可愛い年上−2−
ユーインはギルドの溜まり場である酒場のドアを開け、ギルドメンバーではないが見覚えのある後姿を見つけた。
「あれ、ハロさんだ。一人?」 「あ、ユーインさん。こんにちは」 カウンターでザベージ肉をメインにしたランチをほおばっていたブラックスミスが、にっこりと微笑む。ユーインは、その隣のスツールに腰掛けた。暑い外から帰ってきたユーインに、何も言わなくてもレモンの輪切りが乗ったソーダ水が出される。 「いっつもサカキさんと一緒なのに、珍し〜。」 「遠征に行っていた友達の買取とか、約束があって。ユーインさんだって、今日はクロムさんと一緒じゃないの?」 「あっははー・・・俺が寝坊した」 蒸し暑かった昨夜、調子に乗って飲みすぎたとは言えない。良く冷えたレモンソーダが、刺激的に喉を下っていく。 「あ、そうだ」『結婚おめでとうございます』 周りをはばかってか、後半は丁寧にwisにされた内容に、ユーインはクスクスと笑う。その薬指には、クロムの名が刻まれた指輪がある。 「暑中見舞い見たのか」 「見ましたよ〜。あの後、サカキさんと一緒に俺の実家に行く予定になってて、サカキさん余計に緊張しているっていうか、挙動不審っていうか・・・」 「あははは!それ見たかったな!!」 「警戒しまくっている借りてきた猫みたいだったなぁ・・・」 およそ客商売に向かなさそうな、気難しい態度のクリエイターがどんな顔をしたのか。その話を聞いただけで、ユーインは結婚報告を出してよかったと、至極満足した。 「はぁあぁ・・・俺もサカキさんと結婚式やってみたいな〜」 「やればいいだろ?」 「無理ですよ。サカキさん、めちゃくちゃ勘がいいっていうか、俺のやっていることなんて、全部お見通しだもん。真似するなよって釘刺されたし・・・」 たしかに、素直なハロルドでは顔に出やすかろう。 「・・・そういえば、サカキさんて、いくつなんだ?」 転生していると実年齢がややごまかされがちだが、サカキの近寄りがたくも大人びた雰囲気は、余計に年齢不詳に思わせる。 「え、うー・・・」 少し戸惑った後、ハロルドはユーインの耳元に口を寄せた。 ぽしょぽしょと囁かれた年齢に、ユーインの前髪に隠れていない左目が大きく見開かれた。 「さんじゅ・・・っ」 「しーっ!しーっ!」 見た目のわりに落ち着いているとは思っていたが、三十路を越えていたのには驚いた。 「じゃあ、年の差十歳超えているのか」 「うん。俺は気にしないけど。ただ、俺よりも俺の親父のほうが好みだってわかって、ちょっとショックだった・・・」 「それはまた・・・困ったな・・・」 たしかに、ハロルドと十以上違うのなら、ハロルドの父親ともそのぐらいの歳の差だろう。 ある意味、父親を超えなければならないハロルドの境遇に、ユーインはちょっと気の毒になった。 「ふーん。外でもするから、もっと若いのかと思った」 ハロルドがガチャガタンと音を立てて、口を押さえたままスツールの上で悶えている。パンを齧りかけて自分の舌か唇を噛んだようだ。 「大丈夫?」 「ぅ、う。っつ・・・そ、そと・・・!?」 「フェイヨンの花火大会」 湯気が出そうなほど、ハロルドの顔が赤くなっている。 「み・・・見てた・・・?」 「そりゃ、あんなところでシてたらなぁ・・・」 ニヤニヤと笑ってみせると、ハロルドはあわあわとうろたえる。あのサカキを押し倒すわりには、意外と普通っぽい青年だ。 「クロムがポタ出さなかったら、俺もあそこでやろうと思った」 「えぇっ!?」 せっかくの花火もろくに見ないで帰ったが、ハロルドとサカキの情事に当てられたクロムは、ベッドの上でも実に可愛かった。思い出して、ユーインの顔がにやける。 ハロルドは恥ずかしさに涙目になりながら、ため息をついた。 「はぁ。あそこなら大丈夫だと思ったのに・・・」 「あそこは穴場だけど、知っている奴は知っているから」 「やっぱり雑誌の撮影に使うようなところじゃダメかぁ」 「雑誌?」 「メンズROD」 ああ、と言いかけて、今度はユーインの手からカウンターテーブルにグラスが滑り落ちた。割れはしなかったが、硬い音を立ててマスターに睨まれる。 「・・・・・・」 『写真載ったの、クロムさん知らないんでしょ?』 『言うなよ』 にっこぉと、明らかに普段とは別種の営業スマイルを貼り付けて、ハロルドは無言で頷いた。 ユーインが内緒でグラビア雑誌に写真を載せたのを、クロムはまだ知らないはずだ。クロムが読むような雑誌じゃないからばれないと思っていたが、とんだ伏兵がいた。 「あれの読者だったか・・・」 「買っているのはサカキさんだけどね」 「・・・・・・」 ハロルドよりも遠慮なくクロムにばらしそうな人物が浮上して、ユーインは額に手を当てた。なにか対策を立てたほうがいいだろうか、しかしそれも無駄な足掻きかと、悩ましい呻き声が漏れる。 その時、酒場のドアが開く音がして、ハロルドが振り向いた。 「あ、サカキさ・・・クロムさん、大丈夫ですか!?」 驚いてユーインも酒場の入り口を見れば、サカキと一緒に白い法衣を埃で汚したクロムがいた。 「クロム!」 「大丈夫だ。たいしたことない」 ユーインが煤で汚れた頬を撫でると、眼鏡の奥の赤い瞳が、恥ずかしげに揺れた。 「どうしたんです?」 「ゲフェンでテロにあった」 ハロルドとサカキの短い会話に、ユーインはすっと血の気が引くのを自覚した。胸の奥が、急に冷たく強張っていくような感じがする。 「まだアカデミー生のマジを助けに、突っ込んで行ってな」 サカキの半眼がじろりとクロムを見たが、べつに他意はない。彼の眼差しは、いつもそうなのだ。 「クロム・・・!」 「いや、だって・・・」 「無事で、よかった」 クロムが弁解しようと腕を上げかけたが、ユーインがぎゅうと抱きしめると、大人しくなった。 ユーインは自分がテロにあったかのように、自分の心臓が激しく鼓動を打っているのを感じた。ゲフェンでのテロは、嫌なことを思い出させる。 サカキは無傷のようだが、ハロルドは子犬のように心配そうな顔をしている。 「サカキさん、怪我は?」 「俺は大丈夫だ。クロム、悪かったな。荷物燃やしちまって」 「いや、大丈夫。気にしないで・・・」 ユーインはクロムを見るが、特に装備を失ったりしたようには見えない。 「荷物?」 「アシデモ撃った時に、クロムが持っていた本が巻き添え食った。弁償するといっているんだが・・・」 「いいんだ。あの時はもう、攻撃避けようとして破かれていたし・・・もう読んだから」 慌てて言うクロムの仕草で、その話題を切り上げたがっているようにユーインには読み取れた。 「なんでゲフェンに?」 「青石を買いに行っていたんだよ」 当たり前のことを聞くなとクロムは呆れた顔をしたが、ユーインの隣でハロルドが少し首をかしげた。何もおかしいことはないと思うのだが、彼の視線はサカキに向いていた。サカキはいつもどおり、愛想のかけらもない表情をしている。 「ハロ、用事は終わったか?」 「は・・・はい」 「スクロールがあったら売ってくれ。派手に使ってしまった」 「そんなに使ったんですか?」 「ラウレルにSS全部つぎ込んだ」 「了解しました。またキリヤと婆園に行った時にでも取ってきますよ」 「ん」 ハロルドが支払いを済ませると、サカキたちはカートを並べて酒場を出て行った。 「年上・・・可愛いか・・・?」 「あれ。まだ、気にしてるの?」 プライドは高いが純粋で照れ屋なクロムを、ユーインは本気で可愛いと思うのだが、クロムはサカキを視線で示して複雑な表情で答えた。 「いや・・・。ブレスはあったけど、ブラッディマーダーを一確したから・・・」 クリエイターの ユーインはふと、違和感を覚えた。 「え・・・あれ?じゃあ、カート・・・」 「カート?」 クロムに不思議そうに見られたが、ユーインは手で口元を隠して微笑んだ。 (ハロルドがまだパンダカートだから、なのかな・・・?) 製薬で身を立てている上、ボス狩りかPvでもやるようなごつい攻撃力があるとなると、サカキはとっくにドームカートになっていてもおかしくないレベルだろう。 「やっぱり可愛いんじゃい?年上って」 ユーインはもう一度クロムに抱きつこうとしたが、暑い、くっつくな、とつれなく押しのけられてしまった。 |