐れたように唇を尖らせ、目を据わらせた。
「歳を取れば、こんな顔も醜くなる」
「わかってねぇなぁ」
 ジョッシュは呆れて、苦笑いを零した。
「たしかに一目惚れだったよ。でも、それだけで、何年も性格の悪いアンタのそばにいられると思うか?いまでも、これからもそばにいたいなんて、思っているのに?」
 どんなに親しい人間でも、心の一番底で予防線を張って信用しないくせに、誰よりも寂しがり屋なのだと気付いたのは、いつの頃だったか。けっして試しているわけではないが、高額な報酬と引き換えに無茶な要求を押し付けては、自分につなぎとめようとする・・・まるで、愛を欲しがっても、甘え方を知らない子供のようだ。
「アンタに、俺の一生をプレゼントするよ。信じなくてもいい。でも、今までどおりそばにいるって約束するから、俺を試さなくてもいい」
「・・・私だけのジョッシュになると?」
 ここまできたら、建前も屁理屈も要らないではないか。願ってもない要求に、ジョッシュは今度こそ、クスクスと笑みを零した。
「いいよ。だけど、俺を欲求不満にさせるのはなしだぜ?」
「それが報酬なら、いくらでも支払おう」
「アンタ、本当に最高で最低だ」
 最初は本当に顔だけだった。それを、絶望のどん底から立ち直るまでをそばで見てきて、あのメグ=チェスターとパートナーを組めたいい性格もよく知った。
 それなのに、何でこんな男がいいのかと自問すれば、それはやはり、この美貌で自分の名前を呼んでもらえるからだろう。サンダルフォンの顔だけ見て中身を甘く見すぎ、身をわきまえずに言い寄ってきた人間が、コテンパンにされて退散する様子を見るのも、ジョッシュに優越感を与えてくれた。
「今年一年、『いい子』でがんばった私に、素敵なプレゼントをおくれ」
 ジョッシュを抱きしめるようにベッドに押し倒し、サンタの衣装を剥きながら浮かべられた微笑に、ジョッシュは何でこいつは聖職者やっているんだろうと、心底不思議に思った。