愚者に捧げる鎮魂花 −2−
ハロルドはしっかりとサカキを抱きかかえたまま、くせのある髪を洗い、泡立てたスポンジでせっせと強張った身体を擦った。はじめは暴れたサカキだったが、抵抗する元気も無くなったのか、大人しくなった。
「はい、サカキさん、こっち向いて〜」 「?」 「んもう、俺の言っていることが通じないって、不便だなぁ」 眉を寄せたハロルドに、かすかな声が聞こえた。 『・・・ロ・・・・・・ぇ・・・』 「あ・・・」 サカキがwisの通信を許可したのだろう。しかし、途切れ途切れで聞こえにくい。 『よく聞こえないんですけど。俺の声、聞こえます?』 サカキも首をかしげた。 「聞こえにくいな」 「うーん、wisまで不自由になっちゃったか」 それもまぁ仕方がないと、ハロルドは泡だらけになっているサカキを洗い流した。温かい湯船の中で、サカキの強張った手足をマッサージすると、うっとりと頭を預けてきた。よほど緊張と疲労が続いていたのだろう。 「ハロ、薬ができた。あの病気を治すのに、麻痺の副作用が出ない新薬だ」 サカキの言葉に、ハロルドはサカキの身体の心配をしていて、しばし反応が遅れた。 「・・・えぇっ!?本当ですかっ!?」 ハロルドの驚き方に、サカキの口元に満足気な微笑が浮かんだ。耳が聞こえなくても、目がよく見えなくても、こうして肌を合わせていれば、どんな様子かわかるのだろう。 「まだ、臨床試験をしていない。その前に、製薬が難しすぎて、俺じゃ量産できない」 サカキはぎこちない動きで、ハロルドの方を向いた。上手く視界に捉えられないのか、いつも以上に眼を眇めている。 「頼みがある」 サカキの頼みを断るなどという選択は、ハロルドには無い。ハロルドはサカキの手を取って自分の頬を触らせてから、頷いた。 サカキの部屋とは思えないような散かり具合に、ハロルドは愁眉を寄せながら片づけを手伝った。製薬関係以外なら、どこに何があるのか、大体把握している。 「サカキさん、いつからこの状態なんですか?よく転びませんでしたね」 ハロルドがしゃべっても、ほとんど独り言になってしまうのだが、それでもしんと静まり返った沈黙よりはいい。 ごみをまとめて、空気の入れ替えをして、掃除をして、やっと落ち着いて料理ができる。サカキが食べやすいように、とろみをつけたスープを作った。 「美味しい」 久しぶりに食べるハロルドの家庭的な手料理に、サカキの表情も柔らかくなる。ハロルドは、サカキの元に戻ってこられて、本当に良かったと思った。 もうハロルドだけをアルデバランに追いやったことも、一人で試作薬を飲み続けていたことも、文句を言わないことにした。これからはずっと、身体が不自由になってしまったサカキの、目耳や手足になって暮らすのだ。サカキのそばにいられるのが、ハロルドにとってこの上ない幸せだった。 意志の疎通も不自由になったので、必要なことは、サカキはしゃべり、ハロルドはジェスチャーやサカキの手に指先で筆談するしかない。それでも、やってみると思っていたほど不便ではなくなった。 「サカキさん・・・こんなに小さかったっけ・・・?」 ベッドの中、隣ですやすやと眠るサカキを眺め、ハロルドは独り呟いた。 ハロルドが成長して、体躯が立派になったのを差し引いても、抱き上げたサカキは軽かった。元々華奢ではあったが、こんなに骨が浮き出るように痩せてはいなかったはずだ。 「ちゃんとご飯食べてなかったんでしょう?クマできてるし、あんまり寝てなかったんじゃないですか?」 寝食を忘れて研究に没頭し、ハロルドが来た時には終わっていたからいいものの、まだ続いていたら、ハロルドは追い返されていたかもしれない。 「ねぇ、サカキさん・・・俺が愛してるって言っても、もう聞こえないんだよね?」 額を出して、安心しきっている寝顔に口付けると、唇に触れた感触を追いかけたのか、痩せた身体が丸まるように、ハロルドの腕の中に納まる。 「ん・・・」 「・・・サカキさん」 本当に久しぶりに・・・数ヶ月ぶりに触れた愛しい人。最後に会ったときには、まだ自分の背のほうが低かった。 「サカキさん・・・」 無防備に晒されるうなじに、身体が熱くなる。 (だめだってば!サカキさん寝てるし、そうじゃなくても弱ってるし!) 熱をやり過ごそうとするが、今日はすでに風呂場で全裸まで見ている。なかなか脳裏から離れてくれないどころか、思い出しただけで余計に元気になる。 (う〜・・・。サカキさん、ちょっとごめんね) ハロルドはそっとサカキの下から腕を引き抜き、毛布を握らせた。 (可愛いなぁ) サカキのほうがずっと年上だし、普段はハロルドの方がサカキに可愛いと思われているのだが、いまはハロルドの雄の本能が勝っている。 ベッドを揺らさないようにそっと起き上がり、夜着の下をはだけた。熱を持って頭をもたげた自分を手に包み、緩やかに扱く。 「ん・・・は、ぁ・・・」 声ならいくら出しても大丈夫。ただ、ベッドを揺らして起こしてしまわないよう、気をつければいい。 「サ、カキさ・・・ぁ・・・」 括れを擦り、赤く充血した敏感な先端を撫でると、ゾクゾクと快感が這い回る。とろりと染み出した雫が指に絡まって、くちゅくちゅと音を立てた。 無防備な寝顔、白いうなじ、はだけた襟元から覗く浮き出た鎖骨・・・。今は見えないその下の身体を押し開きたくて、ハロルドは熱のこもった吐息を吐いた。 「入れたい・・・。サカキさんの、なか・・・はぁっ・・・いっぱい、入れたい・・・んっ」 きゅうきゅう締め付けるそこを思い出し、ますますハロルドの雄は硬く膨らむ。 「あっ・・・ふぁ・・・気持ちいい・・・っん、サカキさ、ぁん」 「ハロ・・・?」 「ふひゃあっ!?」 サカキは隣にあった温もりがなくなって寝ぼけた声を上げたのだが、ハロルドがびっくりしてベッドを揺らしてしまい、それが決め手で目を覚ました。 「ハロ・・・?どこ・・・?」 「あわわっ!すみません、おこしちゃって・・・いや、これはその・・・っ」 とっさに起き上がりかけたサカキの手を取ったが、まだ下着を脱いだままで、ハロルドはあたふたと身づくろいに片手だけ伸ばした。 「・・・ハロ」 「は、はい・・・」 「一人でしていたな」 「なんでわかるんですかサカキさん!?」 視力が落ちている上に、ただでさえ夜の暗い室内だというのに。 「ふん、ハロルドのニオイがする」 「あうぅ・・・」 鋭敏に雄を嗅ぎわけたサカキが、服を引っ張り上げようとしていたハロルドの手を掴み、先走りに濡れた指先に舌を伸ばした。 「ちょ・・・っ、ダメですって、そんな、舐めちゃ・・・」 「ん・・・まだイってないな?」 「そーですけど、もうイきそうだったんですけど・・・だから、ダメ・・・っんぅ・・・」 ハロルドの声が全く聞こえていないサカキは、ハロルドの指を咥えたまま、元々脱げかけていたハロルドの服を、手探りで下肢から剥ぎ取った。その脚の間に体を滑り込ませる慣れた動きに、ハロルドはなす術もない。熱い高ぶりに、細い指が絡まる。 「あうっ・・・」 「すごい・・・こんなに、硬くして・・・」 「はぁっ・・・あっ・・・サカキさ・・・そ・・・んな・・・っ」 サカキは元々上手いはずだが、やはり指先まで動かしにくいのか、いつもと違う刺激にハロルドは焦れた。 「だ、め・・・っ・・・はあっ・・・ぅ、もっ、とぉ・・・!」 荒い息をついて抱きつくハロルドに、そうと気付いたサカキがやるせなく首を振った。 「まさか、こんなところで不便になるとは思わなかった・・・」 「サカキさ・・・?っそれは、もっとだ・・・っ、ぅあ・・・!」 温かく濡れたところに包まれたと思ったら、いきなり吸われて、ハロルドの腰が跳ねた。 「んっ・・・じゅっ・・・ふ」 「あっ、やあぁあっ・・・ふああぁっ!」 イく寸前で止まっていたハロルドは、柔らかな舌に先端を舐め回されて、あっけなくサカキの口の中に吐き出した。 「はぁっ・・・はぁ・・・ぅ、・・・恥ずかしいぃ」 自慰がばれた上に、そのまま舐められてイかされたのでは、毛布をかぶって蹲りたい気分だ。実際は、まだ脚の間にサカキがいてできないのだが。 「あぁ、久しぶりのハロルドを、危うく無駄に出させるところだった」 「そんな、もっと恥ずかしいこと言わないでくだ・・・ひぃぁっ!」 ハロルドが抗議したところで、サカキには聞こえていない。イったばかりのハロルドを扱き、逞しい首筋に唇を寄せた。 「まさか、自分だけイって終わりとかじゃないだろうな?」 「ふぇ・・・?いや、あの、でも・・・」 カーテンから漏れる月明かりが、嫣然と微笑む、濡れた口元を照らした。 |