家族の肖像−1−


 息せき切って帰ってきたハロルドが、興奮したまま告げた内容に、サカキはハロルドを見つめたまま、すべての動きが止まった。
「でね・・・って、サカキさん?」
「・・・ハロ、そいつ、どこで見た?」
「え〜、プロンテラですよ。でも、すぐに友達っぽい人たちとポタで消えちゃいました」
「名前は?」
「さあ。・・・あのぅ、親戚ですか?」
「・・・・・・」
 だが、それきりサカキは押し黙り、ハロルドを戸惑わせた。





−五年前、プロンテラ。

 深夜。
 盛り場にはまだ明かりが灯っている時間だが、すでに一人を相手にしたサカキは、人通りの少ない路地を歩いていた。
 戦闘で情け容赦なくぶん回すドームカートは、ガラガラと、少し硬い音を立てる。
「あの・・・っ」
 ガラガラガ・・・
 その小さな声に足を止めたのは、アルケミストの制服であるケープをつかまれたからであって、サカキが自分で足を止めたわけではない。
「・・・・・・」
 見下ろすと、茶色い髪のマジシャンがいた。まだ十代前半と思しき少年だ。明かりが乏しく、表情はあまり読み取れないが、「可愛い」部類に入る顔立ちだと、サカキは判断した。
 何度も言うが、いまは深夜であって、サカキがいる路地はいかがわしい界隈に程近く、子供がうろつくような時間でも場所でもない。
「あの、僕を・・・」
「ガキに興味はない」
 少しハスキーな低い声がやや疲れているのは、いつもの無愛想さからではなく、さっきまでの相手が自分より体格も体力もある騎士だったからだ。
 少しの金・・・無駄遣いしなければ、二、三日は宿のベッドで一人で・・・寝られる額を、ケープの代わりに小さな手に握らせ、サカキは再び歩き出した。
「あ、待って・・・!」
 追いかけてきたマジ少年の後ろに気配を感じ、サカキは小さくため息をついた。
 相手をしてやる義理はこれっぽっちもない。だが、偶然そばの建物から漏れた明かりに照らされた少年の顔が、妖艶に客を取ると言うよりは、おびえて助けを求めているように見えた。
「まったく・・・」
 サカキは素早く少年を抱きかかえ、その華奢な体を壁に押し付けながら、唇を重ねた。驚いて半開きになったそこから舌を入れ、こわばって息もできない小さな歯並びを軽くなぞった。
「はっ・・・んむぅっ・・・!」
 さっきの小銭分ぐらいは礼を貰わないと、やってられない。
 カートを回りこまれる前に、自分から道を塞ぐように立って、マジ少年に手が届かないようにカートを牽く。
「!?」
「ヘタクソな美人局つつもたせだな」
 男ローグが二人。先手を取らなければ、素早い彼らに翻弄されてしまう。
 予想通り、短剣をかざしかけたローグの、まず一人の懐に入り込み、サカキはそのまま襟元を掴んだ。
「えっ!?・・・ぐはっ!」
 一瞬で天地がひっくり返り、したたかに背と後頭部を打ったローグに馬乗りになって、腰のサーベルを抜き放った。その切っ先は、スティレットと思われる短剣の刃をかすめて、もう一人のローグの眼前に。
「選択を与えてやる。このまま去るか、それとも、塩酸でこいつの顔を焼くか、メマーでお前が昇天するか、イクラ爆弾で二人とも吹っ飛ぶか」
「ひいっ・・・」
 サカキの下で目を回していた男が、目の前に傾けられたアシッドボトルがあるのに気付いて、情けない声を上げた。
「ああ、もうひとつあった。・・・俺に抱かれるか、どうだ?」
 明らかに動揺して、剣先の男の方があとじさった。
「や、ぁ・・・、俺は通りすがっただけだしさ、な」
「ならば、刃物はしまって歩くべきだな。おかしな誤解をされるぞ」
「あ、ああ。そうだな、じゃ」
「ちょ・・・っ」
 踵を返した仲間を追って、サカキの脚の下にいた男が消えた。・・・追うほどのこともない。
 しかし、立ち上がったサカキは、ロッドを握り締める少年と向き合った。
「サイト!」
「サプラ・・・げっ!」
 サカキの真後ろで炙り出された男は、今度こそ、一目散に逃げていった。
「・・・さんきゅ」
「いえ・・・あの、ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げたマジ少年を放っておくこともできず、サカキは適当な宿に連れ込んだ。
 二つあるベッドの片方を少年に示し、サカキはケープを脱いで、もう片方のベッドにダイブした。そもそも、いくら男でも16歳以下はサカキの好みではないし、なにより今夜はすでに一戦交えているのだ。普通に眠い。
「今夜だけだ。明日になったら帰れ、家出少年」
「家出じゃ・・・いえ、そうですね。勘当された家に戻れるか、わかりませんけど」
 隣のベッドの上に座ったままうつむいたマジ少年に、サカキは珍しく目を丸くした。
「勘当?その歳でか?なにやらかした?」
 くしゃっと顔をゆがませ、今にも泣きそうな声で、マジ少年は話した。
「マジシャンになったことです。本当は、アコライトになって、将来はモンクになれと・・・」
「ふぅん。厳しい親御さんなんだな」
「・・・はい」
 しかし、サカキが抱きしめた時も華奢だと思ったが、この見るからにひ弱そうなマジ少年がモンクになる姿など、ちょっと想像できない。
「一人で生きていく覚悟だったんですけど・・・あんなことになって」
「おおかた、因縁付けられてカツアゲされたんだろう?金がないならカラダで稼げってか」
「・・・はい」
 情けなくしょぼんとうつむいた少年の姿に、サカキは額に手を当てた。そんな単純な脅しなど、騎士団の詰め所なり、大聖堂なり、魔術師ギルドなりに駆け込めば、何とかなろうものを・・・。
「でも、あの・・・最初に迷惑をかけたのは僕だし、やっぱり、ちゃんと弁償しないと・・・」
「何を壊したか汚したかは知らんが、向こうはそんな小細工、いくらでもできるんだぜ?だまされたんだよ」
 サカキは少年の馬鹿正直さを一蹴してやったが、こんなに純粋な子供が、勘当覚悟で親の望みとは違う道を選んだというのが、少し気にかかる。
「なんでアコではなく、マジになった?」
 すると、少年はぱっと明るい顔を上げた。
「僕、竜種の研究がしたいんです!ジュノーに行って、セージになるんです!」
「そうか」
 夢多きは良き事か。自分でやりたいことを見つけているのなら、その道を進むのがいい。
 サカキは、明日になったら、少し前に知り合ったプリーストに連絡をしてみようと考えた。元々ギルマスなんかやっていた男だし、面倒見のいい人間やギルドも知っているだろう。
 家族と仲直りするのは、もう少し時間を置いてからでも良かろう。広い世間を見て、親のありがたみがわかった後からでも、遅くはない。
「あのぅ・・・」
「なんだ」
「アルケミストって、強いんですね」
「いや・・・」
 さすがに、サカキは眉間に縦しわを深く刻み、首を横に振った。
 さっきのは、相手が油断していたから上手くいったのであって、基本的に研究職であるアルケミストがローグに勝てるかと言えば、「ほぼ無理」だろう。
「だって、最初素手でしたよね?こう、ダーンって投げ飛ばしちゃって」
 両腕をばたばたと動かすマジ少年に、サカキは少し躊躇った後、ひとつため息をついた。
「アマツの体術だ。・・・もう寝ろ」
 灯りを消すと、サカキはすぐに眠りについた。そして、懐かしい夢を見た。
 真っ白な壁の家。いつも聞こえる潮騒。色白でほっそりとした、自分と同じ緑色の髪をした母。呼ばれて振り向けば、航海で日に焼けた逞しい父と・・・駆けて来るのは、自分と同じ顔をした・・・。