彼と彼氏の恋愛事情 −7−


 ワープアウトしたアルベルタでは、雨はもっと激しく降っており、ハロルドはしっかりとサカキを抱えたまま、小さな教会まで走った。教会の扉にある「本日所用のため、お休みさせていただきます」という張り紙が、雨に濡れてべしょべしょになっている。
「ハロルド、おろしてくれ。カギがそっちにある」
「はい」
 サカキはベルトに留められた鍵束をさぐり、やや不慣れな手つきで錠前を外した。
「張り紙はそのままで」
 ハロルドはサカキに続いて扉をくぐると、言われる前に内側から鍵を掛けた。
「すまんな。いまタオルを持ってくる」
「あ、あの・・・!すみませんでした。こんな事になって・・・」
 しかし、振り向いたサカキは、ハロルドに向かって少し首をかしげた。
「別に・・・あいつらが俺とチハヤを間違えただけだ。それに、俺も逃げなかった。あー・・・後にしよう。寒い」
 たしかに、サカキは上半身裸で、ハロルド共々、雨に濡れている。
「すまないが、風呂を沸かしてくれ。タオルと着替えとってくる。えーっと、救急箱にテーピングあったかなぁ・・・」
 薄暗い室内を歩いて行くサカキを引き止めるわけにもいかず、この教会に何度か泊まったことのあるハロルドは、言われたとおりに風呂場に向かった。
 灯りをつけて温かい湯を張り、ごそごそとポケットを探る。さっきの倉庫で、別れ際、サンダルフォンに何か捻じ込まれたのだ。
(なんだろ?)
 硬い感触はガラス瓶のようだが・・・。
「ぶっ・・・!」
 洒落た形をした瓶のラベルには、潤滑ジェルらしい商品名が書かれている。
(ちょと、マスター・・・)
 何に使うかはわかっているが、ハロルドは額に手を当てた。まだ告白もしていないのに、いきなりそれはどうかと思う。・・・けっして、したくないわけでは、ないのだが。
「ハロルド」
「は、はいっ!」
 ハロルドがあわてて瓶をポケットにしまうと、シャツを羽織って脱衣所に顔を出したサカキが、タオルや着替えを差し出した。
「先に使え」
「え、サカキさんが先で・・・」
 しかし、サカキはゆるく首を振った。
「なんか、熱っぽくて・・・」
 言われて見れば、頬が赤く、眼差しもとろんとうつろだ。
「それに、ハロルドも手当てしないと・・・そのあざ、チハヤにやられたんだろ。早く入って来い」
 言い訳する前にドアが閉まり、ハロルドは急いでモロクの砂埃を洗い流した。少し躊躇った後、サンダルフォンにもらった小瓶を、汚れた職服のポケットから、用意してもらった部屋着のポケットに移す。
 サカキは熱っぽいと言っていたが、体は拭かねばならないだろうから、ハロルドは熱々のタオルを絞って、サカキの部屋に向かった。
「サカキさん?」
 サカキは救急箱が乗ったテーブルの横で椅子に座り、やりにくそうに包帯を巻いていた。
「やりますよ」
「すまん」
 ハロルドは手早くサカキの右腕を固定し、三角巾で吊るした。そして、石畳で汚れたサカキの顔を拭い、腕に響かないよう、首筋や背中も慎重に拭う。
「ハロルド、そんなことしなくていい」
「でも・・・」
 ハロルドは、視線をそらせるサカキの距離を置いた態度に悲しくなった。だが、wisを拒否するぐらい離れたがっていた人に、こうして世話を焼かれるのは苦痛でしかないのか・・・。
 片袖だけ通したサカキのシャツを、きちんとかけなおしてやったハロルドに、サカキの左手が伸びてきた。
「ヒール・・・っぅ」
 ハロルドのわき腹にできた青あざは薄くなったが、サカキは痛そうに自分の腕を抱えている。
「無茶しないでください。俺は平気ですから・・・」
「チハヤのヤツ、手加減しないからな」
「でも、俺が悪いんです。俺が、誤解されるようなことをみんなに言ったから・・・」
 好きな人が男だと明言しなかった自覚はあるが、ハロルドの中では、好きな人と狩場についてきた男プリは、同じサカキとして話していた。それがまさか、他人にはまったく別人だと取られるなんて、予想もしていなかった。
「だが、ハロルドには好きな人がいるのは俺も知っているし、たしかに俺がうろうろしていたら迷惑だろ?」
「ちがうんです!あの、だから・・・」
 ハロルドはサカキの正面に跪き、ドキドキと高鳴る胸を押さえ、大きく深呼吸した。嫌われるかもしれない、頭の隅でそんな声がしたが、このままじゃ嫌だという思いが、ハロルドの舌を動かした。
「俺が好きなのは、サカキさんです。ずっと、子供の頃から・・・」
 驚いたように見開かれた琥珀色に耐えられなくて、ハロルドはうつむいた。
「ごめんなさい・・・」
「なんで、謝る?」
「だって・・・」
「俺が、ハロルドを気持ち悪がるとでも思ったか?」
 ハロルドの頭にぽんと手が乗り、くしゃっとかき混ぜられた。ハロルドはその優しさに、鼻の奥がツンと痛んだ。
「なんでもっと早く言わないんだ。ハロルドが好きになったヤツがどんな男なのか、めちゃくちゃ嫉妬していた俺が、馬鹿みたいじゃないか」
「え・・・?」
 ハロルドが見上げると、サカキは天井を見上げ、はぁあああっとため息をついている。
「サカキさん・・・嫌じゃない?」
「なんでだ。ハロルドを自分のものにしたいのを、こんなに我慢してきたのに」
 顔を赤くしたサカキが、ちらりとハロルドを見下ろし、また遠くに視線を向けた。
「それって・・・OKってこと?」
「他に解釈があるか」
 やや不貞腐れたような呟きが、ハロルドには嬉しくてたまらない。いつもの他人行儀な友人から、ひとつ壁が抜けたように感じられる。
「嬉しいなぁ」
 頭の上に乗ったサカキの手をそっと包み、頬擦りするように、指に口付けた。
「っ・・・!」
 おおげさなほどびくついた反応に、嫌だったかと見上げたが、サカキは顔を赤くしたまま、困ったようにハロルドを見下ろしていた。
「嫌でしたか?」
「いや、その・・・」
 今度はサカキを見上げたまま、ちゅっと音を立てて吸い付き、指のまたに舌を這わせてみた。
「ひっ・・・ぁ、あっ!ハロッ!」
「・・・気持ちいい?」
 しかし、耐えるように目を瞑るので、指を絡ませるように手を繋ぐと、袖を捲って、手首の内側に舌を這わせた。
「や、っ・・・」
 嫌というわりには、ハロルドの手をぎゅっと握り締め、弾んだ息が誘っているようにしか見えない。
「サカキさん・・・?」
 右手はサカキの左手と繋いだまま、左手でサカキの頬を包み、せつなげな吐息を繰り返す唇に吸い付いた。唇を合わせただけなのに、サカキの背がビクンと跳ねた。
「んっ・・・は、ぁ・・・待て、俺・・・おかしい・・・!」
「さっき飲まされた催淫剤のせいでしょ」
「さ・・・はぁっ!?」
 熱っぽいと言っていたのに、本人は気付かなかったのだろうか。ハロルドは小さく首をかしげた。
「さっき倉庫で、チャンプになにか飲まされたでしょ?マスターが薄くしてあるって言ってたから、そんなにヤバくならないと思うけど」
「・・・そんなもの、飲まされたのか・・・」
 怪我による発熱にしてはおかしいと自覚があったのか、納得したようだ。
 頬から首筋へと唇を滑らせると、薄い皮膚の下に見える血管がひくりと動いた。三角巾の痛々しい白さが、余計にハロルドを煽る。
「はっ・・・ハロルド、よせ・・・!」
「だって、苦しいでしょ?」
「じ、自分でやれるっ!」
「利き手動かないのに?」
「っ・・・!」
 しかも、自由になる左手はハロルドが握っている。
 軽く留められていたシャツのボタンをすべて外し、胸の前にある三角巾を少しだけずらす。
「あっ!あ・・・やめろっ!ぅ・・・っ!!」
 ハロルドは小さく尖った芯を舌で転がし、痛くない程度に吸い上げた。そのたびに、前衛として鍛えられた胸が反り、ハロルドと繋いだ手に、ぎゅっと力が入る。
「ハロルド・・・!」
「サカキさん、可愛いなぁ」
「あぁっ!や、めぇ・・・ッ!!」
 サカキの股間でトラウザーズを押し上げている熱を、ハロルドはうっとりと撫でた。