一度だけのプレゼント−3−


 日が落ちてから雪が降り始め、冷え込みがさらに厳しくなった。
 ハロルドが作ってくれたホットパンチで温まり、自家製の薬で苦しさは和らいだが、まだ背中や腰が鈍く痛み、顔が熱い。
 ハロルドにうつしては嫌なので、サカキは自分の部屋にもどれと言うのだが、ハロルドは頑としてそばで看病すると言い張る。
「ハロ・・・」
「だって、こんなに熱が・・・」
「ちがう。手ぇ出せ」
「?」
 サカキの額に冷たいタオルを乗せるために、冷えてしまったハロルドの両手のうち、サカキは左手をとった。
「欲しがってただろ」
 内側に小さくサカキの名前が刻まれた指輪を、ハロルドの薬指にはめてやる。サカキの指よりだいぶ太いのだが、サイズはよかったようだ。
「サカキさん・・・」
「本当は、ルティエに・・・今年は、ハロルドと行こうと、思っていたのに・・・」
 ごめんな、と手を握ると、無骨な手がきゅっと握り返してきた。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「そか・・・。ハロが、大事なんだ・・・だから、部屋もどれ・・・」
 胸の中が腫れた様に息苦しく、目も開けていられなかったが、照明が絞られたのはわかった。ハロルドが言うことを聞いてくれた安堵に、サカキはやっと力を抜いて眠ることができた。

 カーテン越しの光に目を覚ますと、サカキは寝返りをうった。額から落ちてしまったタオルが、ひやりと頬に当たってびっくりする。喉が渇いたが、寒くて布団の外に出たくない。
(ん・・・?)
 タオルを退かそうとした左手に違和感を覚え、目の前にかざしてみる。薬指に、金色の指輪があった。
 まさか自分の物かと、ぴったりとはまった指輪を苦労して外してみると、内側にはハロルドの名前が刻まれていた。
「・・・・・・」
 ハロルドに渡した指輪なら、サカキには大きすぎるはずだ。なぜ先にそれを気付かなかったと、情けない苦笑いが零れる。
 嬉しさに口元を緩めながら、サカキはもう一度ハロルドのリングを自分の指にはめた。こんなに嬉しい気分になるのなら、もっと早く交換していれば良かった。
 寒さを避けて布団の中にもぐったが、気分が浮かれて寝ていられない。こんなに心が弾むクリスマスは、子供の頃、両親と兄と暮らしていたとき以来ではないだろうか。
 サカキは起き上がってカーテンを開け、眩しさに目を細めながら窓を開けた。ひんやりとした、清清しい空気が流れ込んでくる。
「積もったか・・・?」
 昨夜の雪が屋根や日陰に残っていたが、今日は天気が良さそうなので、昼頃には溶けてしまうかもしれない。
 上着を羽織って立ち上がると、まだくらりときたが、昨日ほど苦痛はない。ベッド脇のサイドテーブルには、水差しとコップが置いてあった。
 玄関の開く音がしたので、サカキはベッドの端に座って待つことにした。予想通り、寝室のドアがハロルドによって開けられた。
 心配そうな表情だったが、サカキが起きているのを見ると、サカキの好きなにっこり笑顔になった。
「サカキさん、おはようございます。起きて大丈夫ですか?」
「なんとか」
 ぴとっとハロルドの額が、サカキの額にくっつく。
「うーん、まだちょっとありますね。今日明日は、まだ出かけないで寝ていた方がいいですよ」
「ん・・・」
「朝ご飯食べられます?リンゴのコンポート作ってきました」
「食べる」
 窓を閉めると、サカキは自分で紅茶を淹れるべく、欠伸をしながら立ち上がった。
 甘い物が好きなサカキのために、マーマレードをたっぷり入れたパンケーキにハチ蜜がかけられ、ハロルドお手製のアップルコンポートもよい艶が出ている。野菜ジュースにはブドウ果汁が加えられ、とても飲みやすくなっていた。
「美味い」
「よかった」
 にっこり微笑むハロルドの、左手の薬指に、金色のリングがある。それが、サカキにはなぜか嬉しかった。
「ハロ、指輪ありがとな。朝起きてびっくりした」
「あ・・・」
 みるみるうちに、ハロルドの顔が赤くなり、嬉しそうに緩んでいく。
「あの・・・わがまま聞いてくれて、ありがとうございます」
「かまわん。もっと早くやっておくんだった」
「え?」
「ハロが嬉しそうな顔するし、俺も嬉しかった」
 ハロルドの顔がますます赤くなって、両手に包んだハーブティーのカップを、もじもじといじっている。
「あの、俺・・・も、嬉しいです。やっと、サカキさんの名前が入った指輪もらえて、俺の名前が入った指輪を持ってもらえて・・・。俺、武器作れないし・・・自分の銘が入った物、サカキさんに持っていてもらえなくて・・・」
「それで指輪にこだわっていたのか」
「はい・・・」
 きゅ〜んとしょぼくれたハロルドの頭を撫で、サカキはいじらしい恋人を微笑ましく思った。
「可愛いな、ハロは」
「そ・・・ぅですか?」
「うむ。風邪ひいてなかったら、このまま押し倒したい気分だ」
「はうっ」
 アマツの温泉でのことを思い出したのか、ハロルドの表情がひきつる。
「そうだ、こっちをまだ渡していなかった。メリークリスマス」
 サカキの名前が入った、緑色のプレゼントボックスを、ハロルドが受け取る。
「ありがとうございます。俺のもどうぞ。メリークリスマス」
 ハロルドの名前が入った、緑色のプレゼントボックスが、サカキの手の中に移る。
「あり。あけるぞ」
「はい」
 二人同時にリボンを解いて包装紙を破り、ぱかぱかっとふたを開ける。
「四葉のクローバーだ」
「こっちはオリが出ました!」
 どちらもレアが出て、頬がにやける。何度やっても、この箱開けの瞬間は楽しい。
 サカキがウサ耳でも作ってハロルドに付けさせようかと考えていると、ハロルドがじっと見ているのに気付いた。
「なんだ、コレ欲しいのか?」
「い、いえ・・・。なんでもないです。それより、まだ熱が下がりきっていないんですから、大人しく寝ててください。その間に、キッチンの大掃除やらせてもらいますから」
「お、ぅ・・・わかった。頼む」
「はい」
 すっかり主夫と化したハロルドが、気合も十分に腕捲りをする後姿を、サカキは苦い風邪薬をハチ蜜入り紅茶で流し込んで見送った。
 そして、自分の左手を、まじまじと見つめる。まさか自分の左薬指に指輪がある日が来るなど、想像もしていなかった。金色のリングは、ハチ蜜を入れた紅茶よりも、レモンを入れた紅茶の色に近い色をしている。
(こんなに、落ち着くものか・・・)
 サカキは無くてもかまわなかったのだが、こうして二人が互いの名前が刻まれた同じ指輪をしているのを見ると、今まで以上にしっかりとした結びつきが出来たような気がする。サカキですらそう思うのだから、これなら、ハロルドが不安な気持ちになることも少なくなるだろう。
(自分の銘を持っていてもらいたかったか・・・たしかにな)
 ハロルドがサカキ以外の人間が作ったポーションを持っていたら、それは・・・ちょっといい気はしない。
 サカキは、ハロルド付き合うようになってから次第に増えた微笑を浮かべた。
「ハロ」
「はい?」
「二つは作らんぞ。失くすな?」
「は・・・はい!当たり前じゃないですかっ!」
 右手にたわしを持ったままのハロルドの、握り拳になった左手に、自分と同じ輝きがあるのに満足して、サカキは寝室に戻った。とにかく、体調を元に戻さないことには、いちゃつくことも出来ない。
 サカキの名前がハロルドの肌に触れていて、ハロルドの名前がサカキの肌に触れている。それは、とてもロマンチックでありながら、ひどく官能的な気配を持っていた。
「最高のプレゼントだ」
 ベッドに寝転がって左手を光にかざし、サカキは眠るまで、飽きずにその輝きを眺めていた。この指輪に刻まれた名前の持ち主に繋がれたことを、幸福に思いながら。