彼と彼氏の恋愛事情 −1−


 港町アルベルタの一角に、小さな教会がある。そこは若いプリーストが一人で切り盛りしており、毎週のミサや、貧しい地元民の子供を集めての小さな学習教室を開いたりしていた。
 身一つで冒険者になれるご時世だ。読み書きと簡単な計算さえできれば、子供だって稼ぐことができる。家業を継ぐかどうかは、もっと大きくなってからでも決められる。
「ふぅ・・・」
 帳簿と日誌を書き終わり、サカキはぐるりと首を回した。孤児院を併設していないので、自分の食い扶持さえ考えていればほぼ大丈夫なのだが、今月は何かと出費が重なった。狩りに出なければならないだろうが、教会を長く留守にすることはできないので、あまり遠くまでは行けない。
 ほとんどお飾りになっている冒険者証を取り出し、この教会に着任してから、あまり変化がない経験値バーを眺める。レベルが上がらないことに不満はないが、もう少し強くなってからの方が、狩りで稼ぐに楽だったかと考えなくもない。だが、サカキより長く教会に拘束されていたチハヤを、俗世社会に解放する条件ならばと・・・。
(考えたって仕方がない)
 現実は、そこそこの強さの自分がここにいて、時間も装備も限られている。教会を留守にする日を調整して、お知らせの張り紙を作ったところで、教会のドアが叩かれる音がした。
「はい」
 灯りを持って自室を出ると、礼拝堂に大荷物を抱えた男の影があった。
「こんばんは〜!」
「ハロルド?」
「は〜い」
 燭台に火を移していくと、茶色のふさふさ頭に子犬耳を装備したチェイサーが、にこにこと荷物を降ろしていた。白いファーで縁取られた濃い青紫色の職服は、腹回りがむき出しで、ある意味扇情的だ。
「すみません、夜遅くに。たまたまベルタに寄ったんで・・・」
 サカキはシーフの頃のハロルドを知っていたが、彼はあっという間にサカキを追い抜き、転生まで果たした。だが、子供のように無邪気な笑顔は、いくつになっても変わらない。
「これは?」
「寄付です〜」
 サカキが紙箱のひとつを開けてみると、なかにはクッキーやキャンディーなどが、どっさり詰まっていた。
「こっちは、紙と色鉛筆、インクとか・・・。そっちは食材なんで、一応保存はききますけど、お早めに」
「こんなにたくさん・・・」
「はい、これも」
 思わず受け取った、じゃらっと音のする皮袋の重さに、ぎょっとする。
「ちょっ・・・いくら入っているんだ!?」
「気持ち、です。寄付ってそういうものでしょ」
 ハロルドはへらへらと笑うが、一冒険者からもらうには多すぎる。ハロルドならこのぐらい稼げてしまうのだろうが、受け取る方は少し戸惑う。
「自分で使えばいいのに・・・。転生したんだから、装備とか、もっといいのを揃えるだろ」
「うーん、装備は、そんなにがんばらなくてもいいかなぁ。・・・それに、俺が欲しいもの、お金じゃ買えないんですよね」
 ハロルドが顔を赤くしてもじもじと言うさまに、サカキは微笑ましさを覚えると同時に、胸がずきんと痛んだ。
「・・・ありがとう。大事に使わせてもらう」
「あ・・・はい。んじゃあ、俺はこれで・・・」
「慌しいな。お茶くらい飲んでいけ」
「え・・・じゃあ、ちょっとだけ」
 ハロルドが持ってきたクッキーをお茶請けに、サカキはハロルドとしばらくぶりの話をした。
 明日、ギルドのメンバーとエンドレスタワーに上ること。上位二次職になって以前の狩場には楽に行けるようになったけど、なかなか経験値がたまらないこと。サカキの知らない、異世界の話・・・。
 ハロルドは楽しそうに話し、冒険者生活が充実していることをうかがわせた。サカキのように組織に縛られることのない、自由な生活だ。それを少しだけうらやましく思いながらも、サカキはハロルドの話を聞いているだけで十分だった。サカキは自分が、そんなに遠くまで行ける、強い翼を持っているとは思えなかった。
「それで、好きな子には告白しないのか?」
「え・・・」
 ハロルドが目を丸くしたので、サカキは勘違いしたかと首をかしげた。
「さっき、金で買えないと言っていただろ」
「あ・・・はぁ・・・」
 ハロルドの苦笑いが、少し元気ない。
「そんなに高嶺の花なのか」
「えぇと・・・どちらかというと、道ならぬ恋というか。むこうの方が年上で、俺のこと、子供にしか思っていないだろうし・・・」
 ハロルドが年上好きだとは知らなかった。サカキは少し思案する。
 たしかにハロルドは無邪気だが、子供っぽいわがままさはない。相手が年上なら、少し甘えたぐらいが可愛がってもらえそうだが・・・。
「言ってみなきゃわからないだろう。男の方が年上でなくちゃダメということもないし・・・。ハロルドの稼ぎなら、十分養ってやれるだろ?」
「はぁ・・・」
 本当に自信がないのか、ハロルドはしょんぼりと肩を落としている。
「まさか、いまどきシーフ系と付き合うのはけしからんという、厳格な家柄か」
「たしかに、相手はプリーストですけど・・・そこは気にしないんじゃないかな」
「それなら、いいだろ」
「でも・・・その人、男なんです」
「・・・は?」
 ハロルドがもじもじと搾り出した小さな声に、サカキは耳を疑った。
「男だと!?」
「ぅひぃっ!?す、すみません!!ごめんなさい!!嫌わないでぇ!!」
 涙目で縮こまるハロルドに、サカキは頭に血が上った自分を必死でなだめ、浮いた腰を椅子に落ち着けた。
「・・・なるほど」
「普通じゃないですよね?そうやって怒られるに決まっています。俺なんか、絶対相手にしてもらえません!気持ち悪いって嫌われちゃう〜!!」
 ハロルドの職服と同じ、綺麗な青紫色の目から、ぶわぁっと涙が溢れ、赤くなった頬にぽろりぽろりと伝った。
「ああ、すまん。泣くな。怒ったわけじゃないし、お前を気持ち悪いだなんて思っていない」
 ふえぇっと涙を拭うハロルドは、ずっと悩んでいたに違いない。サカキはハロルドのふさふさした茶色の髪を撫で、どう言ってやるべきか急いで考えた。
「最初はその相手だって驚くかもしれないが・・・ハロルドは十分魅力的だし、もっと自信を持って、真剣に好きだってことを伝えれば、付き合うのを考えてくれるかもしれないじゃないか」
「でも、断られたら・・・」
 よほど相手と縁が切れるのが怖いのか、目を真っ赤にしたままうなだれるハロルドに、サカキはできるだけ苛立ちを押さえて断言した。
「そんなハロルドの良さがわからないやつは忘れろ。寂しかったら、またここに来い」
 少し乱暴だったかと思ったが、サカキにはそれ以上言ってやることがない。相手がNOと言っているのに、ごねたって仕方がない。
 しかし、ハロルドは強くサカキを見つめ、また泣きそうな顔をした。
「付き合うって、えっちもしたいってことですよ?そんなの許してくれますか?」
 ハロルドが切羽詰っていることはよくわかったが、そんなことを言われるサカキの方が泣きたいくらいだ。
「相手もハロルドが好きなら、許してくれるだろう」
 額に手を当て、表情を隠して言ったが、それでもぞんざいさを隠すことはできない。
 ハロルドが暇を告げて教会を出て行くときも、ぼうっとしていて、速度増加をかけてやるのを忘れた。
「どうして・・・」
 自室に戻って、ドアを背に蹲るように座り込んだ。
 女の子だったなら、喜んで祝福した。悔しくて悲しいけれども、それが普通なのだ。だが、よりにもよって、自分と同じプリーストの男だなんて・・・。
「どうして・・・!」
 ハロルドが告白して、ふられてしまえばいい。そうして、サカキのいる教会に戻ってくればいい。・・・ひどいことを思っているのはわかっているが、胸が潰れそうなほど痛い。
「好きだったのに・・・」
 両腕に、法衣越しの爪が食い込む。ずっと我慢してきてのこの仕打ちがあっては、いまさら痛みの一つや二つが増えたところで変わらない。
 悔しかった。だから、もう遠慮するのはやめにしようと思う。ハロルドを幸せにできる奴ならいい。だが、泣かせるような断り方をしたら・・・。
 諦めるのは、ハロルドがサカキでない別の人と幸せになってしまってからでいい。
 サカキは調整した予定通り、教会を留守にすることに決めた。