離さない為に −1−


 秋深くなってきた今日この頃、サカキはハロルドと並んで露店を出しながら、頭に響いてくる楽しそうな声に、うんざりとしてため息をついた。
『この前、「植物用惚れ薬」を作ったばっかりだろ』
『あれもなかなかよかったよ。やっぱり、繊細な加減ができるのはサカキならではだね。まぁ・・・リーフに使うには、若干問題があったようだけど』
 サンダルフォンは明るく笑うが、エリゼンタの女性型ホムンクルスに起こった、一時的ながら劇的な変化には、さすがにサカキも言葉を失った。メグという名のリーフにくっつかれたまま、顔を真っ赤にして、涙目で報告するエリゼンタには、結果的には良かったかもしれないが、本当に悪いことをしたと申し訳なく思う。
『で、なんでわざわざペノメナなんだ?』
『ピンギキュラじゃ、一部の幼女好きとかにしか受けないだろう?ネペンテスだと、なんだか余計な胞子がくっつきそうで、私が嫌だ。だいたい、異世界の植物なんか制御が難しいだろ』
『俺を殺す気じゃないというのは、なんとなくわかった』
『そうだろう』
 重々しく言われても、ちっとも嬉しくない。
『だからって、ペノメナは植物じゃないぞ』
 姿形は植物のヒドラに似ているが、ペノメナはれっきとした魚貝生物だ。
『イクラ爆弾を作れるんだ。問題ない問題ない』
『問題があるかどうかを判断するのは俺だっ』
 そもそも、ペノメナボトルを作れと言ってきている人物に、問題がありそうだが。これでも一応聖職者のはずだ。
『まぁ、とりあえず作ってみてくれ。ペノなら、すでに研究したスキモノがいるんじゃないか?バリエーションが色々あると嬉しいな』
『・・・試作でよければ』
『ありがたい。報酬は弾むから、よろしく頼むよ』
『わかった』
 上機嫌で切られたwisの相手に向かって、サカキはもう一度大きくため息をついた。
「はぁ・・・」
「サンダルフォンさんですか?」
 おいしい焼き芋をもふもふと齧りながら、ハロルドが首を傾げる。
「よくわかったな」
「う〜ん、そんな気がしました。サカキさんが嫌じゃない苦々しい顔をしていたから」
「・・・今度、自分の顔を鏡で見てみよう」
「あははは」
 ほくほくした甘い芋を齧りながら、サカキはぼんやりと製作の手順を考えだした。
「ハロルド、沈没船か時計塔で、ペノメナ捕まえてきてくれないか?」
「ペノですか!?俺避けられないかと・・・」
 ぶよぶよした紫色の体に、うねうねした長い触手、毒のある棘や噛み付いて血をすする牙。緩慢ながら自力で移動するせいで、ペノメナはハロルドのような遠距離攻撃の手段を持たない者には、一度捕まると逃げるのも倒すのも難しいモンスターだ。ついでに言うと、サカキでは手も足も出ない。
「護衛は別途依頼する。キリヤなら支援があれば避けられるだろうから、一緒に行ってみてくれ」
「わかりました」
 ハロルドはにっこり微笑むと、残りの芋を平らげて、ごきゅごきゅとミルクを飲み干した。
「美味しかったぁ」
「今度、スイートポテト作ってくれ」
「わかりました・・・ぁ、オーブン借りなきゃ。サンダルフォンさんの家にあったかな」
「ああ・・・」
 あったはずだが、サカキはハロルドを止めた。
「いや、しばらくは近付かない方がいい」
「・・・しばらくは?」
 サカキは頷き、状況をつかみかねているハロルドに、完結に説明した。
「たぶん、また狙われているんだろう。俺やハロルドが不用意に行って、侵入者や襲撃者に人質に取られるような失敗は避けるべきだ」
 情報屋をしているサンダルフォンは、よく狙われる。もちろん、そのすべてを撃退してきているので、先ほどのようにサカキ相手に笑ってwisをしたりしているのだが・・・。
「拷問用も作れって事だよなぁ・・・」
 ぼそっと呟いたサカキに、ハロルドは神妙な顔をした。
「気の毒ですね」
「サンダルフォンたちがか?」
「いえ、サンダルフォンさんやマルコを狙うように命令された人が、です」
「まったく同意する」
 サカキは焼き芋をほおばりながら、しみじみと、深く頷いた。


 ハロルドとローグのキリヤは、首都の南側にある大きな十字路で待ち合わせをしていた。商圏を争っているカプラサービスとジョンダイベントが、ここからアルデバランの時計塔内部へ転送してくれるのだ。
「悪いな、キリヤ」
「いいってことよ。サカキさんなら払いはいいしな」
 キリヤが収集品集めに借り出されるときは、サカキからボーナスが出るので、彼はめったに断らない。ニッと笑って、キリヤは自慢の赤い逆毛の具合を気にした。
「いやぁ、それにしても。今回は素敵なオネエサマが護衛してくれるって言う話じゃんか。コレは気合入りまくりってもんだぜ」
「あぁ・・・うん、そうなんだけどね・・・」
 誰が来るのか知っているハロルドは、若干眼差しが遠くなった。
「まぁ、オネエサマには違いない・・・」
「あン?」
 怪訝な表情をしたキリヤに、ハロルドは力無く微笑んだ。
「ほら、きたよ」
「ハロくぅ〜ん!」
「お待たせいたしました〜!」
 グランペコに乗ったパラディンと、紫色の長い髪にバルーンハットを載せたハイプリーストが、人込みをすいすいと避けて走ってきた。
「ソラさん、シノさん、今日はよろしくお願いします」
 ハロルドがぺこりと頭を下げると、彼女たちは上機嫌で頷いた。
「こちらこそ、よろしくね」
「サカキさんにご指名いただけるなんて、嬉しいわ」
 聖母のように穏やかな微笑みを浮かべたソラスティアと、杖を抱きしめて身をくねらせるシノに、ハロルドはキリヤを紹介した。
「よ、よろし、く・・・」
「まぁ!可愛いボウヤだこと!私たちが食べちゃいたいわ」
「私たちがきっちり援護して差し上げますから、心置きなくペノに絡み付かれてらしてね」
 にこにこと不穏なことを言う彼女たちから、キリヤはぎぎぎと音を立てるように、ハロルドを見た。
『おい・・・この人たちオーラ噴いてんだけど・・・あとこのギルド、俺Gvアナウンスで聞いたことあるんだけどさ?』
『うん。よく流れるね』
 大手対人ギルド「Blader」は、かなり有名だ。そこのギルドマスターとサカキが懇意だとか、その下部組織の生産者ギルドの人間から、サカキが師匠と呼ばれていることとか・・・。ハロルドは、その辺は追々キリヤに話してあげることにした。
「はあぁ。サカキさんが作ったペノメナボトルを最初に体験できるなんて・・・私、今から興奮して・・・もう・・・っ」
「落ち着いて、ソラさん。・・・わ、わたしだって・・・真澄くんにけしかけたらと思うと・・・はぁん、ゾクゾクしちゃうっ!」
 今からハァハァ言っているオネエサマたちに、若干の不安を覚えながらも、ハロルドとキリヤは、今回商圏投票に勝ったカプラサービスに金を支払って、転送先を告げた。

 いつもはその先の地下4階まで降りてしまうので、ハロルドはペノメナだらけのこの場所に、あまり馴染みがない。
 それでも、ソラスティアの先導とシノの的確な支援のおかげで、ハロルドとキリヤは危なげなく大量のペノメナを倒す事ができた。
「で、コレを持って帰るのか」
「しばらくサカキさんの部屋がペノメナ臭くなりそうでヤだなぁ」
 キリヤは生臭い塊をげんなりと見やったが、ハロルドは苦笑いを浮かべながら、赤い触手をぐったりと伸ばした、紫色のぶよぶよした物体を自分のカートに放り込んだ。
 ハロルドは首都に帰ると、収集品をすべて現金換算して、三人に配った。キリヤと一緒に行くと、かなりの儲けが出る。ただし、今回は収集品のほとんどを、サカキが買い上げることになっている。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
「たまには、こういうのもいいですわね」
 ほんわかと微笑む美女二人が、何気なくキリヤの両側に立っているのは、きっと逃げ道を塞ぐためじゃないと、ハロルドは心の中で現実から目をそらせた。
「じゃあ、俺サカキさんに届けに行ってきます。お疲れ様でした」
「お疲れ様。サカキさんによろしくね」
「楽しみにしていますからって、伝えてね。お疲れ様〜」
「おう、おつー・・・ぇ・・・あれ?ちょ・・・ッ!?」
 逆毛ローグの青年が、色欲に飢えたパラディンとハイプリーストに引き摺られていく姿を見ないよう、ハロルドは決して振り向かなかった。