家族の肖像−3−
−時は現在に戻る。
サンダルフォンは、自宅の応接室に、珍しい客を迎えていた。 いや、会った事なら何度もある。だが、一人でサンダルフォンを訪ねてきたことは無かった。 「サカキの親族?」 「はい」 ハロルドは居心地悪そうに、ソファに座り直した。 「サンダルフォンさんなら、サカキさんと付き合い長いし・・・なにか、ご存知かと」 「いや・・・私も、サカキの血縁だけは聞き出せていない。それで・・・そんなに似ていたのか」 「顔は見えなかったんです。アラーム仮面していましたから。でも・・・本当にびっくりするぐらい、似ていました。どうして、サカキさんじゃないサカキさんがいるんだろうって」 現在、サカキに一番近しい人間と言えば、ハロルドをおいて他にいない。サカキに関しては犬並みの嗅覚を持ち、その尽くす態度、愛される姿すら、恋人でありながら、忠犬そのモノなハロルドなのだから。 「サカキそっくりの気配をした、緑の髪の、ホワイトスミス・・・」 「たぶん、製造でなくて、戦闘型です。それで、その話をサカキさんにしてから、様子がおかしくて・・・」 「ふむ、具体的には?」 「プロンテラの中を、一人で歩き回ることが多いみたいです。露店していても上の空って感じで・・・通行人を見ています。多分・・・」 「そのホワイトスミスを探している、と」 「・・・はい」 慎重に、だがどうしても振りほどけない疑念に、ハロルドは頷いた。 職が違うのだから、ドッペルゲンガーでもあるまい。 しかし、転生前ならいざ知らず、いまは製薬を手がけているサカキと、戦闘型のホワイトスミスとでは、明らかに体格が違うだろう。それでも、ハロルドは「サカキに似ている」、と直感したのだ。 「サカキさんに聞いても、なんも言ってくれないし・・・ていうことは、またなんか、危ないことに足突っ込んでるのかなぁ・・・と・・・。お、俺の思い過ごしですかね?」 おどおどと見上げてくるハロルドに、サンダルフォンは熟考の結果を、自信を持って告げた。 「・・・思い過ごしだと断言できる材料が、サカキに限っては無い」 ハロルドはがくっとうつむいた。 「やっぱそうですよねぇ・・・俺、心配ですよ。きっと、俺じゃまだ、頼りないんですよ。サンダルフォンさん、それとなく、サカキさんに聞いてくれませんか?」 「ハロルド以上に、サカキに信用されている人間などいるものか。私でも無理だな」 「そんなぁ〜」 「まったく、サカキも恋人を心配させるぐらいなら、さっさとしゃべってしまえば良いものを・・・」 全身から「がっかり」と「どうしよう」と「心配」を発散させているハロルドに、サンダルフォンも額に手を当てた。 「そういえば・・・サカキの故郷は、アマツだったか?」 「いえ、アルベルタだって、言っていました」 「ふむ、では、両親のどちらかがアマツ人か」 「なんでですか?」 「名前がアマツ風だからな。ただ、発音は大陸に近い。それに・・・たしか、あいつアマツの武術を習っていなかったかな?」 「ええっ!?初耳です!」 「まだ未転生の時だったが・・・そんな話を聞いた覚えがある。誰に聞いたんだったかな・・・」 サンダルフォンはうーんと首を傾げるが、すぐに出てこない。 「まぁいい。友人の過去を詮索するのはあまり好まんが、現在に物騒な影があるのなら、予防策をとるべきだ。WSに関しては、調査しておこう」 「ありがとうございます!」 ぺこっと頭を下げて、前金を出そうとするハロルドを、サンダルフォンは止めた。 「でも・・・」 「私は自分の興味から、そのWSの素性を調べるだけだ。サカキの過去を探るわけじゃない。私はサカキの情報は売らないし、私以上にサカキを知っているハロルドが、私からサカキの情報を買うなど、ありえない。・・・そうだろう?」 「はい・・・すみません」 無礼にも考えの至らなかった羞恥に頬を染め、ハロルドはもう一度、深くサンダルフォンに頭を下げた。 「気にしなくていい。この業種は扱う物がデリケートだが、扱っている人間は図太くないとやっていけないのでね」 サンダルフォンはくすくすと笑いながら、若いブラックスミスを労わった。 「サカキは甘えているのだ。ハロルドに惚れすぎているせいで、本来必要な手順をすっ飛ばしている。まぁ・・・大目に見てやってくれ」 今度は照れくささに赤面してしまったハロルドを、サンダルフォンは「弄り甲斐がある」と思いつつも、玄関から見送った。ハロルドに悪戯なんかした日には、物騒な瓶の雨が降るに違いないのだ。 サンダルフォンに話を聞いてもらって、少し気分が軽くなったハロルドは、自分達のアパートに戻ってから、さっそくサカキの部屋へ上がりこんだ。 「サカキさん、サカキさん!サカキさんて、アマツの武術を習ったことあるんですか!?」 「・・・誰に聞いた?あぁ、サンダルフォン・・・に、話したことはないはずだが」 少し不機嫌そうな表情が、かすかな驚きと、いっそうの不機嫌さに塗りつぶされた。 「サンダルフォンさんも又聞きらしいですよって・・・なんで、俺があの人のところに行ったって・・・」 なにやら地雷原に踏み込んだらしいと気付いたハロルドは、冷や汗が滲み出るのを感じながら、だんだん声が小さくなった。 PTを組んでいれば、それはだいたいの居場所ぐらいわかるが・・・なにも、サンダルフォンの屋敷に行ったぐらいで、そんなに怒ることはない。 「ふん、変な悪戯されていないだろうな」 「されていませんよ!お金だって要求されなかったし」 言った後で、見事に地雷を踏み抜いたのを、ハロルドは悟った。 (口が滑ったぁああああああ!!) しかし、時すでに遅く、サカキの眼差しは剣呑を越えて、もはや殺気立っているとしか言いようがない。 「ほう。 「いや、あの・・・俺は・・・」 「奴に、何を聞きに行った?」 どすの利いた声音に、ハロルドはごまかせないと両手を上げた。 「あのWSのことで、相談しに行ったんですよ。サカキさん、何にも言ってくれないし、様子が・・・」 「ふん、妬いたか。そんなに、あいつが気になるか」 サカキの目から怒気は引きはじめていたが、代わりに呆れたような冷笑が浮かんでいた。 「ちがっ・・・!気にしているのはサカキさんの・・・・・・もういいです!」 あのWSを見つけられなくて、サカキが少しいらついているのもわかっていたし、サンダルフォンから大目に見てやれとは言われたが、ハロルドだって悲しいものは悲しい。 ハロルドはそのままサカキの部屋を飛び出して、自分の部屋に閉じこもってしまった。 「うぅ〜〜〜っ」 ベッドの上でじたばたともがくが、サカキに誤解されて悲しいのと、この程度のことで涙が出てくる自分の不甲斐なさに、ますます冷静からかけ離れていく。 サカキは、家族という話題に、かなり神経質なところがある。それはハロルドも知っていた。 ハロルドには頻繁に家族と連絡を取るよう勧めているのに、サカキは自分の家族については一言も話さない。きっと肉親がいないせいなのだとハロルドは察し、なるべく触れないようにはしていた。 (でもなんで・・・あんなに気にするんだろう?) ハロルドは最初、「そっくりさんがいた」程度の気持ちでサカキに話したのに、サカキの執着ぶりは異常だ。 「やっぱり気になるぅ〜!」 しかし、これ以上勘繰っては、サカキに煩がられるだろう。ここは大人しく、サンダルフォンの調査を待つしかない。 (サカキさんに嫌われちゃうのかなぁ・・・) そう思うと、ハロルドはしょぼーんと、大人しくなった。耳や尻尾があったら垂れているだろう。 『・・・ハロルド』 「はい!」 それでも、サカキからのwisには飛び起きる。 『・・・悪かった。そっちに行っていいか?』 『はい、どうぞ・・・』 ハロルドはごしごしと目を擦って、玄関度ドアを開けるべく、立ち上がった。 |