ほんとの君を見せて −2−


 いつもどおり朝食を作りながら、レヴィーはなんとなくすっきりしない気分に、眉間にしわを作っていた。
(くっそぉ・・・)
 たしかに体の違和感はないし、気持ちよく三回もイかされて欲求不満もないが、微妙な中途半端感は否めない。
 抱きしめてもらって、何度も好きだと言ってもらって、自慰の様な空虚さはないのに、いまひとつ物足りない。中に入れたり入れられたり、互いを感じながら最後までやる充足感を体が覚えているからだろう。それは悔しいが仕方がない。それに、入れるなと言ったのは、そもそも自分なわけだし、誰かに文句を言うわけにも・・・。
「あーっ・・・!あちゃぁ・・・」
 イライラしていたら、スクランブルエッグが炒り卵になるほど火が通っていた。
「どうした?」
 まだ半分寝ているような目で、コラーゼがダイニングに入ってきた。
「んー、スクランブルエッグ失敗」
「ん?焦げてないし、いいんじゃないか?味は同じだろ?」
「えぇー・・・」
 作り直そうと思っていたのに、コラーゼは全然気にしていなさそうだ。
「にゃーん」
「おっ、そうだ。お前にやろう」
 勝手口に取り付けたキャットドアから、チャコールグレーの毛並みをした体格のいい猫が入ってきて、レヴィーは早速小皿に炒り卵を乗せて、コラーゼが作るいつものフードと一緒に出してやった。
 元々はコラーゼにエサをもらっていた野良猫だったが、引っ越す時に連れてきて、二人の飼い猫になった。一応首輪はつけているが、野良のときと同じように、外で暴れまわっているようだ。
「あんまり人間の物やるなよ。余所の物を盗むようになると困る」
「わかってるって」
 コラーゼは生クリーム風味の炒り卵をもさもさと食べる猫を心配するが、レヴィーはあんまり気にしないで、今度こそスクランブルエッグを作った。
「今日はどこ行く?たまにはメモリアルDとか行ってみるか」
「・・・臨で?」
「そうだよ」
 なにを当たり前なことをと、レヴィーはレタスを噛みながら眉を寄せる。今日もいつものメンバーから誘いがかかっているし、レヴィーはもちろんコラーゼを連れて行くつもりだ。
「・・・俺はいい」
「はぁ!?」
 レヴィーが誘っているのに、この男はジャムを塗ったパンを食べながら断ってきた。
「なんでだよー!そりゃ、棚とか生体とかはねぇけど・・・教授って臨とかPTで上げるものだろ?」
「そういうものでもないぞ」
「でも、ソロより臨の方が旨いだろ?ソーサラーになりたくねぇのかよ」
「べつに・・・」
「なっ・・・」
 なんで、と言い返す前に、普段は温和なコラーゼの目が、奇妙に白っぽい光をもってレヴィーを見返してきた。
「・・・レンジャーになりたいのか?」
「あ・・・当たり前だろっ!」
「そうか」
 コラーゼの灰色の目が逸らされると同時に、レヴィーはすぐそばにいるはずのコラーゼが、すっと遠のいた気がして、胸がざわついた。
 反射的にレンジャーになりたいと宣言してしまったが、別に今すぐなりたいわけではないし、レンジャーになるためだけに臨時に行っているわけでもない。ただ、いつかはなりたいと思うし、目標というものには違いない。
「・・・なんだよ。もっと強くなりたいって思わないのかよ!コラーゼには、コウジョウシンってないのかよ!!」
「押し付けられても困る」
「な・・・」
 レヴィーが絶句している間に、コラーゼはごちそうさまと食器をまとめ、流し台へと立った。
「美味かった。洗い物はやっておくから、そのまま出かけてもいいぞ」
 料理を褒められても、急に他人のような空気を出されては、レヴィーだって素直に受け取れない。
「コラーゼ!なにが気に入らないんだよ!!」
「・・・べつに、気に入らないわけじゃない。レヴィーが好きなものが、必ずしも俺も好きだとは限らないだけだと思う。気をつけてな」
 自室に引き上げていくコラーゼを、レヴィーは混乱したまま見送った。

 下草と一緒にポリンを蹴り上げ、レヴィーは力いっぱい弓と矢筒の紐を握り締めた。
「なんなんだよ!あーっ、ムカツク!!」
 イズルードの街門を出ると、そこはプロンテラの南城門とも接する平原で、もう少し歩けば、臨時パーティーを募る人込みが見えてくるはずだ。
 コラーゼの態度が気に入らない。でも、なんて言い返せばいいのかわからない。
 二人で臨公に行くことの、どこに不満があるというのだ。レヴィーがいつも入るパーティーは、レヴィーのギルメンを中心に気心の知れた友人が多く、効率ばかりを求める厳しい関係ではない。みんながいれば、強い敵がいる所だっていけるし、金銭も経験値も、コラーゼ一人でやるよりずっと実入りがいいはずだ。
「まったく、臨のどこが不満なんだよ!」
「なにが?」
「はぇ?」
 いつの間にか臨公広場の近くまでたどり着いていたらしく、すぐそばに立っていたウォーロックが、首をかしげながらレヴィーを見下ろしていた。
「えっ、オーランさん!?あ、いや・・・独り言!」
「そうだろうね」
 モデルみたいに綺麗な顔立ちの男にくすくす笑われ、恥かしさに赤くなっていた顔が、さらに赤くなる。
 ウォーロックの職服の、その派手な襟元にあるエンブレム。開かれた書物の上に鳴る鐘・・・ギルド「レゾナンス」、コラーゼが所属するギルドだ。そして、この長い銀髪をポニーテールにした、中性的に整った顔立ちの男が、マスターのオーランだ。
 レヴィーのギルド「エルドラド」のサブマスも綺麗な人だが、こちらは女に間違えられることがないほど背が高く、目はレヴィーと同じ緑色でも、神秘的な切れ長で優しそうだ。何も言わなくても、実力に合った自信が溢れているように見える。
「いつもお菓子の差し入れありがとう。美味しくて、みんな喜んでいるよ」
「あっ・・・いや、その・・・ど、どうも」
 コラーゼと二人で食べたくてお菓子を焼くのだが、どうも作りすぎてしまって、よくコラーゼがギルドに持っていくのだ。
「それで、コラーゼとまた喧嘩か?」
「んな・・・なんで、わかった・・・」
 ぎここっと固まったレヴィーに、オーランは美形が台無しなほど噴きだして笑った。
「うぅ〜っ」
「いや、悪い、悪い・・・くっくっく。よく喧嘩するって、ホントだったんだな。で、原因は何だ?」
 恋人のギルマスを余計なお世話と突っぱねるわけにもいかず、レヴィーは頬を膨らませたまま、しぶしぶ話した。
「全然わかんねぇ。臨誘ったら断られた・・・」
「それだけ?」
 要約するとそれだけになってしまうので、レヴィーは頷く。
「それならべつに喧嘩じゃないだろう?あいつは臨で上手に立ち回れるほど器用じゃないし、それを自分でもよくわかっている。君に迷惑をかけたくなかったんだろう」
「あ・・・」
 たしかにコラーゼと最初にやった臨公では、レヴィーがコラーゼにきつく言ったが、まだ気にしているとは思えない。
「でも、うちのPTはそんなこと・・・。それに、三次になりたくないからって・・・」
「コラーゼがソーサラーになりたくないって?・・・まぁ、あいつもマイペースだしなぁ」
「・・・一緒に強くなれないんじゃ、一緒に狩りに行けなくなるじゃん」
「ふむ・・・」
 またコラーゼの態度が理不尽に思えてきて、レヴィーは頬を膨らませた。だが、オーランは少し首をかしげた。
「レヴィーくんは、コラーゼが一緒に狩りに行けなくなったら、別れるかい?」
「え・・・?」
 びっくりして見上げると、オーランの目が少し細められている。
「もしも、狩りのパートナーとしてコラーゼを求めるのなら、あいつは君とさっさと別れるだろうよ」
「・・・なんだよそれ。なんでそんなことがわかるんだよ!それじゃあ、俺がコラーゼを好きじゃないみたいじゃないか!」
「そうは言っていない。ただ、あいつは恋人に、冒険者として共に強くなることを求めていないし、求められることも嫌がる。それは知っておいた方がいい」
 いかにも訳知り顔で説教されて、レヴィーの頭は簡単に沸点を突き抜け、思っていても言わなかったことを口に出した。
「でっけぇお世話だッ!!そんなすぐに別れるなんて言われない程度には、俺はコラーゼに好かれてるんだからな!!」
 自分で言っていて微妙なラインだと思いながらも、レヴィーはその場から走り去った。
 これ以上、レヴィーよりもコラーゼを知っている人間の前にいたくなかった。