星は願いをかなえない −2−


 巨大プリンアラモードを前にしたサカキは、目を輝かせてハロルドを見上げた。
「食べていいのか・・・?」
「はいっ、もちろんです!・・・あ、でも、晩御飯のあとでですよ」
 巨大プリンを中心とした山脈を見つめたまま、何度も頷くサカキには、ボウルプリンが宝石のようなゼリーをちりばめた生クリームで盛装し、桃やメロンでできた庭園で微笑む王子様に見えるに違いない。
 男体盛りとかいう単語がハロルドの頭に浮かんで、自分の想像にムカついたが、頬を染めて子供のようにはしゃぐサカキに、そんなことはどうでもよくなる。
「すごいな・・・食べてみたかったんだ。ハロルド、ありがとう!作るの大変だったろう」
 サカキにぎゅうっと抱きつかれて、頬にキスをもらって、ハロルドもとても嬉しい。
 焼肉などをレタスで巻くお手軽な夕食の後、嬉しそうに巨大プリンを食べるサカキを、ハロルドは幸せな気分で見つめる。
「美味い!」
「よかったです。・・・クリーム付いてますよ」
「ん」
 サカキの口の端にくっついた生クリームを指先で拭い、ハロルドはぱくりと舐め取った。・・・けっこう甘い。
 きちんと夕食を食べたのに、デザートはベツバラと証明するがごとく、サカキはすでに半分を食べ終わっている。ハロルドは先ほど疑問に思ったことを質問した。
「ねぇ、サカキさん。どうして七夕では、星に願い事するんですか?」
「んぐ?・・・七夕に願い事をするのは、機織娘はたおりむすめたちが、自分たちの技術向上を願って祀ったのが最初らしいぞ。織姫は機織の名人だからな」
「なるほど〜」
「働き者の織姫と彦星だったが、結婚したら新婚生活が楽しくて仕事をしなくなった。それで天の川の両岸に引き離され、一年に一度だけ会えるようになった・・・そういう話だ」
「ロマンスにしては、なんだか夢がないですね」
「そうだな。織姫は神々の服を作る布を織っていたから、神々も困ったんだろ。一人に仕事が集中しすぎて、ハネムーンどころか結婚生活まで管理されるなんて、気の毒なことだ」
 あのでかいプリンが、細身の体のどこに収まっていくのやら、話しながらもサカキの手は止まらず、綺麗になった皿の範囲が広くなってきた。
「まぁ、仕事が上手になるように願うのは、いい習慣だと思う」
 飾られたサカキの短冊には、「製薬が上手くなるように」という一枚もある。
「あれ?」
 ハロルド目を凝らす。笹飾りのなかに、きらりきらりと光る、硬質な光があった。
「なんですか、あの飾り?」
「見て来い」
 ハロルドが席を立って笹を掻き分けると、小さなガラス瓶がいくつもぶら下がっていた。
「ええっ!?ポーション瓶じゃないですか。しかもちっちゃ!」
 ハロルドの親指の先ほどしかないような、小さな小さなポーション瓶だ。持ち手に糸が通されて吊るされており、コルク栓まで付いている精巧さだ。
「中に何か入っています?」
 ミニチュアポーション瓶の中に、折りたたんだ紙片のようなものが入っている。
「星はきいてくれない、俺の願い事だ」
「え?」
 ハロルドがサカキを見ると、ほとんど食べ終わったサカキが、口元をニヤリとゆがませた。
「見たいか?見てもいいが、瓶一個に付き、お菓子一個だ」
「え、あ・・・ぅ」
 せっかく瓶に詰められているのだから、見られたくないのだろうか。でも、条件が付いたということは、むしろハロルドが見るのを期待しているということか・・・。それに、「星はきいてくれない」という内容も気になる。見ない方がよかったらどうしよう・・・。
「うー・・・」
「そんなに悩むことか」
 サカキは呆れるが、ハロルドはサカキのように頭がよくないのだ。悩んでいてもしかたがない。とりあえず一個、見せてもらおうと結論をつける。
「キャンディーでいいですか?」
「ん。プリン美味かった、ご馳走様。・・・はぁ、喰った喰った」
 サカキは腹を擦り、その前には綺麗に空になった大きな皿。この状況で、まだお菓子を要求するらしい。
「あんまり食べ過ぎると、おなか壊しますよ・・・」
 そう言いつつ、ハロルドはキャンディーをひとつ、サカキに手渡した。
「ええと・・・ど・れ・に・し・よ・う・か・な」
 ぶら下がっているポーション瓶のひとつを外し、ハロルドはテーブルの上で開封にチャレンジした。何しろ小さくて、ハロルドの指先ではつかみづらい。
「ほれ」
「あ、ありがとうございます」
 やっとのことで栓を抜いたハロルドに、サカキからピンセットが差し出された。これで中の紙片をつまみ出し、破かないように広げられる。
「え・・・」

 『ハロルドと一緒に住みたい』

 たしかに、星が嫉妬深かったら、こんな願いは聞き届けられないだろう。ハロルドは胸がいっぱいになって、目が熱くなった。
「サカキさん・・・」
「む、いきなりそれを引いたか。大当たりだな」
「ええっ!はずれがあるんですか!?」
「さぁ・・・?」
 とぼけるサカキに、ハロルドは残りのキャンディーやクッキーを積み上げて、次々と小さなポーション瓶を開けた。
「ハロルドとゲフェニアでデートしたい、またハロルドを喰いたい・・・って、これ俺が下ですか!?」
「できれば」
 赤くなるハロルドに、サカキはしれっと言う。
 ポーション瓶の中の願い事は、どれもこれもハロルドと一緒に何かしたいということばかりで、ハロルドは嬉しかった。すぐには無理でも、準備や遣り繰り次第で可能なこともある。
「・・・わがままばっかりだけどな」
 あさっての方を向いてぼそりと呟くサカキに、ハロルドは首を横に振った。
「嬉しいです。サカキさんがしたいことわかって。目標にもなるし」
 ハロルドは大事に紙片を集めた。これをひとつずつ、叶えていくのだ。
「ねぇ、サカキさん。・・・いつ、一緒に住みますか?」
 サカキが大当たりと言ったのだから、これが一番の望みなのだろう。だが、サカキは少し首をかしげ、言葉を濁した。
「まだ、決めていない。・・・引退した後の事とかも、考えたいし」
「え、冒険者を・・・引退、するんですか?」
 サカキは三十路を越えたとはいえ、転生をしたほどの力量があるし、引退にはまだ早い。それに、戦場には立てなくても、研究者としての道がある。だから、サカキは首を横に振った。
「・・・チハヤと会えて、色々片付いたら・・・。その・・・露店じゃなくて、自分の店、持とうかなって、思っている」
 うつむき加減で、珍しく恥かしそうに、サカキはぽつぽつと話した。それはサカキの夢で、そこにはハロルドと一緒にいたいと言っているのだ。
「サカキさん・・・」
「いつになるかわからないし、まだ、全然・・・何も決めてない。だけど、そのときは・・・ハロルドと一緒に住みたいと思っている。・・・・・・いいか?」
 確かでないことは言わないサカキが、頬を染めながら言うということは、たしかにサカキが心に決めた将来図なのだろう。そこには、必須要素として、ハロルドが含められていた。
「もちろんです。ずっと・・・ずっと、一緒ですよ。また、でっかいプリン作ってあげます」
「ん」
 ハロルドはサカキをぎゅっと抱きしめ、同じように背に回された腕を感じた。
「約束だ」
 サカキから甘い口付けをもらうと、ハロルドはハロルドだけのスイーツを食べるために、晴れてきた七夕の夜空を、カーテンでしっかりとさえぎった。
 サカキの願いは、必ず自分たちでかなえると、ハロルドは心に誓った。ポーション瓶に閉じ込められた願いを受け取ったのは、誰でもないハロルドなのだから・・・。