一度だけのプレゼント−2−


 ここ数日でぐっと冷え込みが厳しくなってきて、今朝は特に、氷が張るほどの寒さだった。
 この建物は壁が厚く、暖炉にも火が入れられて暖かいが、サカキは寒気にくしゃみをした。
「うつされたな」
「だな・・・」
 アークビショップへと転職を果たしたサンダルフォンが苦笑いを浮かべる前で、サカキは熱っぽさに呻いた。やたらと喉が痛い。
 おそらく昨日回った集落で、ひどい風邪がはやっていたせいだ。今朝から喉が渇いてなんとなくだるかったが、ここにきて熱が上がってきたらしい。
「今年はもう休め」
「だが・・・」
「荷物ならマルコに渡せばいい。風邪菌を振りまく気か?」
 たしかにそうだ。サカキは途中で仕事を投げ出すのは嫌だったが、これではいるだけ迷惑だ。
「すまん」
「早く帰って、ハロルドに看病してもらえ。せっかくのクリスマスだというのに・・・」
 サンダルフォンがにやにやと笑みを浮かべていると、その腰までも身長がないような幼子が、とてとてとやってきて、サカキのボトムをつかんだ。
「たぬきのおじちゃん、かえっちゃうの?」
 サカキの頭にはタヌキ帽が載っており、いつものぼさぼさした癖毛が、納まり悪くはみ出している。ちなみに、サンダルフォンの頭にはパンダ帽が載っている。怖がらせないでインパクトのある装備をすることで、貧民街の人間に顔と名前を覚えさせないためだ。『動物の帽子をかぶった冒険者』と覚えさせれば、足がつきにくくなる。
 見上げてきた子供は、温かそうな服を着させてもらっているが、大きな目のわりに頬がこけ、その手足は枝のように痩せている。あまり表情が動かず、そのかさついた唇から出た声も、子供にしては低くうつろで、力がない。
「来年もいい子にしていたら、また来てやる」
「いいのか、そんな約束して」
 サンダルフォンは子供に聞こえないような小さな声を出したが、サカキはじっと見上げてくる子供に対して頷いた。
「・・・約束だ。元気でな」
「うん。ばいばぁい」
 大人しくサカキのボトムを放した手は、今度はサンダルフォンの法衣をつかんだ。
「ぱんだのおじちゃん・・・」
「よぉし。では、私と遊ぼうか」
 幼子を抱き上げて手を振るサンダルフォンに、サカキは軽く手をあげて、広い施設の出口を目指した。
 そこはプロンテラから西に出た郊外で、ゲフェンを囲む内海を南に臨む、人気の少ない場所だ。どちらの町からも離れていて不便ではあるが、人目を避けて住みたい人間にはもってこいの立地だ。強いモンスターもおらず、ボーカルがぎしぎしと歌っているのどかな場所だ。
 サンダルフォンが私費を投じて作ったこの施設には、貴族の所有印を体に刻まれながら捨てられた人間や、身内が自殺や投獄されたりなどで職を失った人間など、騎士団にも大聖堂にも助けてもらえない人々が、身を寄せ合うように暮らしていた。
 貴族の所有印というのは、みつきの首輪にあるクラスターの紋章などのことだが、本来は庇護やお仕着せ、身元証明の役割をする。この場合、国家機関はその者に手出しできず、すべて所有する貴族が責任を預かることになっている。ところが、首輪のように着脱が出来ない刺青などで体に直接刻まれた場合、貴族の庇護を離れても所有権だけは消えず、騎士団や大聖堂がそれを助けることは出来ないのだ。徹底的に火で焼くなどして、刺青を消すしか方法がないが、それをしたあとの治療費がない。
 働きたくても自分の責任ではない理由で断られ、貧しい中で病を患い、食べ物を得ようにも動けなくなっていく。ほとんどが、サンダルフォンに拾われる直前まで、貧民街で死にかけていた人たちだ。
 健康さえ取り戻せば、働くための技術を学ぶ事ができるし、そこからサンダルフォンのツテで職を得ることも出来る。若ければ冒険者になる道もある。
 にわかには信じられない話だが、あのサンダルフォンも貧民街出身なのだそうだ。大聖堂に縛られない冒険者のプリーストに助けられて、同じ聖職を志したのだとか・・・。
 冒険者制度によって、力ない子供から死んでいくようなことは、昔よりは減ったが、それでも先ほどのような幼児が取り残されている場合がある。
「・・・・・・」
 両腕にシーツや毛布などを抱えたアサシンの青年が、通路ですれ違いざま、視線を合わせずにサカキに会釈していった。
 ここの管理や収容者の世話は、サンダルフォンの息がかかった者、あるいは、懐柔された者やその家族がしている。こちらも、一筋縄ではいかない経歴がついていたりするらしい。
「マルコ」
 倉庫で資材や備品の整理をしていたハイプリーストが振り向く。先日めでたく転職し、いまは頭にくまの帽子をかぶっている。
 サカキは事情を説明し、カートに積んだ食糧や医薬品、それに燃料用の安い木屑類を、マルコに渡した。
「足りなかったら、遠慮なく言ってくれ。俺が動けなかったら、ハロルドに頼むから。あいつの方が、たくさん持てる」
「気にしないでください。いつも助かっています。それより、サカキさんの体の方が心配です。ゆっくり休んでください」
「悪いな」
「とんでもない。お大事に」
 ポータルを出そうとするマルコをさえぎって、サカキは蝶の羽を取り出した。よいお年を・・・そう手を振るマルコにも手をあげ、サカキは一瞬で首都に飛んだ。
「うっ・・・」
 視界が狭まるような暗さと同時に、平衡感覚が定まらなくなって、サカキは近くの街灯にもたれて座り込んだ。転送酔いするなど、かなり重症だ。
『ハロルド』
 サカキのwisに、ハロルドはすぐ答えてくれた。
『風邪ひいたみたいだ。これから帰る』
『まじですか!?晩御飯、なにか食べやすい物にします?』
『いや、食べられると思う、けど・・・まだ露店中だろ?』
『俺もこれから帰るところです!』
 いやに張り切った声だと思ったら、別の男からのwisも繋がった。
『鬼の霍乱か?』
『誰が鬼だ』
 クラスターのからかう声に、サカキは頭痛がひどくなるような気がしてきた。
『そこに・・・ハロルドといるのか』
『みつきと待ち合わせをしていてな。・・・みつきが、お大事に、だと』
『ああ』
『わんこならもう行ったぞ。さっさと帰れ』
『わかってる。じゃあな』
『おう。来年もよろしくな』
 得意先であるクラスターの、機嫌の良さそうな声を追い出して、サカキはぐったりとため息をついた。
 眩暈が治まるのを待って、よろよろと立ち上がる。いつもよりカートが重く感じるが、中身の大半をマルコに渡してきたおかげで、なんとか引っ張っていけそうだ。薬は家に常備薬があるから、しばらく動けないことを考えて、カプラ倉庫から紅茶やハチ蜜を取り出す。
 今年は時間をとって、ハロルドとルティエに行こうと思っていたのに、これでは台無しだ。
(先に作っておいてよかった・・・)
 緑色の包装紙に包まれた、サカキの名前入りプレゼントボックスと、同じく金色のクリスマスリング。ずっと欲しがっていたから、喜んでくれるだろう・・・。
 休み休みアパートまでたどり着くと、すでに帰っていたハロルドがすっとんできた。
「サカキさん!」
「ハロ・・・」
「いま温かいもの作りますから、寝ててください」
「ん・・・」
 ハロルドが手際よく作ってくれた湯たんぽでベッドを温めつつ、サカキは痛む節々を丸めて布団をかぶった。こんなにひどい風邪は久しぶりだ。
 気休めにキャンディーを舐めつつ蹲っていると、いい匂いが漂ってきた。まだ吐気がないのが嬉しい。
「サカキさん」
 心配そうなハロルドの声に頭を出すと、ポリン柄のエプロンをつけたハロルドの手が、サカキの額に当てられた。冷たくて気持ちがいい。
「すごい熱ですよ。起きられます?」
「たぶん」
 かすれてほとんど出ないような声になってしまったが、それでも外にいたときよりは楽になり、サカキは上着を羽織ってベッドから抜け出した。
「・・・すごい」
 食卓に置かれたのは、キノコの入ったクリームチーズリゾットで、タレの絡んだミートボールと、野菜のピューレを混ぜてあるらしい玉子焼きが添えられていた。
「クリスマスディナーだ」
「こんなに急でなかったら、もっと豪勢にしたかったんですよ」
 チキンもオードブルもお酒もケーキもないのに・・・とハロルドは不満げだが、サカキはこれで十分だ。むしろ、いまはパーティーメニューを食べられるような元気はない。
 ハロルドの愛情がこもったリゾットを幸せな気分で腹に収めると、丁寧に皮をむき、ヘタや種を取り除いたフルーツの盛り合わせが、ヨーグルトとハチ蜜をかけた状態で出てきた。かいがいしいにも程がある。
「ハロは、俺にはもったいないな」
「なに言ってんですか。ホットパンチ作ります?それとも、いつものハチ蜜入り紅茶がいいですか?」
「ホットパンチがいい」
「わかりました」
 再びキッチンに向かうハロルドを見送り、サカキは薬箱を漁りに席を立った。