離さない為に −3−


 納品された箱の中には、きちんと用途ごとにラベルが貼られ、丁寧に緩衝材に包まれたボトルが詰まっていた。その箱の中に一緒に梱包されていたモニター用紙に、サンダルフォンはペンを走らせ、深い知性を感じさせる流麗な文字をつづっていた。
「ひいぃいいっ!ぃあぁっ!・・・も・・・ゆる、してぇ・・・!」
「はっ・・・ぁ、も、ぉ・・・で、ないからぁ・・・やだぁあ!やめぇええええっ!」
 目の前の男たちは途切れることなく悲鳴を上げ続け、必死で逃れようとする指先が、サンダルフォンのつま先に触れそうになる。
 それに気がついて、サンダルフォンは座りなおし、ふいっと脚を組み替える。ついでのように、もっとしっかり押さえつけろと、手を振った。
「ひあぅっ!あぁ・・・気持ちいい・・・っ!ぃああぁぁ・・・いやああ!イクぅうう・・・ッ!!!」
「む、りぃ・・・ぃああっ!・・・うぐっ・・・んっ!うむぅう!ふぅぐあぁああぅ!!」
 しゅるしゅると蠢く赤褐色の太い触手は、モンクとプロフェッサーの衣類だったように見える残骸の上で、べとべとの粘液にまみれた男達に絡み付いている。
 片や仰向けにして床に拘束して脚を大きく開かせ、片や逃げようとした体を抱え上げるように脚を開かせて、上と下の口を苛んでいる。どちらも、所かまわず這いずる触手の先は、吸血用に小さな牙が生える代わりに、びっしりと繊毛に覆われ、その割れ目が、胸の先端や反り返ったモノをぱっくりと咥え込んでいる。
 半分飛んでしまったような哀れな鳴き声も、ぐちゅぐちゅじゅぼじゅぼと、耳を覆いたくなるような水音も、サンダルフォンは涼しい顔で聞き流していた。
「サンダルフォン・・・」
「どうした、マルコ?」
 どこか茫洋としたマルコの声に、サンダルフォンは顔を上げた。一糸纏わぬ姿で立つマルコは、口元を赤く染めたまま、すいと首をかしげてベッドを示した。
「動かな・・・く、なっちゃい、ました・・・」
「ああ、すまない、気がつかなくて」
 サンダルフォンは立ち上がってブルージェムストーンを取り出し、ベッドに両手足を拘束された男に手をかざした。
「リザレクション!!」
 びくんと、血まみれの男が動いた。己の血でごわついた短い上着からすると、ホワイトスミスか。
「サンダルフォン・・・」
 マルコの手がサンダルフォンの白い法衣を握り、赤く汚れる。
「どうした、いつもしている私の方がいいのか?」
「だって・・・・・・上手くないんだもん・・・」
 それはそうだ。血を流しながら勃起するのは、さぞ難しかろう。
「しょうのない子だ」
「ごめんなさい、サンダルフォン・・・」
 ちゅっと血生臭い唇にキスをすると、快楽に慣れた舌が差し出され、ぴちゃぴちゃと音を立てて舐めてやると、うっとりとした吐息が零れた。
「サンダルフォン・・・僕、欲しい・・・いかせて・・・」
 はふはふと甘ったるい喘ぎを漏らしながら、マルコはもどかしげにサンダルフォンの法衣をくつろげ、跪いた。
「はぁあ・・・んちゅっ・・・はむっ・・・んっ、じゅぷ・・・」
「マルコは上手だな」
 サンダルフォンが優しく髪をかきあげてやると、マルコは口いっぱいにほおばったまま、嬉しそうに微笑んだ。
 実際、サカキのテクを受け継いだマルコは上手い。温かな口腔で吸い込まれるように先端を舐められると、サンダルフォンの息も上がる。
「ふっ・・・はぁ・・・マルコ、どこに欲しいんだ?」
 サンダルフォンから口を離したマルコは、瀕死のホワイトスミスが横たわるベッドの端に浅く腰掛けて脚を開き、よく見えるように片膝を抱えた。
「ここ・・・僕の、お尻に・・・」
「さっきまで他の男が入っていたところに?」
「ごめんなさい、サンダルフォン・・・。僕・・・」
 脚を広げたまま、悲しそうな顔をするマルコに、サンダルフォンは冗談だといって、綺麗な白い頬を撫でた。
「マルコは上手い男でないと満足しないからな。困った子だ」
「サンダルフォン・・・ふぁ・・・ッ、はぁああんぅ!」
 十分に蕩けた場所に埋め込まれ、白い法衣にしがみついたまま、マルコはしなやかな背をのけぞらせた。
「はあぁ・・・あっあっ・・・ぅ、ひいぃ・・・んっ、はぁ・・・きもち、いィ・・・ぉっ!」
 両膝を抱えられて奥まで広げられ、マルコは腰をくねらせながら蕩けた顔で微笑んだ。
「好きなだけ噛んでいいぞ」
「ぅん・・・」
 はだけられた法衣の下、襲撃された時に受けた、ろくに治療もされていない傷に、マルコは顔を寄せた。ぴちゃっと唇が吸い付き、舌が傷口から血液をすする。
「っ・・・」
 神経を引っかかれるような痛みを振り払い、サンダルフォンはしなやかな身体を抱き寄せて、マルコの性感を突き上げた。
「あぁ・・・っ!いいっ!んっ・・・はぁ・・・っすごいぃぃっ!イっちゃ・・・イっちゃうよぉ・・・!」
「マルコ・・・どこに欲しい?」
「なかぁ・・・っ!僕のなか・・・サンダルフォンの・・・あぁッ!ああアァッ!!!」
 びくびくと身体を震わせて、イけないせいで溜まっていたらしい精液をたっぷり吐き出すと、サンダルフォンの法衣を握り締めていたマルコの手から力が抜け、ずるりと滑った。
「おっと」
 抱えていた両脚を放して、しっかりと筋肉のついた背に腕を回すと、マルコの中からサンダルフォンが抜け、中に出された精液がとろりと溢れた。
 とりあえずイけて満足したのか、放心したようにくったりとしたマルコをソファに寝かせてプリーストの上着をかけてやると、サンダルフォンは部屋の片隅に足を向けた。
「ふむ、こちらはまだ平気か」
 触手に絡みつかれ、青ざめた顔でぐったりとしているが、さすがにアサシンともなると、強化されたペノメナの毒でも持ち堪える。
「そろそろ、私を殺すなり失脚させるなり、どうにかしようとした御仁の名前を言ってはくれないかな」
「だ・・・れが・・・」
 搾り出された声はかすれているが、サンダルフォンを睨み上げる目には、まだ折れない心の光がある。
「心当たりが多すぎてね。今回は誰なのか、それを知っておきたい」
 ふっと、アサシンが笑った。
「ころ・・・せ・・・」
「聖職者に向かって、なんと失敬なことを言う男だ」
 サンダルフォンは憮然として、腰に両手を当てた。
「私は国にも騎士団にも大聖堂にも援助を得られず、自分で自分を救わねばならない人のために働いている。それを邪魔するのは、自分が悪者だと自白しているよい証拠だと思わないか?ま、そんな奴らに恨まれるような事をしていないとは言わないが」
 これでも自覚はあるようだ。一応。
「というわけで、君がそんな悪者どもの悪事の片棒を担ぐ羽目になった経緯を、聞いてみたいな。もちろん、悪事というのは私たちを害することであり、経緯を知りたいのは、諸君をこんな状況に追い込んだ境遇から助けられるかもしれないという、私の希望だ」
 サンダルフォンは優美な造りの椅子を運んできて、それに腰掛けた。
「私は諸君に恨みはない。しいて言えば、わが平穏の屋敷に不法侵入されたぐらいだ。そこで提案。諸君の境遇と雇い主を話してもらうのと引き換えに、君が提示された報酬の倍額を支払おう」
 アサシンの青年の目が揺らいだのを、サンダルフォンはちゃんと見抜いた。
 どうしても命令に従わねばならなかった、という背景があるなら、サンダルフォンの提案は悪い話ではない。むしろ、金に困っているのなら乗った方が得だ。しかし、雇い主の報復も恐ろしい。
「どうしても雇い主に義理立てして、私に話すのを良しとしないならば・・・コレを使ってみようかな」
 サンダルフォンは、一本のペノメナボトルを取り出してみせた。
「私の友人の素晴らしいところのひとつは、顧客の望みを汲み取るのが、非常に上手いということだ。このボトルから出てくるのも、いま君を拘束しているペノメナと同じだが・・・そいつらは全部オス。こっちは確実に、卵を産むメスが出てくる」
 怪訝な顔で見上げてくるアサシンに、サンダルフォンはにっこりと微笑んだ。
「ペノメナは自分で動き回るために体を持った珊瑚だ。通常、彼らの雌雄は安定せず、必要に応じてどちらにも変化する。だが、これは人工的に雌雄を分け、意図的に出現させる。さて、彼らは魚のように先に卵を産み、その上に精子をかけるが・・・」
 毒に侵されて青ざめていたアサシンの顔が、見る見るうちに蒼白になっていく。
「腸内で孵化したペノメナは、その生態に乗っ取って、君の腸壁に噛み付いて吸血し、成長する・・・」
「やめ・・・」
「君はペノメナに犯された上で妊娠し、腹の中をずたずたに食い破られるというわけだ」
 白い法衣を所々赤く汚し、こともなげに腹の中で蟲に似た幼生を飼ってみるかと脅すサンダルフォンを、アサシンは床に爪を立てながら睨み上げた。
「悪魔め・・・」
「よく言われる」
「・・・やってみればいい。俺は・・・死んでも言わない」
「何度も同じことを言わせるな。私は聖職者だ」
 憮然と眉をひそめ、そして、サンダルフォンは悪魔のように優しく微笑んだ。
「安楽な死など期待するな。気が狂っても、正気に戻してやろう。この世に無意味な命など、神はお創りにはならん。私は君を、絶対に死なせない」
 その手にあるボトルが、ゆらゆらと揺れる。
 自分の信念を妨害する他人の命など・・・いや、他人の尊厳など、屁とも思わない人間なのだ。
「・・・誰にも助けてもらえないなら、せめて何もない自分に取引を持ちかけるような、酔狂な人間の手を取ってみたまえ。・・・私は、必ず助ける」
「信じ・・・られるか・・・」
「別に信じなくてもいい。ただ、生きて帰りたいなら、より勝算の高い方を選ぶべきじゃないか?」
 このアサシンには、彼が金を持ち帰るのを待っている人がいる。それを、サンダルフォンは初めから知っていた。
「・・・・・・」
 言えばすぐに殺されるかもしれない、でも、言わなければ地獄の方がましと思えそうな苦痛が待っている。自分が帰らなければ困る人がいる。
 彼がペノメナの毒で朦朧とした意識を必死でかき集め、一生懸命に考えようとしているのが、サンダルフォンにはよくわかる。だから、その背を、そっと押してやった。
「お前の一番大事なものは、なんだ?」
 サンダルフォンは、依頼主の名前を白状したアサシンからペノメナをどけてやった。
 気がつけば、ペノメナに犯されていた男たちの哀れな声が、ずいぶん前から聞こえなくなっていた。