可愛い年上−3−


 おそろいのパンダカートを牽いてアパートに帰ると、ハロルドは良く冷やしたリンゴジュースを飲みながら、夕方から露店を出すための品を確認しているサカキに聞いた。
「ゲフェンで、テロ以外に、何かあったんですか?」
「いや」
 サカキは手を止めてハロルドを見たが、特に隠し事をしているようには、ハロルドには見えなかった。・・・もっとも、サカキの隠し事をハロルドが見破れるかといったら、だいぶ確率は低いのだが。
「どうした?」
「んー、さっき、なんとなく・・・」
 酒場で、一瞬の何分の一か、サカキの表情が動いた。たぶん、ハロルド以外の誰も気がつかないだろう、微細な変化だ。
「別に、何もない」
「そうですか」
 ハロルドは自分の勘違いか思い過ごしだろうと片付けて、残りのリンゴジュースを飲み干した。
「・・・ゲフェンは、歴史の深い街だな」
「え、まぁ・・・そうですねぇ」
 ゲフェンタワーやゲフェニア遺跡があるくらいだし・・・とハロルドは思い返し、ウィザードたちの街に関して、自分が知っているような事件はなかったかと記憶を探った。
 ハロルドは自分の少ない脳内歴史カテゴリーの中から、真理を求めたウィザードが、ダークロードと契約までしたらしいという噂を思い出した。それと、もうひとつ・・・
「あ、俺が子供の頃ですけど、大きなテロがありましたよね?」
「英雄エインズレイが鎮圧した事件だな。・・・ふむ、魔法使いか・・・」
 サカキの表情が考え深げに沈んだが、すぐに普段どおりに戻った。
「いや、俺には関係のないことだった」
「そうですか」
 再びカートの中をごそごそやりだしたサカキだったが、ふいに力のない声を出した。
「どうしました?カプラに忘れ物でも?」
「いや・・・」
 サカキの視線が泳ぐ。言おうか言うまいか悩んだら、サカキはだいたい言わないので、ハロルドは先手を打つ。
「なんですか?俺じゃ、言っても参考にならないですか?」
「そうじゃない」
 サカキは首を横に振るが、まだ困ったように言いよどんでいる。
 ハロルドはサカキの足元にしゃがんで、年上の恋人を見上げた。ハロルドのほうが体力も腕っ節もあるし、ベッドの上に至っては元々タチだったサカキを抱いている。だから余計に、押し付けがましい雰囲気を作りたくなかった。
 例えハロルドがサカキよりはるかに体格がよくて、威圧したり凄みを利かせたりしたとしても、サカキは全くハロルドを恐れないだろうし、ハロルドもそんな風に見くびっていない。
 そういったこととはまた別の次元の問題で、ハロルドはサカキとの位置関係を、以前から少しも変えていない。いっそう親密になっても、傍の他人から見れば、ハロルドはいつまでたっても、サカキの付属物に見えるだろう。それでいい。
 サカキはハロルドに対して、同性愛に引き込んだという奇妙な負い目を感じている。それはほとんど無自覚で、ハロルドにはどうにもならない。それならば、これ以上精神的な負担をかけるような真似をしてはいけないだろう。
 自分の気持ちは変わらない。だから、目に見える形も変えずに、安心させてあげなくては。
 くしゃっと、細い指が、柔らかな髪に絡まってくる。
「・・・ハロルドは可愛いな」
「そうですかぁ?」
 耳や頬まで撫でられて、ハロルドはくすくすと微笑む。こうしてサカキのそばにいられるだけで、ハロルドは幸せだ。普段は不機嫌そうなサカキの表情が、少しでも柔らかくなって自分を見てくれると、もっと嬉しい。
 ソファに移動したサカキに付いていくと、隣に座ったとたんに抱きつかれ、そのままずるずると滑り落ちていく緑色の頭に、膝枕を提供することになった。
「ちょ・・・ぇ」
「あー・・・買い出し重かった。カプラと往復するのも面倒くせぇ。次は付き合え」
「はい」
 寝転がったまま、ケープやグローブやベルトポーチをぽいぽいと脱ぎ捨て、サカキは昼寝の姿勢に入ってしまった。
「・・・ハロ」
「はい?」
「・・・俺が可愛いと思ったことあるか?」
 ぽかんと口を開けたまま、ハロルドは一瞬固まった。
「今この瞬間、サカキさんがめちゃくちゃ可愛いと思っている俺がいますが?」
 いきなり何を言い出すんだこの人は、と思ったが、少し赤くなっている頬を隠すように顔を背けているところを見ると、さっきまで躊躇っていたのはこのことだったに違いない。
「・・・そうか」
 吐息のように小さな声を発した、癖の強い髪に包まれた頭を撫で、ハロルドは苦笑いを浮かべた。
「サカキさんにしては、らしくない誘い方じゃないですか?」
「別に、誘っては・・・」
「じゃあ、キスさせてください。それから、可愛いサカキさんをください」
「おま・・・」
 からかうなと言いたいにしては、かなり鋭い眼差しに睨み上げられたが、起き上がりかけたサカキは、ハロルドの唇を拒まなかった。
「サカキさん、大好きです。・・・サカキさんのこと可愛いと思うなんて、しょっちゅうですよ?」
「なにっ!?」
 ぎゅうと抱きしめた身体が、じたばたと暴れる。そんなに予想外だったのだろうか。
「ケーキとか俺が作った料理とか食べている時でしょ、寝ている時でしょ、えっちしている時でしょ・・・」
「主に三大欲求を満たしているときかっ!」
「だって、本当に可愛いんだも〜ん」
 すりすりと首筋に頬擦りすると、脱力したように大人しくなった。
「・・・可愛い、なぁ・・・」
 自分はハロルドを可愛いと言うくせに、自分が言われるのには違和感があるようだ。
「それ以外は、かっこいいなとか、綺麗だなとか、すごいなとか、思っていますけど?」
「・・・そうか」
 それはそれでいいらしい。
 納得したようにハロルドの両肩に腕が回されたので、ハロルドは遠慮なく、サカキの服を脱がしにかかった。少し汗ばんだ肌を撫でると、甘く焦れた吐息が耳をくすぐっていく。
「サカキさん・・・」
「ん・・・」
 欲情して上気した目元で、サカキが誘ってくる。ハロルドは愛しげに唇を重ねると、胸の突起に指先を伸ばした。
「んぁ・・・っ、はっ・・・」
「気持ちいい?」
 こくっと頷いた身体が、ハロルドの脚をまたぐように乗ってくる。腰を抱き寄せて、布地越しに尻の谷間に指を滑らせると、ハロルドの肩を抱く両腕に力がこもった。
 ハロルドの目の前に、細い鎖骨と、日に焼けていない滑らかな胸がある。そこを舐めたいと思わない道理などない。
「っ・・・は、ろっ・・・」
「なんです?」
 舌を這わせながら、時々唇を付けて吸いつく。きゅっと立ち上がった乳首を舐め回すと、息を呑んで強張る上半身とは裏腹に、もどかしげに腰が揺れる。
 ジーンズを押し上げているハロルドに、硬く熱を持ったサカキがこすり付けられる。布越しなのに、腰が砕けそうなほど気持ちがいい。
「あっ、はっ・・・ん・・・っ」
「サカキさん、もう我慢できない?」
「うっ・・・はやく、欲しい」
 そんな悩ましげな声で囁かれたら、ハロルドの我慢だってきかない。
 ハロルドはサカキと自分のファスナーを下ろして、反り返って先端から雫を溢れさせている二本の男根を、一緒に握って扱いた。
「っは!ぁああっ!・・・ハロッ!ぅ、あ・・・んっ!」
「はぁっ・・・ん、気持ちいいよ、サカキさん・・・」
 がくがくと震えるサカキの腰を支えたまま、ハロルドは白い肌に赤い印をつけた。
「んっ」
「あ、ぁぅっ!・・・もっと・・・」
 サカキの唇が降りてきて、むさぼるように舌を絡ませていると、ハロルドの手とは別の指が、濡れた熱い肉棒に絡み付いてきた。
「んっ・・・はぁ、そんな・・・だめ、ですって・・・」
「ハロ・・・可愛いな、ハロ・・・っあ、ん」
 互いに擦りつけ合って、自分と相手の指に気持ちのいいところを擦られて、二人分の弾んだ息が、間近で混ざり合う。
 温かな舌に耳を舐られて、ハロルドは体の芯に熱い痺れが渦巻くのを感じた。
「っあぁ・・・サカ・・・さっ・・・でちゃ、うっ!」
「ハロ・・・はぁっ・・・ハロっ!も・・・っ!」
 ぬるぬるになった先端を強く擦られてハロルドの身体が強張ると、サカキの背もしなって、互いの手を白く汚した。
「はぁ・・・はぁっ・・・」
「はうぅ・・・サカキさん可愛い・・・」
「おい・・・」
 はだけられた胸元に額をつけてぐりぐりすると、こつんと頭をはたかれた。
「いて。ん〜、続きはちゃんと、ベッドでしましょう」
「は・・・続き!?」
「だって、まだ入れてないですぅ〜。もっとサカキさんといちゃいちゃしたい」
 幸せで緩んだ表情は、自分でもだらしのない笑顔だとハロルドは思う。それなのに、サカキはハロルドの額にキスをくれるのだ。

 結局その日は、夕方からの二人の露店が出ることはなかった。