彼と彼氏の恋愛事情 −4−


 いきなりサカキが消えてしまい、ハロルドは自作ケーキの入った箱を手に呆然となった。
「なんで・・・なにがあったの?なんで!?」
 ハロルドの剣幕に、ギルドメンバーの方が怪訝に顔を見合わせた。
「なにって・・・あの人が、ハロくんに粘着してた人でしょ?」
「ハロさん好きな人がいるのに、あんな人がまわりにいたら告白とか危なくてできないじゃない」
「・・・へ・・・?」
 ハロルドは頭の中が真っ白になった。まったく意味がわからない。
「粘着なんて・・・ああ、だから・・・!ちがっ・・・違うの!!違う!サカキさん!誤解なんです!!サカキさん!!」
 ケーキの入った箱が紙面に滑り落ち、無様にひしゃげたが、そんなことにかまっていられない。ハロルドは必死にサカキへのwisにチャンネルを合わせたが、無音しか返ってこない。
「違うんです!ちがうの・・・ごめんなさい!返事して・・・!!サカキさん!!サカキさん!!・・・そんな・・・うそだ。こんなの、ないよ・・・!」
 がっくりと膝をつき、ぼろぼろと泣き出したハロルドに、メンバーは自分達が早とちりをしたらしいと、ようやく気がついた。
「ちょ、待て?どういうことだ?」
「コンロンで粘着支援してきた、普段教会務めのサカキさんって、あの人でしょ?」
 ハロルドは首を横に振りながら頷いた。
「ち、がっ・・・俺、サカキさんが、好きだから・・・!だから、一緒に・・・うっ・・・ちゃんと、こうへい・・・ひっく・・・。ずっと・・・好きだったのに・・・っ!好き・・・だからっ・・・なのに・・・ふ、ぅええええっ!」
 ざわりとメンバーに動揺が走る。ハロルドが好きな人と、ハロルドに粘着していた人がイコールで、しかも男だとは、まったく思わなかったらしい。
「ご、ごめんなさい!」
「すまん、早とちりだっ」
「すぐ探す!謝ってくるから!」
 その場にいたメンバーがいっせいに散らばり、ギルドチャットではサカキの特徴が流れた。探してくれるのはありがたいが、二人きりで話がしたかった。ハロルドはとりあえず、アルベルタに行こうと、涙を拭った。
『ハロくん、いたよ!まだモロクにいた!!』
『砂漠狼の牙を持って行くと頭装備作ってくれる人のところ!』
 ハロルドは立ち上がり、町の東側へ急いで走った。
「すみませんでしたっ!」
 ギルメンのパラディンやハイウィザードが、ぺこぺこと頭を下げているのが見えたが、その相手にハロルドは血の気が引いた。
「チ、チハヤさん・・・っ!違う!その人はサカキさんじゃないよ!」
「え?」
 ギルメンは驚いてハロルドを振り向いたが、その瞬間、ハロルドは見えない衝撃に吹っ飛ばされ、埃っぽい地面に尻餅をついた。
「げほっ・・・いつつ・・・」
 さすがMEプリのホーリーライトは強烈だ。ポリンも一撃で倒せない、サカキのしょぼいホーリーライトとは大違いだ。
「チハヤさん、すみませ・・・ぎゃんっ!」
 立て続けにHLが降り注ぎ、ハロルドは呻き声を堪えて地面に蹲った。凄い力で叩きつけられているようで、半端なく痛い。
 ギルドチャットが騒然となっていたが、ハロルドは説明する余裕もない。チハヤの攻撃から逃げようと思えば逃げられるが、それではチハヤの怒りを助長させるだけだ。
「うぅ・・・」
「サカキがドタキャンしたのは、お前が原因か」
 サカキと同じなのに、ほとんど感情が感じられない硬質な声が、チハヤのものだ。激怒しているはずなのに、その表情すらわずかに眉をひそめただけだ。
「す、みません・・・勘違いって言うか、行き違いがあって・・・ぁぐっ!」
 踏みつけられた頭が地面にこすれ、小さな砂利が食い込む。
「サカキを、泣かせたな・・・!」
 その言葉が、絶え間なく降り注ぐHLよりも、ハロルドには一番痛かった。
「しーばー?抵抗しない子いくら殴っても、しょうがないでしょう」
 長いプラチナブロンドにラッコ帽をかぶったホワイトスミスが、カートを牽きながらも、しゃなりしゃなりと歩いてきた。チハヤと同じ、ギルドエンブレムをつけている。
「もう行くわよ〜?」
 あちこちでモンスターと戦う冒険者とは思えないほど、人形のように傷ひとつない綺麗な顔の美女は、チハヤの腕に自分の腕を絡ませ、そっと自分のほうへ引いた。
 すると、ハロルドの頭の上から、硬い靴底の重みが消えた。HLも、もう撃たれないようだ。
「ジャンヌ・・・!」
「今回サカキちゃんが来られないのは残念だけど、その分シヴァががんばるんでしょ?私の支援は、シヴァにしかしてもらいたくないのよね」
「・・・・・・」
 殺気だった気配が、完全にハロルドから離れた。
「二度とサカキに近付くな」
 だが、チハヤのその言葉には、ハロルドは唇をかんで起き上がった。
「嫌だ。せめて、サカキさんに誤解を解いてもらってからじゃないと・・・!」
 瞬時に切り替わったチハヤの詠唱モーションに、ハロルドは身構えた。
「しーば!行くって言ってんでしょ!」
 美貌のWSにきゅっと耳を引っ張られたチハヤは、しぶしぶ踵を返し、まるで最初からハロルドなどいなかったかのように歩き去った。
 ハロルドは、しゃなりしゃなりとカートを引っ張って歩く美女の後姿に、頭を下げた。チハヤの激情を静止できるのは、サカキか、彼女ぐらいしかいないらしい。
「大丈夫か?」
「重ね重ね、すまんかった」
 駆け寄ってきたギルメンたちに、大丈夫とぎこちない笑顔を向けたハロルドは、モンクやパラディンからヒールをもらった。だが、打ち身がだいぶひどい。チェイサーの服は露出があるから、大きな青あざがけっこう恥ずかしい。
「もう平気。あの人、双子のお兄さんなんだ。兄弟仲良くて・・・。俺、心当たり探してくるから・・・みんなは、心配しないで」
 髪や腕についた土埃をぱたぱたと払い、ハロルドは立ち上がった。
『ハロルド、大丈夫か?さっき、それっぽい人いたぞ。声かけたら逃げられたけど』
 ユーインからのチャットに、ハロルドは息を呑んだ。ユーインは人当たりがよく、初対面の人間にも受けがいい。だが、ハロルドと同じエンブレムをつけていたら、またひどいことを言われるのかと逃げるだろう。サカキの可能性が高い。
『ありがと!どこ?』
『プロンテラ。・・・追いかけてもらっているけど、北の方へ向かっているみたい』
 速度増加のかかったプリースト相手では、ユーインは振り切られる。おそらく、クロムというアサシンに追いかけてもらっているのだろう。
『わかった。すぐに行く』
 心得たモンクに速度増加をもらったハロルドは、カプラまで走り、埃まみれになった涙の跡を、ごしごしと拭った。
「プロンテラ、お願いします!」
 一瞬の浮遊感の後、ハロルドはうるさいほどの喧騒の中に降り立った。だが、モロクに比べてずいぶんと暗く、ハロルドは目が慣れるように瞬いた。空を見上げると、どんよりと曇っており、空気も湿っぽく、雨が降りそうな気配だ。
 ハロルドがマップを確認すると、噴水広場の辺りで、ギルドメンバーを表すマーカーがうろうろと動いている。ハロルドは人込みをすり抜けながら、露店で賑わう中央大通りを走り出した。
『ユーイン、着いた!』
『早くしろ!なんかヤバイっぽいぞ!』
 ハロルドは胸がきゅっと縮こまり、頭の中が冷たくなるような気がした。
『ヤバイって何!?』
『知るかよ!!』
 ハロルドがチハヤにボコボコにされた体中の痛みも振り切って、息を切らせて噴水広場までたどり着くと、ユーインが馬牌放ってよこした。
「急げ!」
 PTを組んでいるらしいユーインには、サカキを追っているクロムの位置がわかるのだろう。ハロルドは同じく馬牌を使って走り出すユーインを追った。
「今度こそ告白するんだろうな?ヘタレハロ!クロムが怪我したら許さないからな!」
 きっ、と睨んでくるユーインに、ハロルドは頷いた。
「告白するよ!・・・絶対、好きって言うんだ!!」
 告白して、その結果嫌われてしまったら仕方がない。だけど、こんな誤解をされたまま嫌われるのは嫌だ。
 ハロルドは、全速力で走った。