可愛い年上−1−


 試験管とポーション瓶でいっぱいになったカートを、これまた同じ物が詰まったバッグをかけた手で牽きながら、サカキはカプラサービスを目指して歩いていた。強い日差しの下、石畳に覆われた道は暑く、汗が流れる。
「・・・重ぃ」
 非力な製薬クリエイターにとって、この買出しは毎回悩みの種だ。転生前はもっと持てたのにと嘆いても、シカタガナイ。
「速度増加!!」
 ぐんと軽くなった身体に見回せば、見覚えのあるハイプリーストの姿。
「さんきゅ」
 ベンチに腰掛けている、新雪のような髪をした青年が、大判の本を手に微笑んだ。
(珍しい・・・な?)
 ここゲフェンにいることも、相方の魔術師を連れずに一人でいることも。
 支援の効果が切れる前に、サカキは急いでカプラまで走り、さらに魔術師ギルドへもう一往復した。
 倉庫に溢れそうなほど大量に割れ物を預け入れ、一仕事終えたと、首と肩を回す。そろそろ昼時か。
「こんにちは。今日は一人なんですか?」
 澄んだ声に振り向けば、ギルド「エルドラド」のサブマスター、クロムだ。
 今日は、ハロルドは友達と約束があるといって、サカキと一緒ではない。
「ああ。・・・そっちも」
「・・・ちょっと、調べ物を」
「そうか」
 クロムの眼鏡越しの赤い瞳が一瞬伏せられたのは気にせず、サカキは昼食の同席者を手に入れた。ただ、彼の手にしているのが、スクラップブックのようだというのは、記憶の隅にとどめた。

「ユーインに無茶なことされていないか?夜のことだが」
 クロムがサラダにむせて、食器に派手な音を立てさせた。幸い、繁盛している賑やかな店の中では、注目を集めるほどの音ではなかったが。
「いや・・・そんなに・・・・・・」
「そうか」
 白い頬を耳まで赤くして、クロムは視線を逸らせている。サカキは、顧客のユーインが買っていく薬が、用量用法を守って使われているか、被使用者の身体に過度な負担がかかっていないかが知りたいだけだ。
「あの・・・」
「なんだ?」
 クロムは一瞬躊躇った後、ここにいない人物の話題を出してきた。
「この間あった、フェイヨンの花火大会だけど・・・昼間、ハロルドさんが元気なさそうにしていたから」
「ああ」
 つい前日の話だ。
「俺が行きたくないって言っていたからな。結局付き合ったが」
「ああ、それで・・・」
 納得したようだが、クロムはまだ頬を染めている。
「なんだ?」
「ぁ・・・いや・・・」
 過剰に肩を震わせた反応や、そのしどろもどろな様子に、サカキはピンと察した。
「あぁ・・・見たのか」
「みっ・・・!いや・・・その、あれはユーインが・・・っ」
 歳の近いハロルドとは、また違った方向に天真爛漫さを発揮するクロムの相方なら、彼を誘ってサカキたちの情事を覗き見しかねないとサカキは頷く。
「ふん・・・で、どうだった?」
「ど、う・・・って・・・」
「見たんだろう?俺とハロがヤってるのを」
「ぅ・・・」
「別に見られるのはかまわん」
 サカキはその程度でうろたえるような、浅い経験しかないわけではない。
「で、どうだった?」
 昼食をとりながらする会話じゃないなと内心で呟き、サカキは唇の端を歪めた。しかし、この物慣れない、初心な聖職者をからかうのは楽しい。
「ちょっと、意外だったな。・・・その・・・サカキさんが攻めだと思っていたから」
「あぁ〜・・・」
 困ったように、それでも正直に白状するクロムに、サカキのほうが視線を彷徨わせた。
「まぁ・・・相手がハロルドだからな」
「!?そ・・・うなんだ・・・。やっぱり、可愛いと思われて・・・」
「なに?」
 いきなり理解の及ばない単語を聞かされて、サカキは思わず低い声を出した。
「ユーインもハロさんも、年下で・・・その・・・」
「年上のクロムが、ユーインに可愛いと思われているのは、不満か?」
「いや、そういう・・・」
「ふん。クロムだって、やろうと思えばユーインを押し倒せるだろう?」
「押したお・・・俺が?」
「うむ。相手がユーインでなければ、やらせてやる気なんかないだろう?」
「当たり前だっ・・・けど・・・」
 クロムは赤い顔のまま、真剣な面持ちで黙り込んでしまった。もしかしたら、自分がしたいと言ったらユーインが下になることを承諾するのだろうかとか、真面目に考えているのかもしれない。
(大丈夫か・・・?)
 それはそれで面白そうだから、もしもクロムにその気があるのなら、応援してやってもいい。
(どうせユーインも慣れているだろうし)
 後ろを使うことに関してだ。
 もくもくとエビと緑ハーブの冷製パスタを胃袋に放り込んでいると、人が行きかう振動とは別の、かすかな地響きを感じて、サカキは窓の外に視線を走らせ、すっと目を細めた。すでにクロムは杖とスクラップブックを手に、店の出入り口へと走り出している。
「やれやれ・・・」
 無視をきめてもいいが、殲滅力のないクロムではやや心もとない。・・・半製薬型のサカキも、どっこいどっこいではあるが。
 サカキは支払いを済ませると、逃げ込んでくる人たちとは逆に、魔物たちが暴れ回る街中へゆったりと歩み出て行った。

 魔法都市ゲフェンには、ゲフェニア遺跡への門があるためか、たいてい高レベルな冒険者がたむろしている。だが同時に、まだアカデミーに通っているような、ひよっ子冒険者もまた、この街には多く訪れる。
「ホーリーライト!!キリエエレイソン!!キリエエレイソン!!建物の中へ!急げ!」
 自分にモンスターを引き寄せつつ、クロムは腰を抜かしかけているソードマンとシーフに叫んだ。
 モンスターの一匹一匹はそれほど強くないが、すべてクロムが始末するには数が多い。セーフティウォール越しに、アイシラやブレイザーやクロックを眺め、冷や汗を感じる。他の冒険者の手が空けば助けてもらえるだろうから、それまで持ち堪えるしかない。いまクロムがテレポートして逃げれば、避難中の人に流れる。
 クロムは覚悟を決めて奥歯を噛んだが、その視界に半透明のマジシャンとアーチャーが見えた。生体工学研究所のラウレルとカヴァク。かなりまずい。
(ユーイン・・・!)
 矢がつがえられるのを目で追いながら、乾いた舌で唱えるキリエエレイソンが間に合うか。
「アーススパイク!!」
 石畳を破ってそそり立つ石柱が、弓手の亡霊を足元から突き上げて、クロムを助けた。
「キリエエレイソン!!ホーリーライト!!」
「そのままタゲを持っていろ。アーススパイク!!」
 サカキの手から塵となったスクロールが消え、カヴァクも消えた。
「セーフティウォール!!アスムプティオ!!ブレッシング!!速度増加!!」
「ユーインほど上手かないぞ」
「支援のしがいがあるな。レックスエーテルナ!!」
「ファイヤーボルト!!」
 たしかにクロムが見慣れたユーインの魔法に比べたら、サカキが扱う魔法のレベルは格段に低い。しかし、詠唱速度は言うまでもなく、一撃一撃の威力も意外と高かった。
(純製薬じゃなかったのか)
 ユーインが買ってくる変な薬や、戦闘型のハロルドがいつも一緒にいるせいで、全く戦闘に向かないと思い込んでいた。しかし、よく観察してみると、武器の持ち買えなどかなり手馴れている。
「レックスディビーナ!!」
「ソウルストライク!!ソウルストライク!!ソウルストライク!!ソウルストライク!!」
 景気良くスクロールを消費してでも戦う姿は、どこか獰猛で・・・。
(・・・やっぱり攻めっぽい)
 花火大会の夜に見た姿とは、かなりイメージが違う。他人のことながら、どうしてハロルドが懐いてあんな関係になったのか、かなり不思議だ。
 最後に残ったラウレルを消滅させると、クロムはやっと大きく息をついた。
「ポーションピッチャー!!」
 一瞬で気力が回復したのに、落ちてきたポーション瓶のラベルを見るまでもない。
「ありがと・・・高いのに」
「これが取り柄だからな」
 サカキは自分でも青ポーションの栓を抜いて放り投げた。
「怪我は?」
「ない」
 悲鳴が上がったのは、その時だ。
 まだモンスターがいたかと見回して、転がるように逃げてくるアカデミー帽をかぶったマジシャンの少年に、クロムの身体が意識する前に動いた。
「セーフティウォール!!そこで止まれ!」
「ひっ!!」
 淡い光の輪の中で蹲った少年の傍らを、巨体が駆け抜けてくる。
「クロム!!」
 ブラッディマーダーの振り上げられた鉈を、クロムは凍りついたように見上げていた。