彼と彼氏の恋愛事情 −3−


 プロンテラ中央大通り。
「ふーん。よかったじゃん」
「よくないよ・・・」
 露店を出しているユーインのそばで、ハロルドははぁっとうなだれた。
「公平にならないからってPTも組まないで、俺ばっかり支援されて、この間もらったからってドロップ全部よこすし・・・」
「いいじゃん。むこうの厚意だろ?ありがたくもらっておけよ。どうせ料理に使って向こうに渡すんだろ?葱の癖に細かいなぁ」
「葱でも気にするの!」
 ハロルドはユーインのカートに乗っているパンダのぬいぐるみを、むにゅんと両手でつかんだ。
 ユーインは一次職だが、すでに高レベルを示すパンダカートを牽いている。本人はエタではなく、どちらの二次職にするか迷っているだけだと言うが、それでここまで上がるのも珍しい。
 そのユーインが、にぱっといい笑顔でハロルドを振り向いた。
「そうだ。俺この間、すっごく綺麗な人拾ったんだぜ!」
「なんで拾うの!?」
「だって、怪我して落ちてたんだもん。そこは拾うべきだろ」
 ユーインの身辺でどんなミラクルがあったのかはわからないが、非常に気に入った出来事のようで、彼はうきうきと楽しそうだ。
「クロムって名前のアサシンなんだけど、さらさらの白い髪で、目はルビーみたいに赤くて・・・」
「アルビノのアサシンって、あんま珍しくないじゃん」
 ハロルドは口を尖らせるが、ユーインは目を尖らせて反論する。
「ばっか。綺麗さが半端ないの!繊細っていうか、男なのにほんとに抱きしめたい感じなの!」
「え、男なの?」
「そうだよ。女だなんて言ってない」
 ユーインは胸を張るが、どの辺が自慢になるのかよくわからない。
「俺の露店探して来てくれたりするんだから、あんまり辛気臭い顔でいないでくれよ。ていうか、むしろどっか行け」
「あんまりだ」
「俺だって恋したいんだよ!邪魔すんな」
 がるるとユーインに怒られて、ハロルドも渋々腰を上げた。すると、それを見計らったかのように、人込みの向こうから細身のアサシンが現れた。
 たしかにユーインの言うとおり、暗殺者とは思えない、儚げとも言えるほど繊細な印象の美青年だが、あまり明るさのない淡々とした表情は、むしろアサシンの衣装にしっくりと馴染んでいる。
「ほら、行けよ!」
「ああ、うん。またな」
 ユーインに脚を小突かれて、ハロルドはその場を後にした。ちらりと振り向くと、ユーインは楽しそうにクロムと話している。
(いいなぁ・・・)
 自分もあんな風に、屈託なくおしゃべりできればいいのにと思う。でも、ハロルドはサカキを、「恋人として付き合いたい人」という気持ちで目の前にすると、どうしても自信が無くて、しどろもどろになってしまう。
(友達のままがいいのかなぁ・・・)
 だが、この気持ちを抱えたまま、ずーっと友達で、そのうち誰かがサカキと結ばれるのを、だまって見ているのは苦しすぎる。
「はぁああああ」
「どうしました、ハロさん?元気がないようですけど」
 モロクにあるギルドハウスのキッチンで、のたのたと料理の材料を揃えていたハロルドに、同じギルドメンバーのダンサーが声をかけてきた。
「俺好きな人がいるんだけどさぁ。狩場で一方的に支援のままくっつかれちゃって、困ったよ」
「ええっ!粘着されたのですか!?」
 女の子の大きな声に、ほかのメンバーもなんだどうしたと、キッチンの出入り口に集まってくる。ハロルドは慌てて手を振った。
「いや、横殴りとか、そんな酷いものじゃないよ。支援だし。でも俺としては、もっとこう、ちゃんと付き合いたいんだよね」
「ハロさんって、だいぶお人よしですよね・・・」
「そうかな?」
 ギルメンは男も女も顔がひきつっているが、ハロルドにはよくわからない。そんなに重く受け止めるものだろうか?
「普段は教会勤めの人だから、たまたま狩場で一緒になって・・・純粋に友達としての厚意だと思うよ。でも、そこは今度、話し合ってみるよ」
「それがいいですわ」
「逆ギレされないように気をつけろよ〜」
 ダンサーは真面目に頷くが、マジシャンハイの少年はけらけらと笑っている。ハロルドは、それに苦笑いで応えながらも、ふと考えた。
「あの人がキレるってイメージはないけど・・・」
 だがしかし、ハロルドが支援を拒否したら、もうハロルドからの寄付を受け取ってくれなくなってしまうかもしれない・・・。もう会いに行く口実がなくなってしまう。無理に物資を持って行っても、しつこい、迷惑だと、サカキに嫌われてしまったら・・・そう思うと、目の前が暗くなって行く気がした。
「ハロくんがこの世の終わりっぽい顔になってるぞ?」
「大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ・・・」
 ハロルドは沈みこんでいく気分を必死で上昇させ、目の前の調理に集中することにした。
 これを食べてもらって・・・そして、できたら・・・。
「ハロくん百面相になってた」
「好きな人ができたそうですよ。きっとその人にプレゼントするのよっ!」
「まじか。かーっ、春だねぇ」
「それなのに粘着問題引き摺っているなんて、心配ですわねぇ」
 リビングで交わされるギルドメンバーたちの会話は、ピーチケーキやスペシャルトーストの出来具合に一喜一憂しているハロルドの耳には届かなかった。


 結局、サカキはコンロンで、ハロルドの好きな人について聞きだすことはできなかった。上手い言い方が思いつかなかったし、いざ聞いてしまって動揺するのも怖かった。
(まぁ、同じプリって言っても、チハヤでないことはたしかだな)
 自分と同じ容姿のMEプリを思い出し、サカキは苦笑いを浮かべる。チハヤはサカキのことを、とても気にかけてくれるが、同時に付き合いに関しても、かなりシビアな目で相手を見る。「悪い虫がつかないように」だとか「どこの馬の骨ともわからないようなヤツ」だとか、目の前に当人がいても平気で言ってくるので、サカキも時にヒヤヒヤする。そんなわけで、ハロルドのほうもチハヤを敬遠していたはずだ。
(双子なのに、もう片方が好きって言われてもショックだ・・・)
 ありえないと思いつつも、胃が痛い。サカキは胸の下あたりを擦りつつ、モロクの町にワープアウトした。
 今日は、そのチハヤに呼び出され、チハヤが所属するギルドの狩りに混ぜてもらうことになっていた。曰く、「プリが足りない」そうだが、殴りが一人入ったぐらいで捗るものかとも思う。チハヤなど、そろそろオーラだと言っていたはずだ。大方、低いレベル帯の育成にちょうどいいとか口実をつけて、チハヤがサカキと一緒にいたいのだろう。
「サカキさん!?」
 びっくりして視線を回せば、子犬耳のチェイサーが、友人と思われる集団の中から、あんぐりと口を開いてこちらを見ていた。
「ハロルド・・・ああ、ギルドの溜まり場、モロクだったか」
「はい。えっと、あの・・・今日は、どうしたんですか?」
 駆け寄ってきたハロルドだが、驚いたような戸惑ったような、明るいながらも少し不安定な声音で話すので、サカキは首をかしげながらも答えた。
「チハヤに呼び出された。これから名無しだそうだ」
「あぁ、チハヤさんのところ大きいからなぁ」
 納得するハロルドに、サカキも同意する。名無しはお遊びで、普段はもっと効率狩場なのだそうだ。恐れ入る。
「ああ、そうだ。ちょっと、待ってて下さい!」
 そう言うと、ハロルドはカプラに向かって走って行ってしまった。止める間もない。
「ねぇ、ちょっと」
「は?」
 視線を戻すと、サカキはすでに、数人の男女に半包囲されていた。ホワイトスミス、モンク、ハンター、パラディン、ダンサー、ハイウィザード・・・誰もが、ハロルドと同じギルドエンブレムをつけている。
「狩場でハロくんに粘着したのって、あなた?」
「え・・・?」
 いきなりの無礼な口上に、サカキはぽかんとするしかない。
「コンロンで粘着した殴りプリってあんただろ?」
「ハロさん優しいから言わないけど、支援だからってまとわりつかれても迷惑なのよね」
 サカキは口の中がからからに乾き、何も言い返せなかった。ただ、心臓がうるさいくらいにバクバクと跳ね、さっきから不快だった胃が、氷のように冷たく感じる。目の前が、暗くなる気がした。
「ハロさん、いま好きな人がいるの。男でもあなたがいると邪魔だって、わかって?」
 客観的な現実を突きつけられ、無駄な足掻きをした自分の行いが恥ずかしかった。
「サカキさ〜ん!」
 白い箱を手に戻ってきたハロルドを、サカキはこれきりだと自分に言い聞かせて、じっと見つめた。
「サカキさん、あの、これ作っ・・・」
「ハロルド、すまなかった。ギルドにも迷惑をかけたようだ。・・・もう、教会にも無理に来なくていい」
「へ・・・?え?なんでですか!?ちょ、サカキ・・・!!」
 ハロルドの声はテレポートの瞬間に聞こえなくなったが、サカキは潮騒とカモメの声を背に、走り出した。ただ、自分とハロルドの記憶がある場所に、少しでも留まっていたくなかった・・・。