一度だけのプレゼント−1−


 楽しげなクリスマスデコレーションされた街路で、ハロルドは一人で露店を出していた。
 木枯らしや石畳で冷えるので、ロングコートやマフラーで防寒。頭にはサンタの帽子を載せる。
 ハロルドは純戦闘型なので、露店を出すスキルは高くない。品物はあまり並べられないが、未包装のプレゼントボックスや指輪などの季節商品もある。
「いらっしゃいませー」
「あれ、サカキさんは?」
「用事で出かけているんです。ポーションとか預かっているんで、お売りできますよ」
 ほっとした顔の常連に、ハロルドはサカキの銘が入ったホワイトスリムポーションを袋に詰めて差し出した。
「毎度ありです。よいお年を〜」
「来年もよろしくね〜」
 客を笑顔で見送ると、ハロルドは冷たい手に息を吹きかけた。今日はやけに冷える。見上げた空は曇りがちだから、雪でも降るのだろうか。
(・・・会いたいなぁ)
 ハロルドは、となりの空席をしょんぼりと眺めた。
 毎年十二月の半ばから年末にかけて、ハロルドはあまりサカキと一緒にいる時間がない。ずっと前からの習慣だそうで、サカキはサンダルフォンのボランティアを手伝っているのだ。
 あの金取り魔人なサンダルフォンがボランティアというと妙な気分だが、あれでも一応高位聖職者であることを考えれば、納得できそうな・・・でも、微妙に首を傾げたくなる。
 ハロルドも手伝いたいと言った事があるのだが、サンダルフォンの『個人的な慈善活動』なので、人手はありがたいが、下手をすると色々なところから目をつけられかねないのだとサカキに止められた。・・・どんな慈善活動なのか、やたらに気になる理由だ。
(今年もプレゼント交換だけで終わりかなぁ・・・)
 ハロルドの名前が入ったプレゼントボックスは、もう用意してある。互いに、特に欲しいものもないので、毎年これですんでしまうのだ。ひとつを除いては・・・。
(ゆびわ・・・)
 名前が入った指輪を作れるのは、クリスマスの時期だけだ。結婚できないカップルが、互いの名前の入った指輪を交換するのは、かなりメジャーなやり方で、クリスマスは特に指輪を買い求める客が多い。
 人並みだが、ハロルドもそれをやりたいと思っている。サカキは、こういうことにあまり興味がないようだが・・・。
 ハロルドは、サカキの銘が入った試験管を手に眺め、小さくため息をついた。あまり使うことはないが、緊急用にとサカキが持たせてくれているのだ。サカキの銘は、いつもハロルドのそばにある。だが、その逆はない。
 ハロルドは武器製造のスキルを持っていない。鍛冶屋の癖に、ナイフ一本打てないのだ。
 一時は取ろうかと思い、それとなくサカキに話を振ってみたのだが、どの系統の武器を作りたいのかと逆に聞かれ、返答に窮した。サカキが前衛型だったなら、ハロルドが作った武器も役に立ったかもしれない。だが、後衛型として魔法剣を携帯するサカキには不要だ。実用的でないものを学ぶより、サカキを守れる力を得ようと、ハロルドは戦闘技術を磨くのに専念した。
 ただ、恋人の銘が入った武器を持っている人を見ると、少しうらやましく思うのは事実だし、サカキの銘が入ったポーションは、ハロルド以外にもいろんな人が持っている。
 だから、ハロルドは自分の名前が入った指輪をサカキに持っていてもらいたかったし、サカキの名前が刻まれた、世界でたった一つの指輪が欲しかった。そんな考えをしている自分を、女の子みたいだとハロルドは思うのだが、サカキほど物に頼らないで心を保つ強さを持ち合わせていない。
 ジーンズのポケットの中に、すでにハロルドの名前が刻まれた指輪の感触があり、またひとつため息が出た。消耗品であるプレゼントボックスとは違い、いつまでも残る指輪を贈られるのは、双方が望まなければ重いだけだ。
 浮かない顔で膝を抱えるハロルドが、クリスマス前に彼女に振られた寂しいシングルベルだと勘違いした一見さんが、やたらと激励しながらレモンやプレゼントボックスを買っていってくれ、ハロルドは雪が降り出す前に店じまいをしようかと考え始めた。
「ハロさん」
「あ、みつきさん。こんにちは」
 こんにちは、とにっこり笑顔を見せたのは、黒い猫耳のカチューシャをつけたマーチャントだ。手のひらに納まってしまう子猫のような可愛らしさだが、これでもハロルドよりひとつ年下なだけだ。
「今日はサカキさんと一緒じゃないのね。喧嘩でもしたの?」
「ちがうよ!今日は、用事があっていないだけ」
「ふ〜ん。なんだか暗ぁい顔しているんだもの」
 みつきは少し首をかしげながら、くすくすと笑う。
「少しの間、隣いいかな?それとも、サカキさん専用?」
「そんなこと・・・どうぞ」
「ありがとう」
 丸太のカートを牽いて、みつきがハロルドの隣にちょこんと座った。
「うふふ。サカキさんとハロさんって、いっつもべったりなんだもん。クラスターさんが来るまでね」
「ひぃっ・・・」
 ハロルドはBladerのギルマスが、いつまでたっても怖そうで苦手だ。なんというか・・・蛇に睨まれた蛙とか、MVPBOSSに睨まれたノービスとか、そんな気分だ。
「はい、メリークリスマス」
 黄色い包装紙で包まれたプレゼントボックスには、みつきの名前が入っていた。
「ありがとう!メリークリスマス!」
 ハロルドも緑色の包装紙で包まれたプレゼントボックスをみつきに渡した。包装紙の色は、冒険者のレベルごとに決められているそうだ。
「わぁ。ハロさんレベル90以上あるのね!・・・あら、カート替えないの?」
 ハロルドのレベルならば、一番ランクが高いドームカートの使用が許されているはずだ。それなのに、いままでどおり、パンダカートを牽いている。
「うん。このカートが好きだし、その・・・90以上だって意識されたくないんだ」
「ふ〜ん・・・それって、誰かじゃなくて、サカキさんに、よね?どうして?転生目指せって言われるのかしら?」
 なんで女の人はこんなに鋭いんだと、ハロルドは苦笑いを片手で覆う。
「転生したら、また子供からやり直しだし・・・。その間、サカキさんの手伝いができなくなっちゃうだろ?」
「いいじゃない。ハロさんが子供の間は、サカキさんがハロさんをてつだ・・・えないわね」
 製薬を生業とするサカキは、はっきり言って支援には向かない。ポーション投げるぐらいだろうか・・・。
「でも、いまは三次職まであるのよ。ハロさんがもっと強くなった方が、サカキさんを助けてあげられるんじゃないかしら?」
「そうかなぁ・・・」
「一度、ちゃんとお話してもいいんじゃないかな」
「うん・・・考えておく」
 何も言わずにいきなり光ってしまうのも、恋人というより相方として少し問題だろうか。・・・言い出すのは、まだ気が進まないが。
「ところで、ハロさんてサカキさんの指輪しているんでしょ?見せて!」
 青い目をキラキラと輝かせるみつきに、ハロルドは困ってしまった。
「まだ、貰ってないよ」
「ええええっ!?冗談でしょう?」
「本当だよ」
 ハロルドはグローブを抜いて、飾り気のない左手をさらして見せた。
「どうしてぇ?もったいないよ」
「そんなこと言ったって・・・サカキさん、興味ない感じで・・・」
「うーん・・・サカキさんたら、意外と朴念仁なのね」
「ぼ・・・」
 たしかに普段から愛想はないが、女性に言われると、また破壊力が違う。ハロルドは乾いた笑いを漂わせるしかない。
「そう言うみつきさんは?」
「私はこれがあるからいいのよ」
 そう言って暖かそうなクリーム色のマフラーをずらすと、みつきの首にはいつもの鈴とドックタグがついた首輪がはまっていた。
「お姉ちゃんから聞いたんだけど、クラスターさんて、本当はすごーく立派な家柄の人なんですって。相続とか親族の派閥とか、とっても面倒だから冒険者をしているのだけれど、お嫁さんになろうとすると色々危ないだろうって。だいたい、私たちハロさんたちよりも歳の差があるのよ?クラスターさんだって、もっと歳の近い女の人がいいんじゃないかしら」
 たしかにクラスターは下半身含めてやりたい放題だが、みつきに対する可愛がり方は少し違うと、ハロルドは感じている。だがみつきは、それには期待を込めた評価をしていないようだ。
「クラスターさんにとっても私にとっても、このままのほうがいいのよ。もしも将来、神様のお導きがあれば、それはとても嬉しいことだけど・・・」
 みつきは少しだけ寂しそうな微笑を浮かべたが、気丈な言葉の調子は、少しも揺らがなかった。
「私、せっかく自由になったクラスターさんの足枷にはなりたくないの。だからいまは、クラスターさんに時々会って、これがあれば十分よ」
 みつきは強いと、ハロルドは心から思った。好きな人が他の人と関係を持っているのを容認しながら、それでも自分のスタンスで愛し続けるなんて・・・。そばにいられるだけでと思っていた友達の頃ならまだしも、恋人になったいまは、とても真似できないと思う。
「すごいなぁ。俺、そんなに辛抱強くいられなさそう・・・」
「ハロさんはハロさんじゃない。私逆に、ハロさんをすごいと思うのよ?あの怖そうなサカキさんと一緒にいるんだもの」
「それはお互い様・・・」
 やや情けない表情で苦笑うハロルドに、みつきはくすっと噴きだした。
 ハロルドはペロスみたいなドラゴンに跨った、長い黒髪のルーンナイトが来るまで、みつきとたわいない話を続けた。