ほんとの君を見せて −3−


 狩りの最中に怒鳴るのはいつものことだが、パーティーを組む最初から機嫌が悪いことに、レヴィーは気心の知れたメンバーから、からかい混じりにやんわりと釘を刺された。
「我侭だなぁ。コラーゼさんにだって、都合とか気分とかあるだろー?」
「ふんっ」
 まわりの意見は、総じてレヴィーが甘えん坊だと断じており、レヴィーの機嫌はいっこうに上向かない。どこへ行くのも、できればコラーゼと一緒がいい。誰しもが恋人と四六時中一緒にいたいとは思わないのだろうか。
「臨じゃなくて、二人でって言えばよかったんじゃない?」
「おー、らっぶらぶ〜」
「うっせぇ!」
 そう言われてみれば、たしかにいままで二人だけで狩りに行ったことがない。
 そもそも、プロフェッサーという職は、上級狩場へいく大型PTのSPタンクや、Gvにおける要職として活躍することが多く、レヴィーのような一人でふらふら遊びに行くような人間に付きっ切りではもったいない。
(そりゃ嬉しいけど・・・)
 レヴィーとだけでは、大型PTと比べて圧倒的に効率が出ず、コラーゼに悪いと思って臨に誘っていたのだが、案外そこまで気を使う必要のなかったのではないだろうか。
 レヴィーは顔が緩みかけて、しかしオーランに言われたことが頭の隅をかすめる。
 コラーゼと狩りに行けなくなったら別れるか・・・?もちろん、レヴィーにそんなつもりは毛頭ない。しかし、戦闘スタイルが合わないと言っても、できれば一緒に強くなりたいし、下手をするとコラーゼの方がずっと先に行ってしまう可能性がある。
 そうなった時、コラーゼがレヴィーに戦闘の強さを求めないのはいいかもしれないが、自分がお荷物になってしまうような気もする。それはレヴィーのプライドが許さないので、ソロでもがんばってコラーゼに追いつこうとするだろう。
(あれ?でも、オーランさんはコラーゼが恋人に強さを求めないって言ってたよな?で、求められるのも嫌がる?それって、臨でもペアでも同じじゃん?・・・結局、俺はどうすればいいんだ????)
 レヴィーは考えがこんがらがって、頭から湯気が出そうになってきた。
 コラーゼがなにを求めているのか、レヴィーにはいまいちよくわからない。もともと、望みのない恋に自棄になっていた自分を、コラーゼがなんとなく受け止めてくれたのが最初だ。・・・コラーゼがレヴィーではなく、他人の恋人である、当時ブラックスミスだったハロルドに思いを寄せていたことも知っている。
 そういわれてみれば、教授とBSという組み合わせも、ペア狩りに向いているかどうかは微妙だ。しかしコラーゼは、明るく穏やかで、誰にでも親切なハロルドのことを好きなようだった。
(そりゃあ、俺はハロさんみたいに愛想良くないけどさ・・・)
 レヴィーは、コラーゼがハロルドに対するようなほのぼのとした笑顔を、自分に対してはあまり見せたことがないのに気付いた。
(やっぱり俺は・・・)
「レヴィー!!」
「へ?」
 気がついた時には、目の前にオーガトゥースがいた。真っ赤なひとつ目の下で、ガチガチと牙が噛みあわされている。
「ッ・・・!!」
 とっさに身をかわして弓を構えようとしたが、強い衝撃と共に腕がしびれ、ガリリッというすごい音と共に、弓に牙が食い込んできた。オークアーチャーの弓は頑丈だが、オーガトゥースの牙は凶悪だ。
「このっ・・・離せッ!」
 思いっきり鍔の部分を蹴り飛ばし、巨大な顎が緩んだところで素早く銀の矢をつがえる。
「チャージアロー!!」
 なんとか張り付いた魔剣を吹っ飛ばすと、仲間の追撃が続いて、レヴィーにはヒールが飛んできた。
「大丈夫か!?」
「お、おぅ・・・」
 かすり傷は癒えたが、まだレヴィーの心臓はバクバクいっていた。
「なにやってんだよ、レヴィー!」
「わりぃ!」
 アタッカーの自分がボケッとしていた自覚はある。レヴィーは気を引き締め、集中力を高めた。
 レア狙いで臨公の行き先はゲフェニアになったが、なかなかスリリングだ。できるだけ天使は相手にしたくないと、フクロウの多い場所を選んだが、時折現れる深遠の騎士や魔剣たちは脅威だ。
「あー、SPきついわぁ」
「うちもさっきやられた」
 インキュバスの精神攻撃のせいで、いつも以上に消耗が激しい。特にマグヌスエクソシズムを撃てるハイプリーストは攻撃に専念して、支援を他のプリーストにほとんど任せている状態だ。
「やっぱりここは教授がいないと厳しいね〜」
「コラさんがいる時に来たら、もっといけそうだな」
 何気ない会話だったが、レヴィーはなんとなく引っかかり、口をへの字に曲げた。
(コラーゼは俺のだぞ・・・)
 それは、いわゆる独占欲なのだろう。プロフェッサーという職業の中で、比較的親しいコラーゼの名前が出てきただけだ。レヴィーだって、コラーゼがパーティーにいたらな、とも思って、いつも誘っている。そのように頭ではわかっているのだが、なんだか胸のあたりがもやもやとしてきた。
 レヴィーはイライラとしながらも、的確に矢を撃ち続けたが、やはり息切れが早い。指先でしっかりと矢羽をつかみ、背筋を使って弓をしならせる。一匹のインキュバスに目標を定め、息を呑んだ。
(ヤバ・・・!)
 プラチナブロンドから覗く赤い目に微笑まれ、それをまともに見てしまった自分の視力の良さに舌打ちする。急激な疲労感に眩暈がしたが、これがインキュバスの攻撃だとわかっているから、できるだけ呼吸を整えて、ぐっと腹の底に力を込める。
 コラーゼがいてくれたら・・・それは思わないようにしていたが、一緒に戦ったときに分けられた、清涼で穏やかな精神の波動が恋しい。
『それ、気持ちいいよな・・・』
「!?」
 弓矢を構えるレヴィーの両腕に、少し冷たい感触がするすると滑っていき、弓を引く力が緩んだ。
「ひっ・・・」
 首筋に当たる息遣いから、妙に甘ったるい匂いが漂ってくる気がする。
『レヴィー・・・』
「ぃ・・・やめ、ろ・・・ォ!」
 昨日の情事の名残が、物足りないと飢えるレヴィーの中に入ってくる。コラーゼの唇が触れた場所をなぞるように、甘い冷気が染込んできて、レヴィーの肌を粟立たせた。
 感じやすい首筋、丁寧に撫でられた胸、何度も吸われた乳首、さらすのがもったいないと抱きしめられた腹、一番反応が可愛いといじられる腰・・・。
 好きな人のものではない、幻惑だとわかっているが、寂しさを訴える心と体が悦ぶ。唇に包まれ舌で舐られる指。温かくて、濡れながら擦れて、気持ちいい・・・。
「や、ぁ・・・・・・」
『ギャアアアアア!!』
 レヴィーを包んでいた甘い冷気が、剥ぎ取られるように溶け消えていき、レヴィーは荘厳な光の中に膝を付いた。
「ヒール!!ヒール!!」
「レヴィー!お前、横で湧いたからって抱え過ぎだ!」
 くらくらする頭で見回せば、おそらく三匹ほどにくっつかれていたのだろう。MEに焼かれたインキュバスやサキュバスの残骸が消えていくところだった。
「血騎士だぁ!!」
 その悲鳴に顔を上げれば、巨大な盾を押し出したブラッディナイトが見える。レヴィーは両膝に力を入れて立ち、快楽の残滓を振り払って弓を構えた。
 コラーゼとレヴィーだけの時間を暴かれ、羞恥よりも怒りで頭が熱くなった。
「ざっけんなよ!!」
 ぐだぐだと悩んだが、もうどうでもよかった。レヴィーはコラーゼが好きで、その付き合い方を誰かにとやかく言われるなんて気に喰わないし、イチャイチャするのを揶揄されるのも頭にくる。
 なにより、さっきから手指がうずうずして、非常に居心地が悪い。これでまともに戦えというのがおかしい。なんの羞恥プレイか。
「コラーゼのアホーッ!!!」
 レヴィー渾身の一矢が、ブラッディナイトに突き刺さった。