ほんとの君を見せて −4−
レヴィーが出かけてから、コラーゼは片付けをして、引っ越してきてから、まだ手入れをしていない庭にしゃがんだ。
教授服の長い袖を外し、シャベル片手に雑草を抜く。それほど広い庭ではないが、荒れた地肌を均し、玉砂利でも敷けば、防犯設備としての機能に期待できる。花を育てるほどまめではないが、プランターを用意すれば、レヴィーが食用のハーブを育てるかもしれない。 コラーゼがざくざくと根こそぎ除草しているそばに、二階の雨どいほどの高さまで育った木がある。夜はレヴィーのファルコンが寝床にしているが、いまは暗い灰色の猫が尻尾を揺らしながら、コラーゼを見下ろしている。元々あったのか、前の住人が植えたのかはわからないが、雨ざらしでひどく傷んだ札が、栗の木であると教えていた。 (園芸の本、買っておこうかな・・・) 秋に実をつけるかもしれない栗の木に虫が付いたら困るし、ハーブを育てるのに良い方法を準備しておけば、レヴィーが喜んでくれるかもしれない。 「にゃー」 「ん?」 ぼんやりしていた顔を上げると、プロンテラからつれてきた猫が、なにをしているのかと問いたげに、コラーゼを見下ろしていた。 「そういえば、お前の名前を決めていなかったな」 コラーゼは立ち上がって腰を伸ばしながら、餌付けして懐かれた猫を見上げた。コラーゼが以前住んでいた界隈では、一応、ボス的な存在だったらしく、顔に傷を作っていることもあった。 チャコールグレーのぼさぼさな毛並み、ぎざぎざになった耳、くるくると動く緑色の目、立派なヒゲ、ふてぶてしい態度の尻尾・・・。 「・・・ブルースでどうだ?」 コラーゼの言葉を理解しているのかしていないのか、興味なさ気に顔を洗い出した猫は、その鈍い青色の首輪に「ブルース」と刻まれることが予定された。 ブルースに命名の不満がある様子も見えず、コラーゼはもう一度腰を叩いて、雑草取りに戻りかけた。 『おーい、コラーゼ』 普段ならギルドチャットを使ってくるオーランからの個人的なwisに、コラーゼは慌ててチャンネルを合わせた。 『なに?』 『あのさー、臨公広場でレヴィーくんに会ったんだけど・・・怒らせたかも。機嫌悪かったらすまんな』 いつもどおりのカラカラした調子で、まったく予想もしていなかった内容を発言されて、コラーゼは唖然とシャベルを取り落とした。 『お・・・あいつになに言ったんだ!泣かせてないだろうな!?』 『うん、たぶん〜。つか、泣かせるなとか、やっぱり上手くやっているみたいじゃないか。喧嘩したって聞いたぞ?』 『それは・・・』 喧嘩と言っても、コラーゼが一方的にへそを曲げただけで、レヴィーは何も悪くない。 『俺が我侭を言ったから・・・。レヴィーには悪かったと思っているよ』 実際自分でも、今朝の態度は拒絶反応が過剰だったと思う。レヴィーはただ、コラーゼと一緒に楽しく狩りに行きたかっただけだ。わかっている。わかってはいるのだ・・・。 『ソーサラーになりたくないって本当か?』 『え・・・いいや?そのうちなれればいいけど、べつにどうしてもなりたいわけじゃない』 『ふんふん、そーだよなぁ・・・。なんかレヴィーくん、勘違いしてたっぽいぞ』 『そうか・・・でも、この調子じゃ、きっとレヴィーが先にレンジャーになる。俺と一緒に狩りには行けなくても、レヴィーには狩り友がいっぱいいるし、退屈はしないと思うよ』 コラーゼは、レヴィーとは冒険者としてのスタイルがかなり違う。だからこそ、緩く付き合えるのだと思うし、レヴィーの裏表ない性格にも期待してもいた。 『・・・あんまり無理するなよ。まぁ、いいたいこと言って、したくないことを拒否できるようなら、いい付き合いなんじゃないか。コラーゼはいつも、空気読みすぎて派手に自滅するからな』 『オーラン・・・』 コラーゼはオーランのようにしっかりしていなくて、自分の立場や価値にすら疑問を持ち、ふらついたり自分を見失ったりして、何度も迷惑をかけた。もうそんなことになりたくないのに、コラーゼの古傷が臆病さを煽る。 『なに、また失敗しても、「レゾナンス」がある。いつでも戻ってこいよ』 『俺が失恋すること前提みたいに言うなっ。・・・ありがとう。でも、レヴィーはそんなに弱くも強くもないと思うよ。大丈夫』 『信じる事と知ることは違うぞ。でもまぁ、性格好みじゃないのに、そこまで調子が合うっていうのも、なにかの縁だろうな。割れ鍋に綴じ蓋って言うし』 『一言多いんだよッ!!』 わはははとおちゃらけた笑い声を最後に、オーランからのwisが切れた。 「まったく・・・」 レヴィーがオーランに何を言われたのか心配だったが、臨公広場でというと、いまはもうパーティーを組んで狩り中かもしれない。wisをしては迷惑になるだろう。 コラーゼは気がかりではあったが、草むしりをひと段落させ、買い物に出かけることにした。 コラーゼは建築資材関係に詳しい商人を訪ね、庭に敷く石の説明を聞いてサンプルをもらった。一人で決めてしまうより、一応レヴィーに相談した方がいいだろう。なんと言っても、二人で住んでいるのだ。コラーゼが決めるのは、レヴィーに何でもいいと言われてからでも遅くはない。 それから本屋に立ち寄り、果樹の入門書と、家庭菜園の雑誌を買った。ミニハーブの種がおまけについていたので、これで試してみようと思う。 (あとは・・・) 目に付いた料理雑誌の表紙に、美味そうな魚料理の写真があった。その雑誌も買って、ぱらぱらとめくり、お目当ての魚料理に使う材料を市場でそろえた。 (レヴィー、機嫌直してくれるかなぁ・・・。あ、昼飯何にしよう?) 臨公に行ったレヴィーは、きっと夕方まで帰ってこないだろう。コラーゼは両手いっぱいに荷物を抱え、二人の家に戻った。 「ただいま、ブルース。・・・あれ?」 入れ替わりに出かけるのか、悠々と歩いていく飼い猫を視界の端に、コラーゼはドアノブを握って眉をひそめた。 出かけるときにかけたはずのカギが開いている。早速泥棒が入ったのかと、用心してドアを開け、足音を忍ばせてキッチンに向かった。そして、壁の影から覗いたリビングに、誰かが蹲っているのが見えた。 「え、レヴィー?」 「ぅえ・・・?」 コラーゼを振り仰いだレヴィーは泣き顔で、コラーゼは両手の荷物を放り出すような勢いで駆け寄った。 「どうした、なにが・・・」 「う・・・ひっく。こらぁじぇぇえええぇ!!」 「えぇ!?」 むぎゅうと抱き付かれるのは嬉しいのだが、どうして泣いているのかわからないこの状況は戸惑うばかりだ。とりあえず、べぇべぇと泣いているレヴィーを抱きしめ、青い髪を束ねた頭を撫でてやる。 「どうした、臨で何かあったか?」 コラーゼの胸にぐりぐりとこすりつけるように、レヴィーの頭が横に振られる。 「あー・・・オーランに言われたことか?さっきwisがあったけど・・・」 一瞬ぴくっと固まったが、またぐりぐりとする。 「じゃあ、なにが・・・」 コラーゼは困ってしまうが、レヴィーはしゃっくりをしながら、いっそう強くコラーゼにしがみついてきた。 「どこ、いってたんだよ・・・!」 「へ?どこって・・・買い物。ああ、料理雑誌に美味そうなのが載ってたから、材料買って来たぞ。晩飯は一緒に作ってくれるだろ?」 レヴィーはまだ涙と鼻水でべしょべしょな顔を上げ、うんと頷いた。 「で、何で泣いているんだ?」 「うぅ〜っ!コラーゼのばかー!あほー!」 「はぁ?」 ぎゅうっとしがみついていた手が、今度は拳になって、ぽこぽことコラーゼの背中を叩く。ちょっとだけ痛い。 「なんなんだ・・・」 「うっせー!・・・ひっく・・・うちに、いないから・・・っ、どっか、行っちゃったのかと・・・」 「・・・はい?」 要するに、家に帰って来たらコラーゼがいなくて、レヴィーを捨ててどこかに行ってしまったのではないかと思った・・・。そういうことらしいと、ようやくコラーゼにも見当が付いた。 「あのなぁ・・・」 「だって、オーランさんが・・・!コラーゼが、俺と別れるって!」 「あいつ、どんな無茶苦茶を・・・」 コラーゼは頭を抱えたくなったが、レヴィーを抱きしめているので、その泣き浸した頬に口付けた。 「ぅ・・・」 「俺がレヴィーをおいて、いきなりいなくなるはず無いだろ」 「・・・うんっ」 どこまでも真っ直ぐに泣いたり怒ったりするレヴィーの、その全開な照れ笑いが、コラーゼはとても可愛いと感じるのだ。 |