気高き獣 −4−
気が進まないながらも覚悟を決めたのか、イグナーツはイーヴァルのなすままに服を脱いだ。謁見場でも晒された肌は青白いが、細身ながらきちんと筋肉のついた、青年の若々しい肉体だ。
「いやなんていうか・・・・・・すごく嬉しそうなのは、見ててわかるんだけどな?たしかに、俺の体程度で喜んでもらえるのは、俺も嬉しいけどさ」 「ならば、何も問題ないではないか」 「・・・・・・うーん」 微妙な面持ちのイグナーツを後ろ向きにさせると、腰の上の薄赤く変色した焼き印の痕が見えた。直後は爛れて酷かったが、いまはもう端がひきつっているだけで、絵画の少年のものほど鮮やかではない。 この焼き印も、十五年間、イグナーツに悪い虫が付かないよう、よく働いたはずだ。イーヴァルは懐かしく思いながら、痕を手のひらで撫でた。 「成長期に押したはずだが、意外と消えないものだな。今までに何人がこれを見たやら・・・・・・」 「あぁ、何人かはそれ見たけど・・・・・・あんたに喧嘩を売るほど、度胸のある男はいなかったな」 「クククッ・・・・・・それは重畳」 イグナーツを襲えば、イーヴァルの怒りを買うことはもとより、ベリョーザ帝国ともフビ国とも事を荒立てたくないエクラ国王の逆鱗に触れる。一族丸ごと潰されたいかと警告すれば、まず大人しく退散していったことだろう。 「ッ・・・・・・」 イーヴァルが引き締まった尻を撫でると、緊張しているのか、イグナーツの背がふるりと震えた。 「十五年も使っていなければ、さぞキツイだろうな」 「・・・・・・嬉しそうに言うな。や、優しくしろよ!?」 「そうだな。乱暴にして緩くなっても困る」 天蓋の柱から伸びた鎖を見せるとイグナーツの顔色が変わったが、安全のためだと告げると、不審そうな顔をして誰の安全だと呟きながらも、両手をそれぞれ柱と繋げることに従った。 「長さは充分なはずだ。四つん這いになれ」 「・・・・・・こうか?」 イーヴァルの目の前で、長く夢見てきた獲物が皿の上に載った。脚を広げさせれば、肉の間から硬そうな窄まりとふっくらとした睾丸が恥ずかしげに覗く。イーヴァルは舌を伸ばした。 「ひゃっ・・・・・・ぁあ!?くすぐった・・・・・・やっ、やめろって、そんなとこ・・・・・・あぁッ!」 ぎゅっと力のこもった両脚が閉じないよう掴み、情けない悲鳴を出すイグナーツのふくらみを丹念に舌で転がすと、感じ慣れないせつなさにひくひくと動く窄まりに、唾液で濡らした指をそっと押し込んだ。 「んっ・・・・・・!」 「力を抜け」 「ぅ・・・・・・はっ、ぁ・・・・・・あ、あぁ!」 反射的にきゅっと締め付けてくるそこを、ゆるゆると指を動かして和らげようとしたが、綺麗に洗浄されている割には思いのほか固かった。 「長く楽しめそうだ」 「っ、おい・・・・・・」 「惜しむらくは、お前に免疫ができていることだなぁ・・・・・・」 「好きでできたわけじゃねぇっ!!」 拘束されて男に犯されるなどという屈辱的なことを、もう少し嫌がってくれてもいいのだが、イグナーツは十分経験済みなのでいまさら騒がない。それはそれで面倒がなくていいとは思うが、新鮮味と独占欲という観点から不満がある。 イーヴァルはこの日のために吟味した道具を揃え、ベッドに戻った。香油はいくつも最上級のものがあったが、この場に相応しいものは、残念ながらイグナーツは苦手だったはずだ。 「麝香は臭いから嫌いで、好きなのはベルガモットだったな」 「よく覚えてるな・・・・・・」 イグナーツが拙いベリョーザ語で書いてよこした手紙の内容など、全て諳んじられるほどに覚えていた。イーヴァルにとっては、各国の系譜を覚えるよりも簡単で、国際情勢の分析よりも興味深いことだった。 「十年も経てば、香りの好みも変わると思うが・・・・・・」 「俺が気に入るように調香師に命令すればいいだろ」 「それもそうだ」 「んっ・・・・・・」 直接粘膜に触れた香油が冷たかったか、イグナーツの肩がびくりと跳ねた。するりとイーヴァルの指を受け入れたそこはまだ固いが、聞き分けはよくなっていた。 立ち上る爽やかな柑橘の香りは頭の芯を刺激して理性を明晰に保とうとさせたが、少し混ぜた花々の香りが後から緩やかにやってきて、緊張した神経を宥めていく。 「はっ・・・・・・ぁ、んっ・・・・・・は、イー、ヴァ・・・・・・ぁ!」 香油を継ぎ足し、イグナーツのアナルはくちゅくちゅと音を立ててイーヴァルの指に吸い付くようになったが、まだ指先二本が精一杯だ。 「ふむ、なかなか時間がかかりそうだ」 「ひ、ぁっ・・・・・・!あっ、ひろ、げるな・・・・・・っ!」 「退屈だ。これでも咥えていろ」 「なっ、なに・・・・・・ぁ、ぁあああッ!」 イーヴァル自分の指の代わりに差し込んだのは、水牛の角で作った小さなプラグだ。指二本分ほどの細長さだが、これでしばらく慣らすことにした。 「はぁ、んっ・・・・・・かてぇ・・・・・・し、はぁっ・・・・・・ちょっと、くるし・・・・・・」 「この程度で音を上げていたら、俺のモノなど、とても入らんぞ」 イーヴァルは指先を拭って、愛用の鞭を手にした。罪人をなぐり殺すことも可能な革を縒り合せた凶器だが、もちろんイグナーツを傷付けようとは思っていない。 「そら、がんばって広げろ。その間、こっちで俺を楽しませろ」 「むちゃ、いう、な・・・・・・っ!」 けっこう必死そうなイグナーツを見おろし、イーヴァルは唇を歪ませた。イーヴァルはベッドに腰掛けたまま、軽く手首を振って、鞭の先を白い尻にぺしりと当てた。 「ひゃんッ!」 「ほら、子供が親に叩かれるより痛くないだろう?」 「そういう問題じゃ・・・・・・いッてぇ!」 鎖を鳴らして体を跳ねさせるイグナーツを、イーヴァルは鞭をもてあそびながら眺めた。先ほどよりも少しだけ強く当てると、うっすらと赤い痕が付いた。 「昔のように、お前を傷付けようとは思わん。だから安心しろ」 「ええぇ、これはその一環じゃないのか?」 「少し違うな」 「いってぇッ!!」 イーヴァルは強く打ちすぎないよう全力で自制していたが、白い尻や太腿の裏に薄赤い線が引かれていくたびに上がるイグナーツの悲鳴に、笑みがこぼれて仕方がなかった。 「締め上げるのも、殴りつけるのも、斬り裂くのも、刺し貫くのも、焼き焦がすのも・・・・・・たぶん、飽きた」 そういうものは、絵の中の少年を想いながら、さんざんやり尽くしてしまった。婦人の香水よりも血の匂いの方が、相変わらず滾ったが、恐怖や諦念の顔で出される悲鳴や呻きには、あまり興味が無くなっていった。 「いてぇッ!・・・・・・これは、違うのかよ?」 「違うな」 「いってぇッ!」 ぱちんぺしんと、本当に軽い殴打ではあるが、きゃんきゃんと痛がるイグナーツを眺めて反応する自身に、イーヴァルは酷く納得していた。 「お前の痛がる声でないと、意味がないのだ」 「は、あ・・・・・・ぁ?ぁいてっ!!」 声変りをして、記憶にある声よりもずいぶん低くなったが、強者に身を任せながらも、決して折れない誇り高い精神から発せられる眼差しと声音は、十五年経っても変わっていなかった。 「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」 「そろそろいいか」 「ってぇ・・・・・・。ひりひりするし、なんかすげぇ腫れてんじゃねえ?」 「そうでもない。皮膚は破けていないし、少し赤くなっただけだ」 「ニヤニヤしながら言うな!ケツを撫でるな!」 イグナーツは鎖を鳴らしてイーヴァルを振り向くが、イーヴァルは構わずニヤニヤし続けた。 「尻の穴をどろどろにしながら言うセリフか」 「うっせ・・・・・・ぁ、んあああッヒッ!」 ちゅぽんと音を立てて水牛の角を離した穴が、ゆるゆると閉じきる前に、イーヴァルはもう少し大きな翡翠のディルドを差し込んだ。 「アッ、ぁああぅっ!ぐ、くる、しい・・・・・・っ!」 「もう少し奥まで咥えておけ」 香油を足して少し出し入れすると、シーツの上で鎖がジャラジャラと鳴った。翡翠は少し重いが、表面に加工を施してあり、それがよくひっかかるのだろう。 「ぁひッ!ぃや、ああァッ!!やめ・・・・・・っ、う、うごかすな、ァ!」 「だいぶ柔らかくなったな。お前は見えないだろうが、お前のここはよく食んで、いい音を出しているぞ」 「へ、んなこと、いうなっ!」 文句を言う割にはちゅぷちゅぷと一生懸命に翡翠の棒切れに吸い付いて、思わず乱暴にしたいほどの誘惑を放っているのだが、本人は顔を赤くしてシーツを握りしめている。 「はっ・・・・・・ぁ、あっ、っくぅ・・・・・・ッ!」 「・・・・・・・・・・・・」 玩具を咥えて喘いでいるイグナーツを眺めるのもいいが、イーヴァルはそろそろ本番に臨みたくなってきた。 「イグナーツ、そのまま仰向けになれ」 「う・・・・・・、くるしぃ・・・・・・っ」 「仰向けになったら抜いてやる」 「うーっ!」 両手を繋がれたまま、イグナーツはそろそろとベッドに横になり、腹の中の物に苦労しながら仰向けに転がった。 「はぁっ・・・・・・っ」 イグナーツが恥ずかしげに顔をそむける理由は、ちゃんと反応しているところが丸見えだからだろう。 「ちょ、なにすんだ!?」 「もう少し脚を開いていろ」 イーヴァルがベルトとロープを持ち出したことにイグナーツは暴れようとするが、すでに力の入りにくい脚腰ではどうにもならない。てきぱきと脚を広げた状態で膝を固定するという恥ずかしい恰好にさせると、イーヴァルは細く縒った布を嫌がるイグナーツに噛ませた。 「『安全』のためだ。舌を噛むなよ」 「うぅー」 ますます不安そうな顔になるイグナーツの頭をひとつ撫で、イーヴァルは深く息を吸い込んだ。 寝室の壁には、まだ沐浴中の少年裸像の絵がかかっている。 ああいうのをやってみたい、こういうのもしてみたい、そんな夢想を十五年間続けてきた。そしていま、イーヴァルの自由にできるところに、イグナーツはいた。 「ずいぶんたくさん考えたはずだったが・・・・・・いざとなると、ほとんどが頭から抜けてしまっているな。情けないことだ」 それでもイーヴァルは、鞭やその他の玩具を退けて、より一層慎重に、イグナーツに新たな印をつける道具を運び込んだ。 |