彼と彼氏の恋愛事情 −2−


 ハロルドはギルドハウスの自分の部屋でベッドに突っ伏し、自分の不甲斐なさと女々しさに、激しく落ち込んでいた。
「なんでそう、真っ直ぐに玉砕するかな」
「うるさい・・・」
 ハロルドの部屋に勝手に入って、勝手に茶菓子をあさり、勝手にお茶をすすっているのは、同じギルドに所属するマーチャントで、赤髪に青いバンダナを巻いたユーインだ。ギルドの中でハロルドが男に恋しているのを知っているのは、ユーインだけのはずだ。ハロルドはこの恋の悩みを、ユーインにしか話していない。
 ユーインは、先日のエンドレスタワーで、景気よく他人の三倍はペナっていたハロルドの様子を見に来たのだが、その原因を聞いての先ほどの発言であった。
「そこまでくると、恋愛音痴ってレベルじゃないだろ。好きな相手に呆れられてどうすんだよ」
「だって、どう思ってるのかなって、気になって・・・」
「だからって、聖職者に男同士のえっちは平気ですかって聞くか?頭おかしいんじゃない?」
「うぅうううっ」
 いちいちユーインに指摘されるまでもなく、ハロルドも馬鹿なことを言ったという自覚はある。恥かしくて自分を消してやりたい。
「俺、なんであんなこと言っちゃったんだろ・・・」
「知るかよ」
 ユーインはあっさりと切り捨て、ばりぼりとせんべいをかじっている。
「まぁ、ハロルドが野暮天だとしても、その鈍いプリさんはハロルドのこと嫌いじゃないだろ?その、アホなこと言って呆れさせたのはさておき」
「サカキさんを鈍いって言うな!・・・でもさぁ、告っても気の迷いだとか言われそうで・・・」
「そんときゃ、プリさんが言ってたみたいに忘れるしかないな。振られた相手に慰めてもらうのもどうかと思うし」
 ずずずーと茶をすするユーインの言うことが、いちいちもっともで、ハロルドはベッドから起き上がれる気がしない。
「うじうじ悩んでいないで、さっさと告っちゃえば?そうやっているうちに、誰かに取られたらどうすんだよ」
「それは困る!」
 がばりと起き上がったハロルドに、ユーインのどうでも良さそうなため息が漂う。
「あぁあ。俺も恋人欲しいなぁ。どこかに素敵な人が落ちてないかなぁ」
「落ちてるって・・・」
「ポリンを叩いたらポロッと出てきた・・・なんて、最高じゃん?」
「どういう状況だよ」
 本当に二次職になる気があるのかないのか、まったりと商人生活を営んでいるユーインの感覚に、ハロルドは恥かしすぎて凹んでいた気分が、少しだけ和らいだ。

「告白って言ってもなぁ・・・」
 装備の確認をしつつ、思わずそんな呟きが零れる。コンロンは今日もいい天気で、心地よい風がふいている。
 ハロルドは初めて会ったときからサカキが好きだったのだが、それが年上に対するただの憧れではなく、性欲の対象にもなる好意だと自覚するまで、かなり時間がかかった。そのせいで、いざそういう目でサカキを見たとき、サカキのハロルドへの接し方が、年下の友人に対するごく普通なもので、愕然としたものだ。
(恋人になってくれるかなぁ・・・)
 同情や哀れみで付き合ってもらおうなどとは思わない。だが、いまの友人という関係すらなくなってしまうのは嫌だ。だからといって、ふられた後、何事もなかったかのように振舞える自信はない。
 思いはぐるぐると堂々巡りで、結局いつものように、寄付という口実でサカキの元を訪れ、できるだけ不自由しないように、他の男が付け入る隙がないように、石垣の隙間に土を詰めるようなことをしているのだ。
「女々しい・・・」
 根性なしとかヘタレとか言われても、反論のしようがない。はぁあああ、と大きくため息をつきながら、ハロルドはよろよろとダンジョンの入り口に向かった。
 衛兵が立つ大きな扉を潜り抜けようとした瞬間、ふわりふわりと祝福の光が体を包み、まわりをよく見ていなかったハロルドがそれに気がついたのは、すでにダンジョンに入ってからだった。
「あり・・・が・・・」
 辻支援に礼を言おうにも、相手は扉の向こうで声が届かない。たぶん、石像の裏側にいたのだろう。それで姿が見えなかったのだ。
 ハロルドはせっかくもらった支援が切れないうちにと、さっきからぽこぽこと桃を投げてくる人面桃樹に斬りかかった。
 ハロルドがコンロンに来たのは、ここのドロップ品が欲しかったからだ。ハチ蜜、ローヤルゼリー、マステラの実、とてもかたい桃、チーズ・・・どれも作りたい料理に欠かせない。美味しいお菓子やケーキを作って、甘党なあの人に食べてもらいたいのだ。
(うーん、でもAgi料理とかStr料理の方が喜ばれるかなぁ・・・)
 殴りプリーストにDex料理をあげても、微妙かもしれない。でもまぁ、普通に食べてもらってもかまわないわけで。
(今度リクエストを聞いておこう)
 そのときは変なことを言わないよう、自分を保っていることも、付け加えておく。
 またふわりふわりと祝福の光に包まれ、ハロルドは慌てて辺りを見回した。
「ありがと!」
 しかし、薄暗いダンジョンの中では人影は見えず、ハロルドは首をかしげながらも、気にせず狩りに戻った。礼を言われる前に消えることに、やたらとこだわる辻支援好きもいるのだ。
 しばらくして支援が切れそうになった頃、ふわりふわりと光が舞い、待ち構えていたハロルドは素早くあたりに目を凝らした。
「・・・?」
 本人は慌ててしゃがんだのだろうが、地面から突き出た岩の上に、ぴよぴよとひよこちゃんが見えている。
(頭隠して頭装備隠さず・・・)
 人面桃樹によじ登るとか、チャッキーのチャックを開けて中身と入れ替わろうとするよりは良いかもしれないが、かなり間抜けだ。本人も気がついたのか、慌ててひよこちゃんを頭から取っている。
 あまり見ていても気の毒なので、ハロルドはさりげなく移動し、二階へのワープポイントへ足を踏み入れた。そして、明るさに目を慣れさせる間も無く踵を返した。
「「わあぁっ!?」」
 薄暗い一階のワープポイントで、目の前に現れた人物に、双方が同時に驚いてあとじさった。
「な、なにやっているんですか、サカキさん・・・?」
「き・・・休暇だ!」
 杖を腰に挿し、緑色の癖毛頭に黄色いひよこちゃんを載せているサカキが、聖職者だけが持てる銀色の鈍器を両手で握り締めて、顔を赤くしている。
「たまには狩りに出ないと、体がなまるし、えぇっと・・・チャッキーカードとか出たらいいなと思って・・・!」
 サカキには珍しく、わたわたと慌てる様子が可愛らしい。たまたまハロルドを見つけてこっそり支援をしたのがばれて、動揺しているのだろう。
 だが、ハロルドも同じくらい動揺していた。こんなところでサカキに会うなんて思っていなかったし、ついさっきまでどうやって告白しようかなんて考えてはいたが、本人を目の前にだされて今すぐする度胸はない。
「そ、そうですか・・・。気をつけて・・・」
 頭のどこかでユーインの声が「ヘタレー!」と言っていたが、ハロルドは心臓がバクバクいって、右手と右足が同時に出そうな感じだ。
(びっくりした・・・。そうだよな、まだ冒険者証持っているし、狩りぐらいするよな・・・)
 チェイサーの癖にぎこちない動きで、再びワープポイントを抜けると、空中に巨大な碁盤の島が浮く二階に出る。
 キャンキャンと寄ってきたコウを片付け、人面桃樹を割り砕き、次のワープポイントをくぐったところで、飛んできた雲の塊をぎりぎりで避ける。天邪仙人は大型なので、短剣を扱うハロルドには戦いづらい相手だ。
「ニューマ!!イムポシティオマヌス!!」
「!?」
 ぎょっと振り返れば、サカキが杖に持ち替えているところだった。
「ヒール!!ヒール!!」
 1kにも程遠い貧弱なヒールだが、ハロルドの擦り傷は全快した。
「な、なんで付いてくるんですか!?」
「余所見をするな!!次が来るぞ!!キリエエレイソン!!」
 わらわらと集まってきた天邪仙人とパピヨンの群れに、ハロルドは倒す順番を瞬時に判断した。
「俺が持ちま・・・」
「アドレナリンラッシュ!!」
「ええええ!?」
 ブラックスミスしか使えないはずのスキルをスクロールで発動させたサカキが、雄雄しく鈍器を振りかざし、ハロルドの苦手な天邪仙人を、びっくりするようなスピードで殴り倒していく。
 二人がかりでモンスターの群れを倒し、アイテムを拾いながら、ハロルドは複雑な気持ちだった。
「なんてレアなものを・・・」
「チハヤに押し付けられた」
「あぁ、なるほど」
 チハヤはサカキの双子の兄だ。特別な手順と金銭を積まねば手に入れられないアイテムも、弟大好きなチハヤなら横流しするだろう。
「ブレッシング!!速度増加!!キリエエレイソン!!」
「へぁっ!?」
 再び、ハロルドに祝福の光がまとわりつき、さも当然のように、ハロルドの二歩後ろを、サカキがついてきた。
 ハロルドは、舞い上がってしまいそうな嬉しい気持ちとは裏腹に、下心でいっぱいな自分を、できればその辺の碁石の陰に隠したい気分だった。