オーロラの妖精 −2−


 ひときわ大きなオーロラに空が覆われた、十七年前の冬のある夜。
 ゼータール王国の北部で遊牧を営む部族の長老は、光り輝く甲冑に身を包んだ戦乙女のお告げを受けた。
『オーロラの子を育てなさい。あなた方の太陽となるだろう』
 飛び起きた長老は、それがただの夢とは思えず、明け方に駆け込んできた若い牧童が抱えた赤ん坊を、大事に育て上げたのだ。
「冬を越すために、毎年決まった場所に建てる集落の入り口に捨てられていたんだ。だから、本当の親は知らない」
 山肌にできた、洞穴というよりは大きな裂け目に身をうずめて夜風をしのぎながら、ノエルは寂しげに微笑んだ。
「爺様や部族のみんなには、育ててもらったし、本当の家族のように接してもらえて、感謝してる。何十年かに一度は、部族の誰かが王様のところへ行って、部族が保護されるようにお願いするんだ。・・・だから、ノエルがいっぱい勉強して、王様のところに行くのは、ちゃんと恩返しになるんだよ」
 ノエルはそういうが、結局のところ人質であり、人身御供を身内から出したくなかった意図が透けて見える。自分たちの役に立つからと育て、その恩で将来を縛るなど、ひどいやり方ではないか。
 クロムは同情しているような表情が見えないようにうつむき、ユーインもことさら無表情を装っていたが、聞いていてあまり気分のいい話ではない。
「気を悪くしたら申し訳ないが、そういうのを世間一般に人質というんだ。ノエルは知っていたかい?」
「うーん、そうじゃないかなとは思っていたよ」
 ノエルはくすくすと笑い、でもね、と続けた。
「純粋な部族の人間じゃないノエルを差し出すのって、部族側にもリスクがあると思わない?たとえヴァルキリーのお告げを受けた子だと言っても、王様がそこを重要視しない人だったら、不信感が増すだけだと思うんだ」
 確かにユーインも、いまのゼータール国王が迷信深い人だとは聞いていない。
「もしも王様のところへ行くのが、部族出身の人間だったとしても、部族に恨みを持っていたら、自分の身を捨ててでも部族の不利に働くようにできる。・・・結局、巡り合わせだと思うんだ」
 歳の割に達観したようにノエルは言うが、昼間のように不安はある。一人で見知らぬ土地へ行き、国王と育ててくれた部族の間で綱渡りをする責任は、ひどく心身に負担をかけるだろう。
「ノエルは、爺様たちが好きだし、とても感謝している。だから、王様のところに行っても平気。・・・ただできれば、王様が優しい人だといいなってことだけなんだ」
 羊毛の毛布とトナカイの毛皮にふくふくと埋まり、ノエルは恥ずかしげに微笑んだ。しかし、はっと視線を外に向け、ユーインとクロムに指差して見せた。
「オーロラだよ!運が良かったね」
 思わず毛布を抜けだしたクロムとユーインは、岩肌の裂け目から表に出て、よく晴れた夜空を見上げた。
「わ、ぁ・・・」
「あれが・・・」
 北西の空に、ゆらゆらとカーテンのように揺らめく光があった。それは星の明かりにも負けそうなほど弱い光だったが、ノエルの髪のような緑色や、水色、淡い紫と、さまざまに色を変え、幻想的にきらめいていた。
「不思議ですね。本当に、空にカーテンがあるみたいだ・・・」
「そうだね」
 古い記録には、「空の裂け目」「夜空が燃えた」などと書かれているが、ここゼータール王国では、昔から「戦乙女の甲冑の輝き」だと言われているそうだ。
「だいぶ小さいけど、見られてよかったね」
「え、あれで小さいんだ!?」
 驚くクロムに、ノエルはこくんとうなずいた。
「冬ならもっとはっきりと、空いっぱいに大きく見えることもあるんだけど・・・」
 そんな寒い時期にこの辺りを行くのは正気ではない、とノエルは苦笑いをこぼす。
「同じオーロラでも、色や見る場所によって形が変わって見えるから、今度は一冬過ごすつもりで、どこかの町に滞在するといいよ。飽きるぐらい見られるから」
 ノエルの提案も上の空で、寒さも忘れたように、ユーインとクロムは世界の果てに輝く天体ショーを見つめた。
 やがて、容赦ない冷気に身震いし、淡い光のカーテンから互いに視線を戻すと、ユーインはノエルが洞窟の奥で毛布に埋もれて目を閉じているのを確認して、クロムの体を抱き寄せた。
「ゆ・・・」
「しーっ」
 冷えた唇が重なり、ユーインの熱い舌を感じて、クロムは少し体の力を抜いた。
「はっ・・・ぁ・・・」
 狂おしげに口の中を舌で撫でられ、寝るために緩めた服の合わせ目に、広い手のひらと長い指を感じる。クロムはこのまま流されてしまいたい欲望に、かろうじて理性を働かせた。こんなところで本番に臨んでは凍死する。
「ゆ、ユーイン・・・!」
「静かに。ノエルが起きる」
 耳元でささやかれ、クロムの背が、そっと岩壁に押し付けられる。
「でも、こんな・・・」
「少しだけ」
 ね、とユーインに笑顔で押し切られ、逆らえるクロムではない。ぴったりと密着すれば、厚い上着越しでもわかるユーインの硬い熱が、嫌ではないのだが、どうしてこう時と場所をわきまえた抑えがきかないのかと、ため息が出そうになる。
 もっとも、人里離れてから一週間、よくもった方だとは思うのだが・・・しかし、あと二晩我慢すればベッドの上でできるだろうに。
 そう考えたところで、クロムが別のことを考えていると感づいたユーインと目が合う。
「クロム」
「・・・どうせ、宿に行きついた夜もするんでしょう」
「うん。当たり前じゃないか」
 笑顔もさわやかに答えるユーインに、こういう人間だとクロムはあきらめ、自分からひざまずいた。
 外套と上着をかき分け、手探りでズボンの間を緩めた。硬い物の形がはっきりと手のひらにあり、クロムは自分の鼓動が早くなるのを感じた。
「あ、ちょっとまっ・・・」
 何か思い出したように、ユーインが慌てて腰を引いたが、すでに遅く、クロムはやや情けない顔で見上げた。
「ユーイン・・・」
「ごめん。忘れてた・・・」
 見つけた水辺で暖かい昼間に体を拭くことはあっても、風呂に入って体を洗っているわけではないし、洗濯もままならないから下着の交換も頻繁ではない。当然、そこもそういう匂いになっており、不用意に口を近づけたクロムは、思いっきり胸に悪い匂いを吸い込んでしまったのだ。
 いくらユーインが好きで、長旅にも慣れてきたとはいえ、常人なら吐き気をもよおすような臭いで情欲がたぎってしまうほどの変態さには到達していない。
「いえ、俺も忘れていました」
 自分にもこの風餐露宿の証とも言えるきつい体臭があり、ユーインに押し付けてしまったらと考えると、その方がクロムには恥ずかしくて死にそうになる。
「すみません」
「いいんだよ〜。気付かないで盛った俺が悪かった」
 クロムを立たせたユーインは、しかし萎えた様子はない。申し訳なさそうな顔をするクロムにいくつもキスをして、クロムのズボンを器用に緩めた。
「あ・・・」
「こうして、一緒にイこ?」
 ユーインの熱い肉棒をこすりつけられ、力を失っていたクロムのものも、ゆっくりと頭をもたげた。
「ユーイ、ン・・・ッ」
「はぁ・・・可愛いな、クロム。もっと、気持ちよくなろう?」
「んっ・・・はっ、ぁ・・・っ!ぅっ・・・!」
 ユーインの長い指が絡み付き、クロムはユーインにしがみついて声を殺した。
 冷たい空気は外套に阻ませ、露出したケダモノ同士が、数日ぶりの汁を溢れさせながら互いの凹凸にこすりつけあう。ユーインの指は、ゆるゆるとしごいていたかと思うと、急に先端を撫でて、クロムにくぐもった悲鳴を上げさせた。
「はっ、ぁ・・・!あっ・・・ユーイン・・・ユーイン・・・!」
「クロム・・・クロム・・・」
「ふぁ・・・っ・・・あぁっ、は、ぁっ・・・!」
 クロムの体は岩壁に押し付けられ、わずかに開いた脚の間にユーインを招き、激しく絶え間ない刺激に喘いだ。
 クロムのとろんとした赤い目は、攻めたてるユーインの青く燃える眼差しをぼんやりと映し、緩んだ口元にねっとりと這わされた舌を、物欲しそうに唇で挟んだ。
「んっ、ふっ・・・!ぁ、も・・・もぅ、だめ・・・ぇ!」
 くちゅくちゅという音に煽られ、クロムは限界を感じて腰を揺らせた。
「いいよ、クロム。ほら、一緒にイこう」
 クロムの裏筋とユーインの裏筋がこすりあわされ、濡れた先端をきゅっと刺激され、クロムは泣きたいような快感に腰をそらせた。
「ぁっ、あ・・・っ、で、るぅ・・・ぁううっ!」
 激しくこすられて、クロムは数日ぶりの精液をユーインの手に吐き出し、快感に震える肉棒は、すぐに息をつめたユーインの精液にもまみれた。