離さない為に −4−


 穏やかな秋晴れのした、サカキとハロルドはいつもの露店場所で、いつものように並んで座っていた。
 落ち葉が舞い、風も冷たくなって、そろそろ本格的に冬支度を始めなくてはならないだろう。
 すっかりBladerの面子とも顔なじみになってしまったハロルドが、サカキのところへ来た客に可愛がられたり、からかわれたりしている。とっつきにくく会話が途切れてしまうサカキよりも、ハロルドの方がノリがいいし、何より純粋に反応が楽しい。
 サカキの性戯用ペノメナボトルは、そこそこの評判だ。男に突っ込みたがって困るというのはご愛嬌だが、独特の生臭さが少なくて性格も大人しく、初心者にもいいのではと、モニターしてくれたソラスティアやシノたちが太鼓判を押してくれた。もっとも、彼女たちはもっと激しいのが好みだそうだが・・・。
(激しいのもあるにはあるんだが、制御がなぁ・・・)
 その辺の責任がもてなくて彼女たちには渡さなかった物が、そもそもの依頼主の方に届けてあり、記入済みのモニター用紙も郵送で送られてきていた。
 いまサカキには、その依頼主とのwisが繋がっていた。
『・・・うん、メスのボトルを使う前に白状してくれたんでね』
『そうか。襲ってきた奴らはどうなった?』
『みんなそれぞれ、大切な物が違うから、なかなか折り合いが付かなくてね。今回は一人しか助けられなかった』
『・・・そうか』
 聞かなくても言いことをサカキは聞き、答えなくていいことをサンダルフォンは答えた。それが自己満足な偽善や、ひとりよがりな感傷だとしても、性分なのだから仕方がない。
『ところで、これも今回は使う機会が無かったんだが、一本だけ入っていた、この「対プリースト特化」っていうのは、私への愛かな?』
『そう思うなら、来月にでも歳暮の熨斗付けてケースで贈ってやる』
『サカキの愛は私限定で痛いから困る』
『あんたが嫌いじゃないからな』
 一瞬の沈黙の後、明るいハイプリーストの声が、困ったように言った。
『サカキはいつもずるい』
『それでけっこう』
 量産するタイプと数量に加え、材料は別途用意して届けるという旨を告げたあと、報酬を取りに来るのを待っているという言葉を最後に、サンダルフォンからのwisは切れた。
「・・・・・・」
 サカキはため息をついて、受注メモの裏紙に使ったモニター用紙をしまい、その下敷きにしていた新聞の記事に目を落とした。
 聖カピトーリナ修道院の要職者の一人が、恐喝や部下への暴力、職権乱用の罪で逮捕されたという。元々潔癖かつ強硬な性格で知られた人物だったようで、いつかは・・・と噂されてはいたようだが・・・。
(馬鹿な奴だ。サンダルフォンに敵う訳がない)
 互いが振りかざす正義が、片や権力と教義であるのに対し、片や人間の生命に根ざした野蛮で原始的な尊厳と、その生命すらかけた誓いだ。精神論で片付けるつもりはないが、そもそもの覚悟が違えば、それに付随する用意も違う。
(・・・後任はミルフィリオ・ヴァスカー・・・ヴァスカー?)
 聞き覚えのある名前に続きを読めば、なるほど、他の要職者の一族のようだ。写真に写っているのは、亜麻色の髪をした知的な顔立ちの、ハイプリーストの青年だ。
 修道院にハイプリーストというのも変な感じだが、そもそも、その役職が大聖堂を代表する大使のようなものらしい。
(ふーん。まだ若いのにすげぇな)
 ページを捲って、尋ね人の欄が目に留まる。冒険者には多々あることだが、知人が急に行方不明になったり、また身元不明な重傷者が救助されたりする。
(教授、WS、モンク、男性、委細連絡・・・聖ヨハンナ精神病院)
 サカキは頭痛を覚えて、こめかみを軽く揉んだ。ポーチにしまった紙切れが、ひどく重く、血生臭く感じた。
 やろうと思えば、メスのペノメナを仕掛けた後、野生のペノメナがいるダンジョンに放り出すこともできた。そうすれば、証拠を残すことなく始末する事ができただろう。それをしなかったのは、サンダルフォンの聖職者としての性格と、おそらく・・・サカキへの気遣いだ。
(本当に頭がいい奴は、無いものを有るように見せ、有るものを無いと思い込ませる。無意味な物でも意味があるように見せかけて使いこなす。俺には・・・できない)
 目の前にあるものしか見えず、手を触れられるものしか使えない自分に、限界を感じる。
「なぁハロルド」
「はい?」
 ぽけーっと秋の空を見上げていたハロルドは、もう話しかけていいのかと、嬉しそうにサカキに顔を向けた。
「自分より頭のいい人間を止めることって、できると思うか?」
「へ・・・えぇ??」
 止めると言うのは一時的になのか、総合的になのか、具体的にはどういうことなのか、ハロルドの表情はぐるぐるした頭の中を映すように、ころころと困惑の色を変化させた。
「えーっと・・・つまり、俺がサカキさんをどうにかして止められるかっていう可能性ですよね?物理的になら、なんとか・・・」
 ブチ切れてアシデモ撃とうとするサカキを、必死で羽交い絞めにしているハロルドが容易に想像できて、サカキは珍しく、小さく噴きだした。
「ぷっ・・・くくっ・・・」
「あ、笑った。そんなに可笑しかったですか?」
「そうだな。あぁ、面白かった。なるほど、殴ってでも止められれば、それでいいか」
「???」
 警告のつもりで一本だけ入れたが、サンダルフォンもよくわかっているだろう。
「あの・・・まだ聞いていなかったんですけど」
「なんだ?」
 ハロルドは顔を赤くしながら、周りをはばかってwisをつなげてきた。
『その・・・今回サカキさんが作ったペノメナボトルって、大人のおもちゃです・・・よね?』
「ふむ?・・・まぁ、そういうのもあるな」
 サカキの微妙な言い回しにハロルドが眉をひそめると、ばつの悪そうな、それでも珍しく悪戯っぽい上目遣いが返ってきた。
『心配するな。召喚できるのは普通のペノメナと、若干強化したペノメナだし、オスの生殖・・・・・能力も奪ってある・・・・・・・・。ただ・・・毒が自我を失わない程度の軽い媚薬に変わっていたり、触手の太さとか肌触りを変化させる能力をつけたり、吸血じゃなくて吸精液な生態に変わっていたり・・・』
「もういいです。サカキさんの努力が垣間見られました」
 聞くに堪えなくて、ぐったりとうつむいたハロルドに、サカキは重々しく頷いた。
「そうだろう。戦闘用のものなんか、サスカッチ程度は軽々と持ち上げられるような膂力をつけて、毒を強化して、触手クイッケンつけて、シールドチャージ撃てて、ディビーナ唱えて・・・苦労したんだ。二週間もハロルドといちゃつけなかった原因は、すべてサンダルフォンにある。文句はあいつに言ってくれ」
 ハロルドが「そんな恐ろしいことはできません」と言うまえに、サカキは大きなあくびをして、脚を投げ出した。
 もう作ってしまったものはしょうがない。それが友人の役に立ち、誰かを傷つけるかもしれなくても、他の誰かを救うことになるのなら、できるだけ有用に使ってもらうしかない。
 サカキは自分の作品を有用に使ってくれる人間にしか、特別な薬や道具は売らないことにしている。買っていった人間が、サカキにとって不本意な使い方をしたときは・・・売った人間の責任として、自らが制裁に行く覚悟がある。
(サンダルフォンを生かしたのは俺だ)
 誇張でも比喩でもない、事実だ。そこに恩を着せたり、責任を感じたりするほど、おこがましくはない。ただ、この奇妙な縁は、最後まで見続けるようサカキに命じているかのように感じた。
 人ならざる者に魅入られて害をなすよりは、自分程度の錬金術師が作った道具を使いこなしている方が、よっぽどましだ。それが、サカキの正直な気持ちだ。
「ハロ、もうサンダルフォンの家に行っていいぞ。スィートポテト楽しみにしている」
「了解しましたっ。じゃあ、これからアマツに焼き芋狩りに行きましょうか!マルコを誘えたら、生体D1階でもいいかな?」
「そうだな。生体1階なら、マルコもサングラスあればいけるんじゃないかな」
「ですよね!」
 二人は露店をたたんで立ち上がり、人で溢れるプロンテラの大通りに溶け込んでいった。