星は願いをかなえない −1−


 サカキとハロルドは、いつも賑わっているプロンテラの大通りの一角で、珍しい緑を売っている商人を見つけた。
「わぁ、笹だ!」
「もうそんな時期か」
 水を張ったバケツに入れられた、フェイヨン産の笹束が、風に吹かれてさらさらと揺れている。もうすぐ七夕だ。
 二人ともアパート暮らしなので、部屋の高さを越えるような大きいものは飾れない。あれこれと探し、ハロルドの背より少しだけ高い一本を選んだ。
「小さいわりに硬そうですね」
「そのほうが、都合がいい」
 ハロルドが笹を担ぎ、サカキが雑貨屋で飾りに使う色紙の類を買い込む。兄弟の多いハロルドの実家が、イベントにはまめな家庭なので、二人で過ごすうちに年中行事は人並みにやるようになった。

 サカキの部屋の窓辺に笹を括りつけると、二人は早速飾り作りを始めた。ハロルドが色紙を短冊サイズに切り、穴をあけ、紙縒こよりを通していく。サカキがそのほかの飾りを作るのだが・・・。
「いつも見てますけど、すごいですねぇ・・・」
「作り方がわかれば、誰でもできるぞ」
 傍らに広げた「手作り七夕飾り」という本を時折見ながら、サカキは器用に、豪華な飾りを作っていく。
「でも、折り紙の本とかそういうの・・・わかりにくいじゃないですか」
「まぁ・・・細かく変化する三次元のものを、二次元でわかりやすく現すのは、ちょっと難しいな」
 サカキは本に示された、複雑な折り切り繋ぎ絡みを巧みに読み取り、「星」「織姫と彦星」「紙衣」「あみ飾り」「輪つづり」はもとより、「星つづり」「飾り付きふき流し」「鶴」「きんちゃく」「くすだま」といったものまで作っていく。それを、ハロルドが糸や紙縒りを通し、順次飾っていった。
「どうでしょう?」
「まぁ、こんなもんだな」
 飾りだけで、わさっと豪勢になった笹を眺め、サカキは頷く。
 次に、短冊に願い事を書く段階だが・・・二人ともに「商売繁盛」と書くのは、マーチャント系の悲しい性か。
(サカキさんと、ずーっと一緒に、いられますように・・・っと)
(ハロルドといつまでも一緒にいられるように・・・)
 この辺も同じ。それが並んで飾ってあって嬉しいのだから、どこまでも幸せなイチャップルだ。
 そのとき、サカキの部屋の玄関を叩く音がした。
「こんにちはー」
 訪ねて来たのは、アルビノのアークビショップ、クロムだった。
「わぁ、もう笹飾ってあるんですね!うちも溜まり場に飾るんですけど、お二人に短冊書いてもらおうと思って」
 クロムが所属するギルド「エルドラド」の溜まり場は、一軒の酒場だ。そこの店内に飾るらしい。
「えぇっと・・・なんて書こう」
 飾られるのが多くの人の目に留まる場所だと、常識的に理解しているハロルドは、しばし悩んだ末、無難に「商売繁盛」と書いた。
「はい。サカキさんはなんて書いたんですか?」
「ん」
 ぴらっと出された短冊には「バケツプリンアラモード希望」。
「ぷっ」
「ええっ、これお店へのメニュー追加願いですか?」
「・・・個人的な願い事だ。でかいのを食いたい」
 クロムとハロルドに笑われ、サカキは憮然と唇を尖らせた。二十人分ぐらいの巨大プリンに、アイスや生クリームやフルーツが載ったデザートが、サカキの頭の中にはあるようだ。
「ついでだ。クロムも書いていけ」
「え・・・じゃあ、お言葉に甘えて」
 うーんと少し考えて、クロムは「平和でありますように」と短冊に書いた。
「はい。突然お邪魔しました。ありがとうございます」
 サカキとハロルドの短冊を持ってクロムが帰ると、ハロルドはクロムが書いた短冊を、笹の枝に括りつけた。
「・・・なんだか、いろんな意味にとれそうですね」
「平和、なぁ・・・」
 聖職者として書いたのか、エルドラドのサブマスとして書いたのか、ユーインの恋人として書いたのか、クロムの個人的な心の平穏を願ったものなのか・・・。
「苦労が多いんでしょうか・・・」
「騒がしいのも平和の一部だ」
 心配そうなハロルドに、もはや諦めモードのサカキは、あまり気にするなと肩をすくめた。


 大きな鍋の前で、ハロルドは眉間にしわを寄せて、時計とにらめっこをしている。ここが辛抱のしどころなのだ。
「・・・そろそろ、いいかな?」
 弱火で二十分ほど蒸し、火を止めて五分。鍋も冷えてきた。
 水滴が落ちないように、内側をふきんで覆ったフタを、ぱかっと開けると・・・。
「で、できた・・・かな?」
 底の方に湯が残ったなべの中のボウルには、薄黄色の何かが満ちている。ハロルドがそっと取り出しても、不安定に揺れず、ちゃんと固まっているようだ。
 ハロルドは、今度はそれを、氷片で満たしたタライに安置し、埃が入らないように覆いをかける。
 ボウルプリン。さすがに普通のバケツで作るのは無理だ。ハロルドが用意できる一番大きな鍋に入る、比較的底の深いボウルで作ったプリンは、それでも十人前ぐらいありそうだ。
「えへへ。サカキさん、喜んでくれるかなぁ」
 いそいそと大きなパーティー皿を出し、飾り付けのフルーツやゼリーを準備する。今回は七夕仕様に、星形や球型にカットするなど、可愛くするつもりだ。
 軽めの夕食を準備しながら、窓の外を眺めると、少し曇っている。
「今年も天の川見られないかなぁ・・・」
 そもそも、この慣わしが始まった地方とでは暦が違うので、この季節のプロンテラでは、なかなか綺麗な星空にならないのだ。
「・・・そういえば、なんで星が願いをかなえてくれるんだろう?」
 たしか、天の川の対岸に離れて住んでいる織姫と彦星が、一年に一度会うという昔話だった気がするが、そこからどうして願い事が叶うに発展するのか知らない。
(サカキさんに聞いてみよう)
 ハロルドにとって、サカキはなんでも知っている星のようだ。
 ボウルの内側に、慎重に隙間を作り、皿をかぶせて気合一発。
「うぉりゃっ!!」
 大きな皿と中身の詰まったボウルの重さをものともせずにひっくり返し、ハロルドは祈るように揺すった。
 ず、ず・・・ずずるぅ・・・ぼよよんっ。
「!!」
 軽くなったボウルを、そっと持ち上がる。
「よっしゃッ!!」
 角がほとんどなく、全体的に丸みの多いボウルだったおかげか、崩れることなく、カラメルソースがかかった巨大なプリンが、白い皿の上に出現した。
 ハロルドは感激しながらも、綺麗に飾りつけ、巨大プリンアラモードを完成させた。
「できたー!!さーかーきーさーん!!!」
 ハロルドは大きな皿を抱え、隣に住む恋人の部屋へと急いだ。