愚者に捧げる鎮魂花 −5−
「苗床・・・!?」
「まさかっ!?」 ざわめいたランカーたちの表情は、青ざめ、強張っている。 「・・・どういうこと?」 ハロルドがぎこちなく聞くと、恐怖にひきつった表情で、アルフォレアがヒステリックに叫んだ。 「異世界の毒草で死んだ師匠の身体を、異世界の草をはやすための苗床にするつもりなんです!向こうの草は、あの毒素が無い土だと、薬になる草にならないから・・・!」 「なん・・・」 「そういうことだ。こちらで栽培ができれば、わざわざ危険な異世界まで行く必要は無い」 アルケミストギルドの男が頷く。 ハロルドは、ふむ、たしかにそうだなぁ・・・などと、のん気に言うサカキの声が聞こえたような気がした。 「そんなの・・・駄目に決まっているでしょ!」 ハロルドが思ったほど、大きな声にならなかった。かすれて、震えて、頼りない。 「彼には肉親も配偶者もいなかった。よって、拒否できる権利を持つ対象者は不在。彼の死体をどうしようと、登録されているアルケミストギルドの勝手だ」 「教会で、聖職者の前で、よくも堂々と言えるものだ」 吐き捨てたマルコの眼差しは、ハロルドが見たことも無いほど鋭い。 「ハロルドはサカキさんの恋人だ。拒否する権利がある」 「ほう?だが、血のつながりもなければ・・・結婚などできるわけも無いだろうし?」 ギルドの男がわざとらしく声の調子を変えたのは、ハロルドのことを、すでに調査済みだったからだろう。 ハロルドは唇を噛んだ。自分ではサカキの安息すら守れないというのか。 「すでに決定事項だ。死んだ後もクリエイターとして人々の役に立てるのだ。・・・彼も本望だろう?」 そうかもしれない、とハロルドは思う。サカキなら、「べつにかまわん」とでも言いそうだ。それがわかるからこそ、ハロルドには言い返せない。 「でも・・・っ」 「無事に薬草が育ったら、その功績を讃え、薬草園に慰霊碑でも建ててやろう。運び出せ」 無遠慮に手をかけられる棺に、ハロルドは取りすがった。 「待って!嫌だ!!」 「邪魔だ」 「嫌だ!!」 「邪魔だと・・・」 「邪魔なのはアンタだ」 その少しハスキーな低い声に、ハロルドはびっくりして振り向いた。 「・・・ひぇへ?・・・ししょ・・・?」 アルフォレアがぽかんと口を開け、マルコも目を丸くしている。 アルケミストギルドの男の後ろに、ホワイトスミスの青年が立っていた。ただ、顔はアラーム仮面で見えなかったが。 「なんだ、お前は?」 「弟らしき人間の死に顔を見に来た、兄だが?」 「な・・・」 驚いている男の目の前で、癖のある緑色の髪をしたホワイトスミスは、アラーム仮面を取った。 「サ、カキ・・・!?」 その呟きは、誰が漏らしたものか。棺の中に横たわる人間と瓜二つの男が、そこに立っていた。 「チハヤさん・・・!」 この場にいる誰も知らないはずの名前を呼ばれて、チハヤは自分と同じ職の若者に視線だけ配った。 「退け」 チハヤは目の前で突っ立っているギルドの錬金術師たちを、一言で押しのけた。無愛想で不機嫌そうで、無駄に目つきが悪いところまで、サカキにそっくりだ。 「なぜ、その名前を知っている?」 サカキと同じ琥珀色の眼に睨まれて、ハロルドは息を呑んで、手に持っていた小さなフォトスタンドのひとつを、手渡した。 「サカキさんに、教えてもらいました。サカキさんは、俺以外の誰にも言いませんでしたが、ずっとお兄さんを探していました」 それは、サカキの部屋に飾ってあった、幼き日の家族の肖像。 「チハヤさんが来なかったら、一緒に埋めてあげようかと・・・」 「・・・生きていたんだな」 写真を片手に、チハヤは棺の中に視線を移し、ため息をついた。 「まさか、こいつの死に顔を、二回も見ることになるとはな。・・・もっとも、一回目は生き返ったようだが」 兄弟同じ緑色の前髪を、チハヤがサカキの額に触れて撫でる。 「サカキ・・・」 体格は多少違うが、それでもサカキとほぼ同じ顔をしたチハヤが、サカキの名を呼ぶのを、ハロルドは奇妙な気分で見守った。 チハヤは冷たくなった弟に触れて満足したのか、錬金術師達に向き直った。 「・・・それで、サカキの死体をどうするか、俺が決めていいんだな?」 「・・・そうだ」 さすがに、これだけ似ていると、兄弟ではないと言う方が不自然だ。ギルドの人間も渋々認めたらしい。 「・・・俺は別にかまわん。墓に入れようと、ギルドに連れて行こうと。俺がこいつだったら、自分の死体なんぞ気にかけん」 あからさまにほっとした様子の錬金術師達に、チハヤは続けた。 「ただし、サカキが大事にしていた人間の意向は、サカキの遺志同等に聞くべきだ」 その言葉に、ハロルドは顔を上げてチハヤを見た。サカキと同じ、琥珀色の目が、剣呑な光を帯びたまま、ハロルドを見返してきた。 サカキならなんと言うだろうか、自分はどうしたいのだろうか、ハロルドは考えた。 「・・・俺は、サカキさんと離れたくないです。亡くなって、遺体になっても。・・・でも、サカキさんなら、死んだ後の自分の身体がどうなろうと気にしないと、俺も思います。まして、人の役に立てるなら、好きにしろって言うと思います」 ハロルドは言葉を切って、大きく息を吸い込んだ。緊張して、心臓が信じられないくらい早く脈打っている。怖かったが、ハロルドには他に納得できる方法がなかった。 「条件があります。どうしてもサカキさんを連れて行くなら、俺も、サカキさんと一緒に埋めてください」 「それは君の死後、ということでいいかな。・・・しかも、あの病に冒されずに一生を終えた、という条件付きでよければ」 「はい。よろしくお願いします」 ぱっと明るい笑顔をみせたハロルドが何を持っているか、最初に気付いたのは製薬ランカーたちだった。 「な・・・っ!」 「よせっ!」 その試験管をあおり、苦しさに吐き戻そうとするのを、必死に口元を押さえて堪えるハロルドを抱き止めたのは、チハヤだった。 「ごふっ・・・」 「お前・・・っ!?」 「ハロルド・・・ッ!!」 マルコとツヅラが回復の祝福を唱え、キリヤが精製された麻痺毒を吐かせようとし、アルフォレアが手持ちの材料で中和薬を作る。 「ファーマシー!!これ飲ませてくださいっ!!」 「ハロ!しっかりしろ、この馬鹿!!」 無理やり中和薬を飲まされているハロルドの手から落ちた、空の試験管とフォトスタンドを、チハヤは拾い上げた。 試験管には、『サカキの精製麻痺薬(*猛毒注意*)』とラベルが貼られていた。そして写真には、楽しげに笑うハロルドと、幸せそうに微笑むサカキが写っていた。 |