彼と彼氏の恋愛事情 −6−


 息の上がった肩を並べ、サカキはありがたい闖入者にどうしたものかと苦笑いを零した。
「マグニフィカート!・・・さすがに転生職は強いな」
 まだ転職したてでジョブレベルが低いのか、大きなコンボを決められないだけマシだ。
「しぶといってレベルじゃない」
 まだ若いアサシンも、耐久力回復力に優れた聖職者を相手にするのは苦手のようだ。
 サカキのヒールでは、チャンプの重い一撃で受けたダメージを、瞬時に回復させきる力がない。サカキの精神力が先に枯渇するのは当たり前だ。
「手助けはありがたいが、さっさと逃げろ」
「それはだめだ。目印がなくなる」
「?」
「サカキさんが先に逃げて」
 どうして名前を知っていると言おうとして、間近で見た繊細な美貌に、サカキの舌は別の言葉をつむいだ。
「名前は?」
「・・・クロム」
「いいか、クロムさんよ。俺はいま、目の前にあるものはなんでも、クホらせるぐらいぶん殴りたい気分なんだ。そして都合のいいことに、兄貴を侮辱した奴らが目の前にいる。絶好の獲物だと思わないか?」
 ウサギのように赤い目が、少し見開かれた。
「・・・自棄になってる?」
「そうとも言うな。だから、構うなと言っているんだ!」
 サカキはチャンプの岩のような拳を鈍器で受け流しつつも、痺れる両手に顔をしかめた。クロムを逃がすためにも、この圧倒的な攻撃力を、なんとか彼から引き剥がしたい。
 それなのに、クロムはチャンプを援護するハイプリのほうへ向かっている。
「アスムプティオ!!」
「ベナムスプラッシャー!!」
 一瞬の間をおいて、悲鳴と、ぐしゃりとかべしゃりとか、あまりそちらを見たくない音がして、サカキは若干血の気が引いた。だが、クロムの悔しそうな舌打ちも、同時に聞こえた。
「ヒール!ヒール!」
「あれを耐えるか!?」
「余所見なんて余裕だな!」
「くっ・・・」
 スピードはサカキの方が一応上だが、三段掌の威力にキリエがあっという間に削られていく。
「クロム、早く逃げろ!」
「もう少しがんばって!」
 かみ合わない会話のむこうで、クロムがあっと声を上げた。リザレクションを妨げられず、敵が復活したようだ。
「レックスエーテルナ!!」
「ホーリーライト!!」
「くっ・・・!」
 サカキの支援が追いつかず、まともにくらったクロムだが踏みとどまる。
「ヒール!ヒール!」
「三段掌!!」
 痛い、と思った直後には、固い地面に打ち付けられた方も痛くなっていた。クロムの回復が終わっていないのに、耳の奥がキンと不快で、祝福をつむぐにも息ができない。
「げほっ・・・」
「まったく、手間かけさせやがって・・・双子か、こいつら?」
 武器を取り上げられた右腕が、背中へねじり上げられ、ぴしっと感じた鋭い痛みには、到底我慢などできない。
「ぁああああああああッ!!」
「サカキさん!!」
「おっと、やりすぎたかな」
 腕は放されたが、それでも涙が出るほど痛いのは変わらないし、背中を膝頭で押さえつけられているので、どうにも動けない。圧し掛かっているチャンプの体は重く、サカキは左手で地面を引掻いた。自分の心臓の音に混じって、押し付けられた石畳から、なにかばたばたと音が聞こえる。
 髪をつかまれて顎が上がり、ガラスのようなものが歯に当たった。
「あ・・・ぅ・・・っ!?ごほっ!はぁっ!」
 口の中に流れ込んでくる液体を吐き出そうにも、首が反ったまま固定されているので、飲み込む以外どうにもならない。
「これで少しは大人しくなるか。暴れなきゃケツが痛くなるだけですん・・・」
 がんっと扉が開く音とほぼ同時に、ずぶっ・・・という音が、妙にはっきり聞こえ、体の上から重みが消えた。
「サカキさん!サカキさん!」
 抱き起こされ、腕が痛いんだと訴える間も無く、白いファーが目の前にあった。その脇を、がらがらどすどすと、何人かが走り抜けて行く。
「メマーナイトォッ!!!!」
「スパイラルピアース!!」
「ファイヤーボルト!!」
 サカキからは見えなかったが、狭い倉庫の中で派手なスキルがぼこすかと降り注いでいるようだ。しかも、ダブルキャスティングがかかっていたらしい、追加のファイヤーボルトの音までする。
「痛い・・・ハロルド、腕、痛い」
 ぎゅっと抱きしめられていた力がぱっと緩み、サカキは痛む腕を擦ることができた。筋肉の部分もそうだが、肘や肩も、痛いということは感じるのだが、上手く動かない。
 半べそのチェイサーがオロオロしていると、どすどすと鎧をまとったペコペコがやってきて、もさっと座った。
「大丈夫ですか、サカキさん?」
「みつきさん・・・」
 ペコからひょこりと覗き込んできたのは、チハヤの所属するギルドのマスターだ。黒髪の小柄な女性だが、ロードナイトの鎧を身にまとい、ペコのベルトに掛けられているのは、柱のように巨大な槍だ。
「クラスターさん、診てあげてもらえませんか?」
「あー?そいつプリじゃん」
 やる気なさそうに杖を担いでいるアークビショップに、みつきはぷぅと頬を膨らませる。
「プリさんでも、利き腕使えないと、自分でするの大変じゃないですか!クラスターさんの方が、上手に手当してあげられるでしょ。それに、シヴァさんの弟さんですし・・・お願いできませんか?」
 きゅる〜んと子猫のような可愛らしさで見つめられ、クラスターは長い髪をぼりぼりとかいて、仕方なさそうにサカキの傍らに膝をついた。
「いやー、立派に尻に敷かれたな。夫婦円満で、けっこうなことだ」
「うっせぇぞ、サンダルフォン!」
 クラスターに噛み付かれながらも、妖艶な物腰で朗らかに笑うプロフェッサーは、サカキの記憶にない。だが、ハロルドと同じギルドエンブレムをつけている。
 クラスターはサカキの上着を脱がせて腫れた右腕を診ていたが、脱がせた法衣を器用にたたんで、簡易三角巾を作りだした。
「関節は外れてなさそうだが、じん帯が逝ったかもな。冷やしつつ、しばらくこれで固定しておけ。病院に通うなら、家の近くの方がいいだろう。ただ、こいつが・・・」
 クラスターが地面から拾い上げた空の試験管をサンダルフォンに渡すと、サンダルフォンは少し残った中身を舐め、小さく苦笑を浮かべた。
「ああ、こういう連中がこういう場合によく使う物だ。だいぶ薄そうだし、ハロルドがいれば問題なかろう」
 クラスターが頷いて立ち上がったので、応急手当はこれで終わりらしい。ヒールで無理に治すのはやめた方がいいということか。
「ありがとう」
「こっちは不良をまとめて突き出せて株が上がる。気にするな」
「狩りも重要ですけど、公共に貢献することは、ギルドの名声アップに繋がりますから」
「あんまり兄貴に心配掛けるな。次は棚行くぞ」
 それは無理・・・と心の中で思いつつも、世話になっているみつきとクラスターには頭が上がらない。
 サカキとのwisで不審に思ったチハヤが、サカキを探しに行くとごねたのだろう。結果、ギルドの利益になったのならいいが、チハヤのわがままに振り回されるメンバーがいい顔をするはずがない。
 顔色の悪いサカキに、みつきはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。みんな似たような・・・自分のやりたいことやる人たちばっかりですから」
 それはそれで問題ではなかろうかと思うが、みつきが大丈夫というのなら、大丈夫なのだろう。
「マスター・・・」
 クロムを伴って現れたのは、先ほどサカキに声をかけてきたマーチャントで、その声に振り向いたのは、妖艶で派手なプロフェッサーだ。ということは、このサンダルフォンという男が、ハロルドの所属するギルドのマスターということか。
「ユーイン、よくやった。あとは任せて・・・そちらがよければ、二人一緒に、ギルドハウスに戻りなさい」
「うん!」
 ぱぁっと笑顔になったユーインは、自分のカートとクロムの手を引いて、倉庫から出て行った。
「さて・・・フロストダイバー!」
 サンダルフォンはサカキのポケットからブルージェムストーンを一掴み取り出し、氷をまとわせて一回り大きくさせると、サカキの腕に巻かれた法衣の隙間にざらざらと突っ込んだ。
「後始末は任せたまえ」
「すみません、マスター」
 サカキが抗議する間も無く、ハロルドの両腕が、ひょいとサカキを抱え上げた。
「ちょ・・・」
「サカキさん、教会に帰りましょう?」
 柔らかい疑問形なのに、ハロルドの声は断固として、サカキの意見を受け入れなさそうだ。
 いつの間にかポツポツと降りだした雨が、どんどん窓を濡らしているような状況でごねるわけにもいかず、熱を持った疼痛に顔をしかめながら、サカキはアルベルタへのポータルを開いた。