ほんとの君を見せて −5−


 昼食のパスタを茹でながら、コラーゼが買い物の内容を報告すると、レヴィーはまだ目の端が赤いまま、早速雑誌を確認して喜んでくれた。
「まずはバジルとかパセリとかだよなぁ。あとミントも欲しいな。タイムとか栽培できたら、ブーケガルニだって作るぞ。楽しみだなっ」
 庭に敷く石については、やはり「何でもいいんじゃね?」という返答で、これはコラーゼに一任されることが決まった。
「あのさ・・・」
「なに?」
 ミートソースのパスタをフォークでくるくるしながら、レヴィーはちらりとコラーゼを見た。
「いや、その・・・」
「オーランに言われたことか?」
 深い藍色の頭がこくんと頷いたので、コラーゼはどう話すべきかとため息をついた。
「まず、オーランになんて言われたかを聞きたいんだが」
 思い出すのも苦痛なのか、レヴィーは眉間にしわを寄せ、ポツポツと話し始めた。
「えっと・・・コラーゼと公平組めなくなったら別れるかって聞かれたんだ。それから、コラーゼは、俺と狩りに行きたいんじゃないっていうか・・・そんな意味の」
「あぁ・・・。で、お前は、レベル離れた俺とは別れたいの?」
「な、何でそうなるんだよ!そうじゃなくて・・・!そりゃあ、一緒に狩りに行きたいけど・・・コラーゼが三次になりたくないって言ったんじゃないか!」
「言ってないぞ?どうしてもなりたいっていうわけじゃない、という意味だったんだけど・・・」
「え・・・」
 まずひとつめの勘違いを訂正して、頭にひよこが飛んでいそうなレヴィーの、ぽかんとした顔を見詰めた。
「ギルド狩りだけで神経使うからな。臨にはあんまり行きたくないんだ」
「じゃあ、なんであの時臨にいたんだよ」
 最初にレヴィーと会ったときのことだろう。むくれるレヴィーに、コラーゼは苦笑いを浮かべて頷いた。
「あれは上納かけていたんだ。ほとんど自分の経験値じゃない」
「えぇっ!?」
「「レゾナンス」には・・・オーランには世話になっているからな。俺にはそのぐらいしか返せないし」
 コラーゼはひき肉たっぷりのソースを絡めて、程よい茹で加減のパスタを咀嚼した。レヴィーの作る料理は、自分で作るのと違って大変美味だ。
「だいぶ昔の話だけどな、俺を使ってレベルを上げたいとか、逆にいると便利だからって・・・まぁ、そういう奴に何度か引っかかったんだ。俺も見る目がないからさ」
 セージに転職したコラーゼを批難したアコライト、「姫」にしてやると監禁に及んだ他ギルドマスターのモンク、愛憎と利害がイコールだったソウルリンカー・・・つくづく、自分の男運のなさが泣けてくる。
「そのたびに、オーランに愚痴ったり、相手ギルドと揉めて戦わせちゃったり・・・。はぁ〜、迷惑掛け捲りだったんだ」
 思い出したら、手が止まってきてしまった。せっかくの美味い料理が冷めてしまう。
「・・・だから、恋人とは狩りの効率を求めないことにしているんだ。レヴィーは臨が好きみたいだし、きっと俺より先に三次職になるだろうなとは思っているけど」
「いや、俺は効率とかはそんなに・・・ソロの方が好きだしさ」
「へ?」
 フォークを持ったままぽかんとするのは、今度はコラーゼの方だった。
「え、だって、ずいぶんPT慣れしているみたいだし、立ち回りとか口出すから・・・」
「あー・・・それはなんつーか、つい・・・。PT狩りなんて、いまのギルドに入ってからしかやったことねぇよ」
 恥かしげに視線をそらせながら、レヴィーがぼそぼそと答える。
「それなのに、あんなエラソーに言えるのかっ」
「う、うるせー!コラーゼこそ、教授の癖に全然PT慣れしてねぇじゃんか!」
「当たり前だろ!俺はそもそもソロ仕様だ!」
「・・・へ!?」
 目を真ん丸にしたレヴィーの驚き顔に、コラーゼの腹立たしさは急速に萎えていき、逆に笑いすらこみ上げてきた。かなり大きな勘違いがここにあったようだ。
「なんだ、知らなかったのか。俺はFCASだから・・・他の支援教授みたいに、詠唱早くなかっただろ?」
「え、だって、教授って大型PTでしか上げられないんじゃねぇの?」
「そんなわけあるか!人によるわ!」
 ひとくちにプロフェッサーと言っても、その型がいくつかあることを、レヴィーは知らなかったようだ。
「たしかに、支援やGv特化の方が人目につくけどな・・・。もしかして、俺がPTでないと上げられないと思って、いつも臨に誘っていたのか」
「うん。・・・わりぃかよ」
「いや・・・」
 拗ねて肘をつき、ぷぅと頬を膨らませたレヴィーを、コラーゼは嬉しさに顔をほころばせて眺めた。
「ありがとう。気を使ってくれたんだな」
「な・・・そ、そういうんじゃ・・・!だから、俺は・・・」
 レヴィーは顔を赤くしたまま、照れ隠しのようにもごもごとパスタを頬張る。
 口は悪くても、意外と優しい心遣いをする。そんなレヴィーの、本当の素顔が見えるようになって、コラーゼは以前よりずっと、レヴィーとの遣り取りが楽しくなっていた。
(自分が一番な野生児なのは変わらないけどなぁ)
 癒される、というほどではないが、レヴィーの有り余るパワーが、コラーゼのまわりに満ちていることを感じる。それは力強い意思と生命力に溢れていたが、けっして押し付けがましくなく、風のない日向にいるように温かで、とても心地よかった。
「そういう親切なところ、好きだな」
「ぶっ・・・」
 ごほごほとむせているレヴィーにリンゴジュースを差し出しながら、コラーゼはほんわかと微笑んだ。
 いままでは互いに大型PTでないとと思い込んでいたのが、まったくの正反対だった。これからは、臨公は時々で、普段は二人だけで組んで狩りに行くのもいいだろう。
「そういえば、ずいぶん早かったな。夕方までやっているのかと思った」
「ん、あー・・・。ゲフェニア行ったんだけど、ちょっときつくてさ」
「ふーん」
 ゲフェニアやニブルヘイムのように、魔法の効き難いモンスターが多い場所は、魔法使いたちがもっとも苦手とする区域のひとつだ。もちろん、ソロのコラーゼにも縁遠いが、大型PTの支援としてなら、プロフェッサーの出番もあるだろう。
「そっか。あんまり支援上手くないけど、必要なら・・・」
「ダメだッ!!」
「へ・・・?」
 コラーゼは突然テーブルを叩いて立ち上がった恋人を見上げたが、レヴィーもなにやら混乱しているらしく、頬を赤くして口をまごつかせている。
「・・・なんかあったか?」
「いやっ、その・・・あああそこは・・・」
 上手く言い訳が思いつかないらしく、余計に顔を赤くしてばたばたと手を振るレヴィーを半眼で眺めつつ、コラーゼはゲフェニアの配置を記憶の書棚から引き出した。
 コラーゼが強大な敵のひとつひとつの特徴や攻撃方法を、脳内の大きなデスクの上に瞬時に広げられたのは職業柄だが、その中から適切な物を絞るためにレヴィーの慌て方から推察できたのは、地味さに隠れて見えにくい、ねちっこい性格のおかげだ。
「淫魔になんかされたのか」
「だっ、誰もそんなこと言ってねーっ!!」
 言葉とは裏腹に、態度が大当たりだと言っているのだが、レヴィー本人は気が付いていないようだ。
「サキュバスにキスされたり、体を撫で回されたりしていないだろうな」
「されるか!だいたい、弓持てなくなるぐらい、手をむずがゆくさせたのはお前じゃんか!!」
「・・・・・・」
「・・・ぎゃーっ!俺なに言ってんだぁああああああ!!!」
 大自爆したレヴィーが悶えているが、それを見ているコラーゼも、笑いを堪えながら顔が熱くなっていくのを感じた。
「そーか・・・。それで、早く帰ってきたのか」
「納得するな!なにニヤけてんだ、この野郎!キモチワルイぞ!!」
 ぎゃーぎゃー喚くレヴィーを両腕に包み、コラーゼは朝の憂鬱が嘘のように、幸せで体中が温かくなった。
 期待して帰って来たのに、体を疼かせさせた相手が家から消えていたら・・・その理由に思い当たる節があったのなら、それは泣きたくもなるだろう。
「嬉しいなぁ。今朝はごめんよ。一人で拗ねた俺が悪かった。大好きだよ、レヴィー」
「一人で納まるな!こら、キスはほっぺじゃなくてちゃんとやれ!ちくしょー!俺も好きだよッ!わりぃかよ!!」
「悪くないよ〜」
 コラーゼは自分の顔がデレデレとだらしなくなっているだろうと思い、レヴィーから見えないよう、なおさらぎゅっと、腕の中の恋人を抱きしめた。