クリスマスキャロルの頃には−1−


 ヒュパッと風を切る音と共に、サンタの帽子を載せたポリンにヘッドが食い込み、ぼりんと砕けた。スティックキャンディーと包装紙と包装リボンが落ちる。
「ないっしょー」
 フルスイングしたままのサンダルフォンに、若干気の抜けたキャディの掛け声がした。
 ここはルティエの玩具工場。辺りには、色とりどりのポリンや、赤と緑のクッキーが走り回っている。
「ジョッシュ、やっぱり重い」
 アイアンドライバーを担いだまま、サンダルフォンは不満たっぷりにぶーたれた。
「文句いわなーい。それが一番スイングしやすいんだって」
 どこからともなく、明るく寂びた男の声がしたが、PTを組んでいるサンダルフォンには、そこに普段は家政夫をしているAXがいることを示すマーカーが見えている。
「マルコに鈍器借りるったって、フライパンや金槌振り回せんの?」
「だからって、これは重い!」
 支援ABに重量300は、たしかに重い。
「もぉ、杖より重いもの持ったことがないとか抜かす我侭さんなんだから・・・」
 ぽいっと出てきたのは、マイトスタッフ。きちんと過剰精錬されている。
 やたらと重いゴルフクラブを放り出すと、サンダルフォンは打撃用の杖をつま先で跳ね上げ、くるりと回転させて上手に手に収めた。
「無駄に器用ね」
「芸は身を助けるというぞ」
 サンダルフォンの口先が達者なのは、ジョッシュも認めるところだ。
 サンダルフォンは自己支援をかけなおして、クリスマスクッキーを殴り倒していく。イベントクエストとはいえ、主な攻撃手段が聖属性である非力な支援聖職者が、聖属性のモンスターを倒すのは、なかなか骨の折れる仕事だ。
「よし、50匹終わった」
「あとは町の外にいる奴を探した方が早いな」
「・・・・・・」
「露骨に『寒いの嫌だなぁ』って顔をしなさんな」
「嫌なものは嫌だ」
 子供みたいに唇を尖らせるサンダルフォンに、カフェオレ色の毛糸のマフラーが飛んできた。
「おお。あったかい」
「寒がりの癖に、ルティエに行くのに防寒対策しないって、どんだけなの・・・」
 ジョッシュは呆れるが、そもそも長居をするつもりのないサンダルフォンは、あっけらかんと言い放った。
「だってジョッシュがいるから、いいかなぁと」
「・・・俺は荷物持ちですか?」
「そんなに卑屈になるなよ。ジョッシュがいるから早く終わるだろうなって思ったんだ」
 どこまでこの天使のような笑顔を信用していいものか、それとも信用に値するものをこの男に期待していいのやら、ジョッシュは自分に頭を抱えたい気分だった。こんなサンダルフォンに好きで付き合っているのは、紛れもなく自分の責任であるのだからして。
「ほらほら、さっさと終わらせて帰ろう」
「はいはい」
 マフラーを首に巻いてマイトスタッフを振り回すサンダルフォンに、ジョッシュは苦笑う気配を漂わせながら、相変わらず姿を消したまま付き従った。

 毎年十二月のこの時期に、サンダルフォンは貧民街を渡り歩いて、食料や寒さをしのぐ施しをすると同時に、乳幼児や病人らを引き取っている。
 昔に比べたら国も豊かになり、貧民街も縮小してきたが、その代わりに凶悪な犯罪者などが潜り込んでいる場合が増え、危険が増した。サンダルフォンがその辺の小悪党に易々と倒されることは考えられないが、とにかく見栄えがいいので目を付けられやすい。
 今年も、パンダ帽子をかぶったサンダルフォンと、タヌキ帽子をかぶったサカキの護衛のため、ジョッシュは無言で二人の後について歩いた。
「今年は子供がいないみたいだな」
「先に大聖堂が何人か引き取って行ったそうだ。貴族のモラルも質がよくなったようで、けっこうなことだ」
 自身も貴族の落胤であり、幼少に辛酸を舐めたサンダルフォンが、しみじみとサカキに頷いて見せた。
「こちらはだいぶよくなったが、モロク周辺がいまだに酷い状態だそうだ。異世界探査で大量に人員を補充しなくてはならないアサシンギルドから、シーフギルドに積極的に孤児を集めるよう要請があったそうだ」
「世も末だな」
「ミッドガルド三国の協調だって、確固としているとは言いがたい。王城は綱渡りだろうよ」
 サンダルフォンとて、この国のすべてに手が届くわけではない。手が届く範囲で、精一杯のことをしているだけだ。
「どの子にも、贈り物があるといいのだが・・・」
 最後は自分の意思だとしても、子供にはできるだけ多くの選択肢を示してやりたい。たとえ生きることに苦労が多くても、祝福されていることを知り、今一時だけでも笑顔になって欲しい。
 そんな願いが、白い息を吐きながら歩く二人を動かしていることを、その後ろをついて行くジョッシュは知っている。ジョッシュは二人ほど波乱万丈な人生を送ってきていないが、そんな慈愛に満ちた願いを叶えようとする人生に、少しでも関われるのは嬉しいと思っている。
 例えば、明らかに酒臭い浮浪者が、サンダルフォンとサカキに近付こうとするのを蹴飛ばすとか、そんな些細なことでも。

 クリスマスイブの過ごし方は毎年同じで、ゲフェン内海を臨む福祉施設でのささやかなパーティーだ。情報屋はクリスマス休暇に入るが、二足草鞋のサンダルフォンは忙しい。
 今年はサカキにくっついて、転生を果たしたハロルドも手伝いに来てくれたので、はしゃぎまわる子供の相手を任せられて、ほかの人間の仕事が捗った。子供の扱いが上手いハロルドは、下の兄弟が多いそうな。
『ところで、ジョッシュのところはどうなんだ?まだ遊んでいるのか』
 いきなり繋がったwisに、雪かきをしていたジョッシュは、危うく屋根の上で滑りそうになった。
『なんなの、いきなり』
 最近、過去を清算できたらしく、すっきりした様子のサカキは、昔の遊び相手であるジョッシュにも遠慮がなくなったようだ。
『いまだにサンダルフォンが、身も固めずに独身貴族を謳歌しているのは、ジョッシュがいるからだぞ』
『んなわけないでしょ。まだメグさん忘れられない人が、他の人になびくと思う?』
『それはそれ、これはこれだ。ジョッシュが他の男とヤッていると、サンダルフォンだって縛り付けたくないって遠慮するだろう』
『えー・・・そんなこと気にするかなぁ?』
 むしろ、ジョッシュが発散するために外に出ているのだが。
『ジョッシュさんは、綺麗な顔を見ながら家政夫やっているのがいいんです。サンダルフォンの負担になるようなことはしたくありませんー』
『そんなこと言って、他の奴に取られるぞ』
『もう、なんなの、サカキくん!でっけぇお世話です!!』
『そうか、悪かったな』
 wisはふっつりと切れたが、ジョッシュのもやもやは消えなかった。
 好きで恋人未満をやっているわけではないが、こういう位置には好きで収まったのだ。だいたい、ジョッシュがサンダルフォンの屋敷(元々はメグの屋敷だったのだが)に住み込むようになった当時は、サンダルフォンの気持ちもさることながら、肉体的にもいわゆる不能状態で、誰かに取られるなどという心配はなかった。
「もっと努力するべきかなぁ・・・」
 思わず零れた呟きが、白い吐息になって消えた。
 ジョッシュはそれとなくアプローチを続けてきたつもりだが、サンダルフォンは自分のやりたいこと・・・つまり、情報屋の仕事や何やらをやっているほうが好きで、ジョッシュもそのサポートや、日々の家事を滞りなく片付けることに満足してもいた。
 これでサンダルフォンに、将来を共にするほどの恋人でも出来たらなら、それは・・・。
(自業自得だな)
 あんまり考えたくはないが、サカキが言った可能性もなくはない。だが、これ以上サンダルフォンに迫っても、彼の気持ちがジョッシュに向かない以上、意味のないことだ。
 最後の日まで、いまの生活を続けたとしても、サンダルフォンに遠ざけられるよりは、ジョッシュに後悔はないだろう。
「これが惚れた弱味って奴かなぁ」
 いつの間にかクローキングが解けて現れた、男らしい彫りの深い顔立ちの、どこかおっさん臭い雰囲気をかもし出す青年は、額を出すように撫で付けたダークブラウンの髪をがしがしとかき回し、再びスコップを握り締めた。