不器用な優しさ −4−


 いつものように義理だけ果たしても夜更けになってしまう舞踏会を抜け出して、イーヴァルは人知れず胸の空気を吐き出した。他の連中は夜明けまでやっているそうだが、イーヴァルは皇帝になって以来、片手で数えるほどしか最後までいたことはない。
 今夜はユーインという珍しいスケープゴートがいてくれたが、この規模の舞踏会が、今年の慶春祭期間にはまだあと二つほど控えている。実に気が重い。
「・・・・・・?」
 イグナーツは先に寝ているはずだが部屋のベッドにおらず、視線を巡らせろと、暖炉の前で斑紋のある大きな獣にもたれかかって寝ていた。毛布は掛けられていたが、このままで風邪をひきかねない。
「イグナーツ」
「ん?・・・・・・おかえり」
 もそもそと目を擦ってイグナーツが起きると、雪豹のエヴァは役目が終わったとばかりに抜け出していった。
「なにをしている。ロサ・ルイーナたちはどうした」
「あぁ、いいの。俺が一人にしてっていったから」
 髪も自分でぞんざいに拭ったと見えて、寝癖やうねりがあちこちにできていた。イーヴァルが指先で髪を梳いてやると、気持ちよさそうにこてりと頭を寄せてくる。
「なにかあったのか」
「なにかってほどじゃないよ。イーヴァの言う通り、首尾は良かったと思う。そっちは?」
「よく働く便利な奴だった。ぜひうちで飼っておきたい有能な道具だ」
「ははっ、人には得手不得手ってもんがあるからな」
 イーヴァルは必要な時だけユーインを姫君たちからの盾にしたいが、むこうは御免被ると思っているのはわかる。今もパートナーと共に早く帰りたいと嘆いているに違いない。
「それで、お前は何を拗ねている?」
「拗ねて・・・・・・うぅん、そうなのかなぁ」
 クッションに腰を下ろしたイーヴァルの胸に、イグナーツはぐりぐりと頭を擦りつけながら唸る。甘えているから、そんなに大きな不満ではないのだろうが、鬱屈されるのは許しがたい。
「怒らないからいってみろ」
「うーん・・・・・・別に不満があって、どうにか解決したいわけじゃないんだ」
 そう前置きした後、イグナーツはぽつりと、きれいな体だった、とこぼした。クロムの体は、以前見た時と同じで、白く滑らかな肌のまま、時には愛された印を散らすこともあるだろうが、傷らしい傷など見当たらない。
「ピアスを取っちゃえば、俺の体は穴がいっぱいだなって、再確認しただけ」
「・・・・・・・・・・・・」
 イグナーツの体に手ずから穴を開けたのはイーヴァルで、イグナーツも痛いと喚きながらもされるがままでいた。イーヴァルがイグナーツの体を飾りたいと思うなら、そのようにしても構わないと了承していた。だが、いざ無傷の体を見せられて、本来ならこのような苦痛を味あわなくても済んだという事実、どうして自分はクロムのように普通に愛されないのかという、ちょっとした妬みだ。
「ピアスをしないでおけば穴は塞がるけど、そういうことを言いたいんじゃないんだ」
「ふむ」
「・・・・・・なぁ、イーヴァ。子供の頃に見た俺の体と、いまの体、どっちがいい?」
 誰かに嬲られることはあっても、まだ誰のものでもなかった、柔らかな肌の体。それとも、成長してイーヴァルだけのものにした傷だらけの体。どちらがいいかなど、明白な答えだ。
「わざわざ嫌いなように手を加えるものか。それに・・・・・・」
「それに?」
 あの頃も今も、降り注ぐ陽に透けるような美しさを持っている、などと口にしたら、それこそひとひらの名残雪のように溶けて消えてしまいそうな気がした。
「お前は私に言われないと、自分の価値も定められないのか・・・・・・」
「所有している人間が言うな。でもまあ・・・・・・イーヴァが気に入っているなら、それでいい。うん、そうだな。好きでなきゃ、こんな風に飾ったりしないな」
「わかればいい」
「ん、ぅ・・・・・・」
 深い口づけに喘ぐ首筋を撫で、寝巻をはだけながらまさぐれば、人肌に温まった金属が爪先にかかるたびに細い体が震える。
 この体を他人に見せるなど、本来はしたくなかったが、相手が無害なクロムならばまあいいかと企てた次第だ。心身を半端に煽られた恋人を前に、あのユーインの理性がどれほど負荷に耐えられるか。場所が場所だけに、あとの事を考えて無理やり萎えさせるに違いなく、早く自国領に帰ろうと、二人そろって涙目になっている様子は、想像に難くない。
「クククッ・・・・・・」
「機嫌のいい声出しやがって」
「あの二人には、最高品質のベリョーザ酒を土産に持たせてやるから、よく見送っておけ。・・・・・・足腰がたてばな」
「本当に全方向に意地が悪いよな、イーヴァは」
「いまさら何を言う」
 ベッドに運んだ細い体に、どうやって友人を誘惑したのか見せてみろと命じると、素直に四つん這いになって尻を開いてみせた。
「自分でするのも、ナカを擦らないとイけないって・・・・・・こう、やって・・・・・・っ」
 指を突っ込んだアナルを見せつけたというイグナーツの煽情的な姿に、イーヴァルは心地よい高揚を感じた。
「ふむ、だいぶ解れているな」
「はぁっ・・・・・・足りないんだ、イーヴァ」
 脚を広げたその尻の下にぶら下がって見える陰嚢にも、金色のピンが飾られているのを、クロムは見ただろうか。
「クロムとは?」
「するわけないだろ。お互いに、指一本触れていない」
「互いの痴態を眺めて、自分で慰めたのか」
「そうだよ。・・・・・・俺の一人えっちを見て、クロムも勃起してくれた」
 イーヴァルの意地悪を、イグナーツの挑発が打ち返す。このやり取りも、飽きないスパイスだ。
「俺の・・・・・・この穴を見て、自分のケツもぐちょぐちょにされてるって想像しちゃったのかな。クロムは、いいなぁ。自分でちんこ扱けるんだもん」
「なんだ、後ろを見せてもらえなかったのか」
「さすがに恥ずかしかったんじゃない?ちゃんと大きくなって反り返って・・・・・・ピンク色になったカリとか気持ちよさそうに擦ってるのに、一生懸命喘がないようにしてるの、可愛かったよ」
「やれやれ。お前の頭は相変わらず目出度いな」
「どういう意味だっ」
 ベッドの上で四つん這いのまま唸るイグナーツに、イーヴァルはその白い尻を撫でて言ってやった。
「クロムはユーインを相手に自慰に耽ったわけではない。お前に入れたら気持ちよいだろうなと、劣情を抱いたのだ。柔らかそうな、これを目の前にして」
「あっ・・・・・・!」
 よく解れたアナルを指で開くと、赤い襞が誘うように蠢いた。
「劣情を煽れと言ったのは俺だが、他人のオカズになれとは言っていない。仕置きが必要だな」
「んなっ!!」
 理不尽だと喚くイグナーツの尻をひとつ撫でると、ひゅんと手をひるがえし、小気味よい音を響かせた。
「いってぇッ!!なにす・・・・・・いってぇ!!」
 ぱぁん、ぱぁん、と尻をひっぱたけば、イグナーツはきゃんきゃん痛がって楽しませてくれる。イグナーツが最もイーヴァルをたぎらせるのが、この痛がる悲鳴なのだとは、クロムは知らないだろう。
「いてぇ!ひでぇ!俺はイーヴァの言う通りにしただけなのに!一人えっち見られるの恥ずかしかったのに!!」
「そうだな。お前はよくやった」
「・・・・・・・・・・・・」
 機嫌を損ねてイーヴァルへの罵倒が出始める直前の、いいタイミングを見計らえるようになったのは、実は割と最近だ。楽しすぎてついやりすぎるのを自制できるようになったことは、イーヴァルなりに成長だとこっそり自負している。
 うっすら赤くなった尻は、イグナーツがベリョーザへ来た頃に比べると、ふっくらと肉がついてだいぶ触り心地が良くなった。不安のない豊かな生活と、ずっとイーヴァルがこうして愛でているせいだ。
 不当な苦痛にまだむくれている唇を吸えば、ようやく機嫌を直したらしく、甘えたように舌を出してくる。
「は・・・・・・ぁん、んむ・・・・・・」
 ぴちゃぴちゃと唾液が絡む音と、柔らかな唇と舌が触れ合う快感に、イグナーツの顔が苦痛による紅潮とは別に蕩けてくる。
「イーヴァ・・・・・・欲しい」
「ならば、こちらも濡らせ」
 イーヴァルが下穿きをくつろげて取り出した物を、イグナーツは待ちかねたように頬張る。温かく濡れた口腔内が吸い付いてきて、貪欲に動く舌がずるずるとカリや裏筋を舐めていく。相手の良い所を知り尽くした、なかなかの舌技であり、イーヴァルもそれに応えてぐいと硬度を増していく。
「ふっ・・・・・・そんなに、欲しかったか」
「ん」
 口いっぱいに頬張ったまま見上げてくるイグナーツの前髪をかきあげると、潤んだ金色の目と合った。欲情に蕩けた雌のような色気が溢れているのに、自分を失わない気の強さが奥で燃えている。
 これだ。この雄をいたぶりながら飼えるのは、自分だけなのだ。その優越感が、イーヴァルに舌なめずりをさせた。
「はぁ・・・・・・早く入れてくれ。あんな・・・・・・自分の指だけじゃ、足りない」
「よかろう」
「アッ・・・・・・」
 首輪を軽く引っ張ってもう一度向きを変えさせると、魅力的な尻の間で蕩けた穴がイーヴァルを誘っていた。イーヴァルは躊躇なく、そこに自分を押し込み、埋めていく。
「はぁっ・・・・・・ぁあああ!ああ!おく・・・・・・くる!はいって・・・・・・ぁはあああっ!ああっ!だめっ」
「もうイってしまうか?狭いうえにうねって、よく締めてくる」
「いいっ、でちゃう・・・・・・!はぁっ!いっぱいで、きもちいいっ!」
 ずっぷりと全て埋め込むと、イーヴァルは一呼吸おいて引き抜くようにずるりと動く。半分ほどでまた奥まで満たしてやり、小刻みに突いてやると涙交じりの悲鳴が甘く上がった。
「あぁっ!あぁっ!イーヴァ!イーヴァ・・・・・・でちゃう!そんな、した、らっ・・・・・・ぁひっ!もうでちゃう!」
「お前の穴は、俺の形でしか満足できないからな」
 ぬらぬらと蠢く中がきゅうぅと締まって、それを肯定する。
「ァアア・・・・・・ッ!!」
 満足げな高い喘ぎ声の影で、シーツに水滴が落ちる音が聞こえた。